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▼09 Term examination.

・期末試験

「名字。お前はある人から指名が来てる。一対一だ」


「おばあ、ヒーローだったの?」
「大昔に少しだけね」



「名前、あんたは知らないだろうけどあたしは一度あんたに助けられたことがあるんだよ」


「あたしはルギアというポケモンを知っている」

 “ポケモン”。その単語だけで彼は全てを察した。

「物心ついときからあんたは控えめな性格で“個性”を見せようとしなかった。見せても“しおみず”や“じこさいせい”くらいだ。それで確信したよ」

「あんた、ルギアとして生きていた記憶があるだろう?」



 名前、容姿、性格。全てがゲームの中の彼女そのままで、初めて見た時からの疑念がようやく確信へと変わった。

「カントー・ジョウトリーグ四天王が一人、ゴースト使いのキクコ。それが前世でのあたしさ」

 やはり、そうだったか。




 その昔、突として嵐が起こった。暴風雨は全てを吹き飛ばし、海は荒れ、大地は雨に溺れた。
 止むことを知らない嵐のせいで食糧が取れない日が幾日も続き、嘆いた人々は神に祈った。
 ついに人々の願いを聞き入れた神は満月の夜にその姿を現し、幾日も止むことのなかった嵐をおさめ、荒れ狂う海を静めた。
 月のように輝く銀と、海のように深い青を持つその姿を人々は海の神と崇め讃え、惜しみない感謝を寄せた。

 しかし、何十年と経つに連れ、いつしか海の神への感謝を忘れてしまった人々は、ついに海の神の怒りに触れてしまった。
 人々の前に再び姿を現した海の神は、その銀色の逞しい翼を軽く羽ばたかせ辺りの民家を吹き飛ばしてしまったのだ。
 人間の愚かさと自身の強大な力に嘆いた海の神は再び深い海の底へと姿を消した。
 海の神の力を持ってすれば四十日もの間止まらぬ嵐を起こすことすら容易いのだ。

 海の神の怒りを恐れた人々は鳳凰のスズの塔と対になる九重の塔を造り、カネの塔と名付け海の神を祀った。
 それから海の神は数年に一度カネの塔に姿を現していたが、落雷により塔が焼け落ちると海の神もひっそりと姿を現さなくなった。

 それから再び姿を現すまでの百年余の時間を静かな海の底で過ごしていたと云われている。

 ジョウト地方に住む者ならば知らない人はいない、キクコが生まれる遥か昔から伝わる海の神に関する伝承である。

 他にもルギアに関する神話や噂は色々とあり、そのいずれもがルギアとして生まれ変わった彼が成したことである。良い話も、悪い話も、全てルギアに成り代わった彼が起こした事象だ。

 特に民家を吹き飛ばした時はひどく後悔したのを彼は生まれ変わった今でもはっきりと覚えている。軽く羽ばたいだだけで民家を吹き飛ばし多くの命を奪ったあの瞬間。
 その時生まれ変わって初めて、これが“ゲーム”ではなく“現実”なのだと思い知らされた。自分のような存在は人間の近くにいてはならないのだと悟ったのだ。


「……旅を始めた頃たまたま立ち寄った島で“どくびし”を踏んじまってね、用事で本島に出向いてた医者を呼び戻そうとした途端、唐突な嵐で船が出せなくなったんだ」

 その事実でキクコの精神は一気に弱りきり、己の死すらも悟り受容しかけたという。

「その時さ。ルギアあんたが現れたのは」

 当時ルギアそのものだった彼は海の底で静かに暮しながらもせめてもの贖罪にと地上が嵐に襲われる度にそれを鎮めていた。

「そんな心根の優しい名前だからこそ、あたしはヒーローになることを勧めたんだよ」
「無理だよ。俺はヒーローなんて柄じゃないし……」
「あんたの何倍も生きてるあたしが言うんだ。つべこべ言わずに信じな!」
「おばあ……」
「だからこんな所で躓いてもらっちゃあ困るんだ! さあ、期末試験を始めるよ!!」

 ルールは他の生徒たちと変わらない。試験会場であるこの演習場のどこかにある脱出ゲートから外に出るかキクコに手枷を着けるかのどちらかがクリア条件だ。



「(おばあの個性は“ゴースト”……!)」

 ゴーストっぽいことが出来るという彼女の“個性”の前ではノーマルや格闘タイプに属する通常攻撃が無に帰すのは目に見えている。
 となるとルギアとして、“ポケモンの技”を使うしかない。

「(くっ、“ふきとばし”で何とか……!)」

 両手を後ろから前へと振るうと体育祭で青山を吹き飛ばした突風がキクコを襲う。

「……フン」

 が、すぐにキクコの背後から“あやしいかぜ”が吹き荒び名前の“ふきとばし”を相殺してしまう。

「その程度の“ふきとばし”じゃああたしを退かせることは出来ないよ!」

「(ゴーストタイプは“シャドーボール”があるにはあるけど……あれはタイプ不一致だとしても威力がありすぎる。どうすれば……)」

「悠長に作戦練る時間はないよ!」




「あんたは何を恐れている?」
「……」
「……」
「……怖いんだ」

「この凶悪な力で大切な人を傷つけてしまうのが……またあの時みたいに沢山の人を殺してしまうんじゃないかって、怖くて堪らないんだ……」

「……やっぱり、名前は優しい子だね」


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