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▼06 Athletic festival.

 ふぅと息を吐いて腕を捲くる名前の顔は普段とは違いやる気が伺える。

「あれ、名前。今日は本気モードなん?」

 上鳴の何気ない言葉に名前は溜め息を一つ。

「菊子おばあが見に来てるから無様な姿は見せられないんだ……」

 名前にとって祖母の菊子はただの肉親ではなく、礼儀作法や自衛のための稽古をつけられていた言わば“師匠”も同然なのである。
 その菊子が見に来るというのだから流石の名前もある程度本気を出さざるを得ないのだ。

「きくこおばあ……」
「俺の祖母ちゃん。凄い厳しい人でサボってるの見られたら絶対お説教される」
「なるほど……。ま、それでなくてもプロヒーローが見てるから気合い入れなきゃだしな!」

 名前にとってプロヒーローのお眼鏡に適うことなどはどうでも良く、ただ中途半端な成績を残して菊子の説教を受けるのが嫌なだけである。

「それに総合三位以内に入ったら来月発売のゲームハード買ってもらえる!」
「そっちが目的か!!」

 名前の眼にはもう新しいゲームハードしか映っていない。




 スタートの合図と共に出走者を減らすため轟が足元を凍らせたがそれよりも速く名前はその場から駆け出していた。

『轟が足元を凍らせたぁー!……って名字速いぜ! 速すぎてもう遥か彼方だー!!』

「体力テストでも知ってたけどありゃ速すぎるっつーの!」
「今日の名前君本気ね……!」
「もう追いつけないよー!」


 クラスメイトの言葉すら聞こえないくらいに遥か先を行く名前。
 だが諦める者はただの一人として存在しないのが超難関を誇る雄英高校の生徒だ。

 第一関門として用意された巨大な仮想敵、ロボ・インフェルノもAIに反応する隙さえ与えずその足元の隙間を掻い潜り何事も無かったように走り続ける。

『速い! マジで速すぎるじゃねーか!? 一体どうなってんだよあいつぁよぉーっ!?』

 颯爽と走り抜ける様は、流石は素早さ種族値110。更に“おいかぜ”を使って素早さが倍になっている彼に追いつける者はいない。


「ま、流石に実力差が有りすぎてフェアじゃあないから妨害はしないけどね」


「くっ……」

 元来の彼であれば順位にこだわりは無く正直な話棄権しても構わないのだが今回は訳が違う。新作ゲームハードが懸かっているのだ。
 名前の中では既に新作ハードに使う予定だった小遣いをどのソフトの購入代にするかの算段もついている。つまり負けられない戦いなのだ。
 皮算用はしない主義だ。




・騎馬戦

「名前! さぁ一緒に組みますよ!」
「いいよ、明」


「出久くーん、お茶子ちゃーん、一緒に組まない?」
「えっ、僕!?」
「ウチもええの?」
「勿論。2人は組むつもりなんでしょ? オレ達も入れて」


「俺が場力担当、出久君は頭脳兼騎手でお茶子ちゃんは足回りのサポート。そんで明はベイビーたちで全体のサポートをよろしく」
「ええっ! ぼ、僕が上でいいの!?」
「うん。寧ろ俺が足回りやった方がスピード出るし攻防もここだとやりやすいし……それに俺が上になったら強すぎて勝負にならないだろうから」

 ここいらでちょっとしたハンデ、と爽やかに微笑む姿は絵になっており、強者が纏う一種のオーラのようなものがその時の緑谷には見えていた。
 彼の静かなる勢いに押されるがまま緑谷が騎馬の上に乗る。
 彼は、死柄木とは別の意味でゲーム感覚で楽しんでいる人間なのだと。

「という訳で明、俺の肩に着けれる荷台的なベイビーはある?」
「もっちろん! 何でも取り揃えてます!」

 ジャジャーンとSEを口にして発目が取り出したのは注文通り両肩への負担を極限まで減らした背負子のベイビーだった。
 それを名前が背負いその上に緑谷が乗り、万が一彼が落ちても良いよう麗日と発目が背負子に手を添えて支える。名前のスピードに付いてこられるよう女子二人の足には補助用のベイビーが装備された。
 緑谷チームの出来上がりである。

「よし、これで俺の両手は自由だ」




「駄目じゃあないか出久君。ハチマキが落ちちゃってたよ」
「あ、ご、こめん……」

 違う。落としたのではなく、ハチマキは確実に轟焦凍の手中にあったはずなのだ。それを名前が“何か”をして轟から奪い返したのだが、如何せんその“何か”の検討がつかない。
 彼の“個性”自体幅が効くため現状でこれ以上の考察はドツボだ。




 コピーした瞬間にその“個性”がどういうものでどうやって扱うのかが瞬時に理解できるタイプのコピー“個性”なのか。

「君の“個性”借りるよ」
「別に良いけど、使いこなせないと思うよ」
「?……ってアレ、水が出ない!?」
「だから言ったでしょ。レベル上げしないと水も氷も出せないって」

「そんなはずは……っ!?」

 次の瞬間、物間の右腕は異形の物に変貌し、一瞬にして会場にいた全員の目線を奪っていた。

 その目は好奇に溢れその“個性”をもっと見たいとすら願った。
 ただ一人、名前を除いては。

「っ、今すぐ戻せ!!」

 白く大きな龍の翼を掴んだ彼は、先程コピーされたと分かった時とは大きく違い珍しく取り乱した様子で目を見開き眉を釣り上げ怒りを顕にしている。
 USJの時とはまた違った、普段の彼からは想像もつかない感情的な姿に、クラスメイトは目を見張った。

「は、何言って……」
「いいから!!」
「!」
「後悔してからじゃあ遅い!!」

 物間自身、コピーした相手から怒りを買うことはこれが初めてではなくこのまま彼の言葉を無視して個性を使うことも出来たが、彼から発せられた言葉と焦燥しきったその表情にかなり戸惑っていた。
 そもそも物間の意思で腕を異形の姿に変えたわけではなく、ただ何か“個性”を出せと必死になっている間にそうなってしまったわけで。彼自身どうして良いのか分からないと言うのが正直なところである。
 しかしあれだけ啖呵を切ってしまった手前そんなことも言えず、再び名前を見やればその瞳には怒りという単純な感情はなく、焦りと不安と後悔が混ざり合って渦を巻いていて。
 目が合った瞬間には戻さねばならないという強迫観念が生まれており、気が付けば物間の右手は元に戻っていた。

「戻った……?」

 それと同時に、彼にも同じモノに成れるのだということを全てに知らせる行為となっていた。
 A組の一部の生徒はUSJでの彼の異質ぶりを見ているので

 コピーされてもレベルが足りていないから大丈夫だと高を括っていたのが仇となった。まさかフォルムチェンジも安安と出来ようとは。それが彼の意思で出来たことではないとしてもポテンシャルは矢張り雄英ヒーロー科の生徒として申し分ない。名前としては今後彼と同じような“個性”の人間が現れるとも限らないので注意しなければならない。


「さっきは怒鳴ってごめん。でも俺の“個性”は使い方を間違えたら簡単に加害者になっちゃうから……」
「……あの時は君の勢いに負けて収めてしまったけど、そう言われると凄く気になる気になるなぁ君の“個性”」

「まあそのうち分かるよ」

「俺は名字名前。名字は慣れてないから名前で呼んてくれると嬉しい」
「……物間寧人」
「寧人君。これからよろしく」

 どこまでもマイペースな名前に毒気を抜かれた気分になってしまった物間であった。


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