▼第95回無責任ラジオ 大抵の人間が寝る準備を終え、布団に入る二十三時半。ラジオから聞こえてくるは番組のテーマソングと、柔らかく優しい女性の声。 「みなさんこんばんは。今夜も始まりました“ナマエの無責任ラジオ”。番組パーソナリティのナマエです」 とある田舎町の深夜に流れる地方ラジオ。たった三十分の枠にも関わらずその番組は高い人気を誇る。 「では早速、本日一枚目のお便り……ラジオネーム『すぶりをするそぶり』さん。『この間、友達三人とトランプで大富豪をしていた時の話です。カードが配られたあとで、そのうちの一人が言い出しました。「あたしの中学校じゃ、4が一番強いカードだっていうルールだったんだけど」』……そういえば私の中学では同じマークで数字が並んだカードならまとめて出して良いってルールがありましたね」 お便りの内容の真意を分かっているのかいないのか、ナマエは淡々と返す。 「続いてのお便りはラジオネーム『匿名希望』さんから……。『私は元来物静かで真面目な性格なのですが職場ではチャラい、ノリが良い、テンションが高いといった真逆なイメージを持たれてしまい、仕方なくそのキャラを演じています。しかし最近それが辛くて仕方がありません。私はどうすれば良いのでしょうか』……そうですね、職場でのキャラを辞めてしまえば良いんじゃないでしょうか。ただでさえ仕事で疲れるのにやらなくてもいいキャラ作りで更にストレスを溜めるなんてバカげてますよ。それで職場に居辛くなったのなら転職しちゃえばいいことですし。そうして、案外転職先の方が合っている、なんてことよくある話ですよ」 「それに、その仕事は本当に貴方じゃなければいけないのですか? どんな仕事に就いているのか分からないけれど、この世で本当に必要な人材なんてほんの一握りで後はただの歯車に過ぎません。私だってそう、このラジオのパーソナリティを辞めても替えの人間はたくさんいるのです。私じゃなきゃ嫌だって言ってくれる人がいたとしても、数日、数ヶ月、数年経てば他の人でも違和感を感じなくなるもの。人間は慣れる生き物ですから」 「偽りの自分にしか出来ない仕事で辛い思いをし続けるか、本当の自分にしか出来ない仕事を見つけるために苦しむか、決めるのは匿名希望さんです」 「……ああでも、キャラ辞めるのも転職も全て自己責任でやって下さいね。これ無責任ラジオですし、責任は一切取りませんよ」 無責任ラジオはその名の通り番組側は一切責任を取らないというスタンスを貫いており、だからこそ彼女は思ったことをズバズバと言う。 そこがこの田舎町の若者にウケて密かに人気となっているのだ。 「ではここで一曲。ゲスの極み乙女で『私以外私じゃないの』」 「次のお便りはラジオネーム『しのぶ』さんから。『どーなつがすきじゃ』……とてつもなくシンプルかつ分かりやすいお葉書ありがとうございます。実を言うと私もドーナツが唯一にして最大の好物なんですよ。朝昼晩毎日ドーナツを食べたいくらいにはドーナツ好きを自負しております。休日は期間限定品を求めドーナツ屋を巡りを欠かさず行っています。ああ、あの一日二十個限定ドーナツをしのぶさんにも食べさせてあげたいです……!」 「……おっと、思わず熱弁してしまいました、すみません。ドーナツはカロリーが高いとか言って避ける人もいると思いますが人間、糖分がなければ生きていけませんからね、必要な糖分はドーナツで摂るといいてすよ。なんて言ってみたり……ではここで一曲、perfumeで『スイートドーナッツ』」 「それでは、ラジオネーム『HAYATO様大好きっ子』さん。『ナマエさんこんばんは。いつも楽しく聞いています』ありがとうございます」 「『早速なのですが、私はあるアイドルに憧れて現在作曲家を目指しています。そこで早乙女学園に通おうと考えているのですが倍率200倍で合格できるか不安です。何かアドバイスがあればお願いします』……HAYATO様大好きっ子さんの腕がどの程度の物か知らないので的確なことは言えないけれど作曲家で食べていきたいと思っているのなら無類の才能か並々ならぬ努力が必要なんですよ。でもそれと同等なくらい必要となるものがあります」 「それは運です。運のない人間は才能乃至努力の結果を見せる機会を失い、最終的に有象無象に埋もれてしまう。ほら、言うでしょう? “運も実力のうち”って。どの業界にもいるんですよね、そういう運の悪い人って。とにかくそういった意味で運の良さは重要になると思います。かくいう私は運の良い方でして、こうしてパーソナリティの仕事を頂けているのは運が良かったからだと思っております。三十分ただ喋ってお給料が頂けるなんて私は幸せです。ああでも、HAYATO様大好きっ子さんは運の良い方かもしれませんね。なにせ山のように届くお便りの中から採用されたのですから。貴女はきっと受かりますよ、自信を持って下さい」 「最後に一曲、HAYATOで『七色のコンパス』」 「そういえば、このHAYATO様って今大人気のアイドルでしたよね。私の住んでいる田舎町でも所謂HAYATO様人気は健在で、毎日のように周りの女子が騒いでいて煩いです。でも……私の記憶が正しければ確かHAYATOって仮想アイドルでしたよね。アイドル成らざるアイドル」 「あー、“かそう”と言ってもコスプレなどの仮装ではなくバーチャル、実際に無い物をある物として扱うという意味の仮想ですよ。音声だけでは全てを伝えるのは難しいですね。でもそこがラジオの面白味だと私は思います」 「……で、何の話でしたっけ。……ああ、HAYATOさんの話でしたね。私の記憶では彼は仮想アイドルとしてHAYATOを演じていただけだった気がするのですが……今ではすっかりHAYATOそのものが独り歩きしていますよね。いや、こと芸能に関しては私の記憶は宛にならないので間違った情報かもしれませんが」 「そんなことを話しているうちにお時間が来てしまったようです」 「本日の無責任ラジオもこれでおしまい。みなさん、良い明日を」 |