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- ナノ -

▼名前ゴート

 蟹の時と同様に、トランス状態の名前に忍野が質問をする形で始まった。


「名前は?」
「名字名前」
「好きな作家は?」
「宮沢賢治」
「初恋の相手は?」
「……言いたくない」

 ちょうどお腹の上あたりで指を絡ませるように手を組んでいる名前と、彼女の目元を覆ったまま質問をする忍野。
 その光景は宛ら儀式のようで、山羊の怪異が悪魔であると言った忍野の言葉に信憑性が増す。

「通っている学校は?」
「早乙女学園」
「一番仲の良いクラスメートは?」
「一ノ瀬くん」

 君付けされている時点でそれが男の名前であると気付いた暦は眉を寄せるが、忍野は気にすることなく問いを続ける。

「最近あった嫌なことは?」
「食べたかったドーナツが目の前で売り切れた」
「最近あった嬉しかったことは?」
「……暦とまた会えたこと」

「……じゃあ、“今までで一番の後悔”は?」
「っ……」

 核心に迫る質問。
 今まですんなりと答えていた名前が返答に詰まる。蟹の時と同じだがその表情は忍野の手で隠れているため分からない。
 やがて、戸惑いがちに、でもはっきりと言葉を紡ぐ。

「……りょ、両親が……離婚、したこと」

 それは、暦にとっては初耳となる事実であった。

 暦自身、過去に数度名前の両親を見かけたことがあったが特に仲が悪い様にも見えなかったし、そんな気配すらなかった。寧ろ誰が見ても微笑ましいおしどり夫婦であったと記憶している。
 それもそのはず、彼女の両親は世間体を異常に気にするタイプだったのだ。表向きは良い夫婦を演じていても水面下では険悪、なんてよくある話だ。
 ちなみに、本物のおしどりは繁殖期のみペアを作りそれが過ぎるとペアを解消し離れていく、これっぽっちもおしどり夫婦でないのだ。その本能は仔が孵化しても変わることはない。
 そう考えると名前の両親は本当の意味で“おしどり夫婦”だった訳だ。

「僕は“後悔したこと”を聞いているんだ。辛かった思い出なんて聞いちゃいないよ」
「それは……」
「それとも何かい。ご両親が離婚するきっかけを作ってしまったとか?」
「ち、違う、わた、しは……」
「それとも“何もしなかった”のかい?」
「っ……!」

 この場合の無言は肯定を意味した。
 図星。核心を突かれ、名前は必死に言い訳を考える。

「りょ、両親は、わたしを愛してなんかいなかったし、何をしても、もう無駄だったから……」
「一度でも愛して欲しいって伝えたのかい?」

 忍野の言葉は針のように鋭く名前の胸に深く、痛い所を刺してゆく。
 責めるように、咎めるように紡がれる言葉に彼女は動かない。否、動けずにいた。

「ご両親とは直接話し合ったのかい?」
「……いいえ」
「ふぅん……君は本当にご両親に離婚してほしくなかったのかな」

 気付いた時にはもう遅カッタんダヨ。

「心の中ではいつか元に戻ってほしいと願っていながら自分では何にも行動をしなかった」
「だって……」

 其々ニハ新シヰ家族ガ居テ。ワタシノ入ル隙ナンテ無クテ。

「だって、何だい? そうやってもっともらしい理由を付けて諦めたふりをして行動せず、離婚という君にとって最悪の結果を生み出したのは紛れもなく君自身だよ」

 ソノ通リダ。何モ間違ッテイナヰ。
 グウノ音モ出ナヰ。

「それで現状に目を背けて逃げ出したんだろう?」
「忍野……!」

 暦が声を荒げるも忍野はそれを無視して続ける。

「何もしなかったのは自分なのにそれを棚に上げて自分は被害者面かい? そいつぁちょっと自分勝手すぎやしないかなあ?」

 自分勝手ナノハ自分ガ壹番ヨク解ッテヰル。

「?」
「忍野やめろっ!!」
「暦」

 名前が彼の名を呼び、諫める。彼女の催眠状態は既に解けており、上半身を徐ろに起き上がらせた。

「暦、もういいよ。ありがとう」
「名前……」
「……全て、忍野さんの言う通りです」

 名字名前は自覚した。自分が必死に忘れたがって山羊に消してもらった罪を、事実を。


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