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▼何でも良いから理屈が欲しい

 命の危機に晒された時に思い出すのは決まって小さいときのこと。施設慰問に来ていたMr.レジェンドとたまたま会うことが出来たあの日、あの時の言葉は決して忘れない。

『君は生きるんだ。生きて、人生を全うする義務がある。そのために世界の平和を、君の未来を私が守ろう』

 そう言ってくれたレジェンドに憧れて、その時の記憶が私を奮い立たせ生きることを望ませてくれる。



 こちらの世界に来てから、一体何日経っただろうか。三日くらいだった気もすれば、一か月以上経っているような気もする。
 色々ありすぎたようで、実は何もなかったのかもしれない。それ位に目まぐるしく、呆気なく時は過ぎて行った。
 こちらの世界のキースはグッドマンとは程遠い強面だったり、後姿がすごく似ていたからパオリンがいるのかと思ったら別人の男の子だったりと、色々あった。
 ああ、家のベッドでぐっすり眠りたい。胃が爛れるほどにコーヒーを飲みたい。トレーニングルームで健康的な汗を流したい。ヒーロースーツを着て市民の平和を守りたい。シュテルンビルトに帰りたい。
 そもそもこちらの世界は閉鎖的で娯楽が少ない。食事も質素なものばかりで、常に命の危機にさらされている。
 この世界に居れば居るほど自分がいかに恵まれていたのかを思い知らされる。エンターテイメントでヒーローが成立する世界とは大違いの、嫌な世界。
 でもここに来たのは何か理由があるのだろう。そうでも思わないとやっていけない。

「何でも良いから理屈が欲しいなぁ」
「九時の方向から十メートル級接近!」

 左側にいた男性の声に、私はNEXTで跳躍力を強化し、立体機動を使用せず巨人の項に着地する。
 そのまま超硬質ブレードで弱点である項下縦1メートル横10センチを削ぎ落とせば巨人は蒸気を吹き出しながら消滅した。

 犯罪者を捕まえるのが私たちヒーローの仕事であって、巨人を殺すことは本来の私の仕事ではない。そう考えるとヒーローと憲兵団は似ているのかもしれない。
 しかしこの世界にはヒーロー制度が無いため、いくら巨人を駆逐してもポイントも追加されないし、競い合うライバルもいない。

「勧善懲悪、魅せてあげる」

 従って、いくら気合を込めて決め台詞を言っても私を映してくれるカメラもなければ、応援してくれるファンもいないのだ。
 別段目立ちたがりという訳ではないが、誰も観てくれる人がいないというのは些か寂しくある。
 蒸気を立ち昇らせ消滅してゆく巨人を見ても達成感など生まれる訳もなく、むしろ虚しさのみが広がってゆく。
 この作業にはやりがいというものが感じられない、一切。

「これで何体目……?」

 頬についた返り血を拭う。私にとってヒーローという職は性に合っていたのだとつくづく実感する。
 こんな虚しいこと、いつまで続けなければいけないの。

「そいつで十二体目だ」
「……リヴァイ」

 私の独り言に答えたのはリヴァイだった。彼はこの世界での私の命を握っている人間の一人。
 現在、私の身柄は調査兵団預かりとなっており、実質ちょっと特殊な兵団員という位置づけだ。
 そんな私の監視役兼教育係となったのが、今私の目の前にいる男、リヴァイ兵士長である。したがって彼が私の命を握っているも同然なのだ。
 自身の手に付着した返り血を拭っているリヴァイは、人類最強という大層な肩書きの割に身長はかなり低い。私より低く、女子高生のカリーナと同じくらいって三十路男性としてどうなの。

「……ナマエよ、今失礼なことを考えていなかったか?」
「何も」

 読心したかのような言葉に、私はわざとらしく肩をすくめる。

 エルヴィン団長さんが私の身柄を預かりたいと申し出なければ私は危険分子として憲兵団に殺処分される所まで行っていたのだ。
 まあ、その時はNEXT能力を使って逃げるつもりでいたけれど、そう成らなくて良かった。
 王政側の考えとしては得体の知れない私があわよくばそのまま巨人の餌にでもなればいいといったところだろう。
 だからこそ私は生きるのだ。幼い頃レジェンドが言ってくれた言葉を胸に、私はこの世界でも戦い、生き抜く。

「私には、人生を全うする義務があるのだから」
「……その言葉、前にも言っていたな」
「私に生きる力をくれた……諦めていた私の心を救ってくれた恩人の言葉なの」

 私の言葉にリヴァイは、そうか、と短い言葉を返すとそれ以上は何も言わない。彼が何を考えているかなんて、私には想像もしたくない。
 配給された馬に戻るためブレードを納めようとした時、自然と下がる視界に己の手が映る。
 それは、正義の味方とは思えないほどの血に塗れ、赤黒く変色してしまっていた。
 正直、発狂したかった。私はシュテルンビルトの平和を、市民の未来を守るヒーローなのに何故に手を血で染めなければならないの、と。
 あたかも平静であることを意識し、ハンカチで手を拭う。特にリヴァイには心中を悟られぬようにしなければ。

 こうして私は私自身に嘘を吐く。本当は泣きたいくせに気丈に振る舞って、したくもない愛想笑いをする。
 いつか元の世界へ帰れたとして私は、今まで通りヒーロー業を続けられるのだろうか。こんな手になってしまった私に、市民を助ける資格はあるのだろうか。
 そんな、誰にも分からない答えを探し続けている。みんなに会いたい。


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