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▼12.正しいは疑わしい

 怒りで我を忘れている風丸の拳を止めたのは円堂だった。

「止めろ風丸!」
「どうして止めるんだ円堂! あいつが楓にやったことに比べれば……!」

 取り押さえられてもなお風丸は芥辺に殴りかかろうと必死で円堂一人では持たないと考え、風丸が落ち着くまで壁山に押さえてもらうことにした。壁山は昼食の件でも芥辺を支持していたと聞くし、少なくとも争いごとが苦手な奴だから大丈夫だろう。

 そんな光景を見ながら俺はひたすらに頭を冷やしていた。こういう状況に陥ってしまったら一番に必要となるのは物事を客観的に見ることだ。

 ちらりと芥辺に目を配れば、殴られる寸前だったというのに当の本人はまるで他人事のようにそ知らぬ顔をしている。自分が犯人であることへの開き直りか。それとも。まあどちらにせよ芥辺名前は本当に不思議な女だ。

「とりあえず虎丸たちは早河の手当てを。それ以外の人たちは食堂で待機していてくれ」

 早河の手当てを虎丸と吹雪に任せ、後はどうしても残りたい人だけ残ってもらうことにした。風丸もこのままここに居ては良くないと壁山たちと一緒に食堂で待機しておくように言う。マネージャーたちも昼食作りの途中だということで作業に戻ってもらったのだが、春奈だけがこの場に残った。

「どうした春奈、何かあったのか?」
「お兄ちゃん、名前さんは絶対にやってない」

 私は名前さんを信じてるから、それだけ言うといつもの笑顔を浮かべて走っていった。俺の妹は相変わらず可愛いな。しかしそんな春奈の言葉とはいえ、一概に芥辺の無実を信じるわけにはいかない。俺はあくまで中立的な立場で居る。

 部屋には俺と円堂と豪炎寺、ヒロトに緑川そして芥辺の五人だけが残った。芥辺は相変わらず詰まらなそうに肘をついており、その態度がさらに豪炎寺を煽る。ふつふつと湧き上がる怒りを必死で押さえているのがよく分かる。

「芥辺、本当にお前がやったのか?」
「名前はやってない」

 円堂の問いかけに答えたのは芥辺ではなくヒロトだった。そのヒロトに同意するよう緑川が芥辺の弁護に回る。確かヒロトと緑川は彼女と顔見知りのようだったし、ここにいる誰よりも彼女のことを知っているから敢えてここに残ったのだろう。
 しかし監視カメラがあるわけでもないし現状証拠では確実に芥辺が犯人だ。芥辺が弁解したところで豪炎寺には伝わらない。案の定早河を好いている豪炎寺はヒロトたちを睨みつける。

「楓は芥辺とこの部屋に二人きりだったんだ。そして楓が怪我を負っている。決定的だろう」
「二人きり……?」

 豪炎寺の言葉にヒロトが何かに引っかかったよう首をかしげた。二人きりと言う言葉に疑問を抱いているようだが俺たちが駆けつけたときは確かにこの部屋には泣き崩れた早河と呆れ顔の芥辺しかいなかった。
 その呆れ顔が何を意図するのかはわからないが、今回の事件には何らかの謎が孕んでいるような気がしてならない。
 ここまで一言も発しない芥辺に対してとうとう豪炎寺が怒りをむき出しにした。

「芥辺! 何か言ったらどうなんだ!」

 豪炎寺が壁を殴りつける鈍い音が響く。芥辺以外の女子だったらきっと泣き出してしまうのではないかという雰囲気に俺たちは何を言っていいのか分からない。
 今の今まで沈黙を続けていた芥辺が溜め息を漏らす。自分の犯行を肯定するのか否定するのか口を開いたが出てきた言葉はどちらでもなかった。

「ここで私がやってませんって言ったら信じてくれるの?」

 彼女の言葉にはただ俺たちに対する疑心しかなかった。誰も信用していない、そんな言葉。
 芥辺の厳しい視線に俺も豪炎寺もたじろぐ。俺も中立な立場と言いつつ心のどこかで芥辺を疑っていたのが彼女には伝わっていたのだろう。
 そんな重苦しい雰囲気で真っ先に言葉を発したのは円堂だった。

「俺は信じる」

「円堂……?」
「楓も信じてるけど名前がやってないって言うんなら俺は名前も信じる!」

 キャプテンがどちらかを疑えば、疑っていなかった奴らもその人を疑ってしまうと言うことを円堂は分かっているのかもしれない。もしくは早河も芥辺も仲間だと思っているからどちらも疑いたくないといったところだろう。
 どちらにせよ円堂らしい答えに俺はほっとしたが、豪炎寺はそうは思っていないのか舌打ちをして部屋から出て行った。

「みんなには俺から言っとく。だから名前も食堂来いよな!」
「俺はもう少しここにいるよ」
「あっ、俺も!」
「わかった。午後練習には間に合うようにな!」

 円堂に続くよう部屋を出ようとした俺を呼び止めた芥辺、首をかしげる俺に対して芥辺が笑みを浮かべる。

「鬼道くん、貴方なら気付けるはずよ」

 その意味深な笑みに俺はただ頷くことしか出来なかった。今回の事件、最初から見直す必要が有りそうだ。


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