×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

▼Distorted affection.

 思えば私の母は、だいぶおかしな人だった。
 エンデヴァーを敬愛、いや、今考えればあれば敬愛なんて生温いものではなかった。
 母はエンデヴァーを崇拝していた。

 故に私が伯父の稽古の厳しさに泣き付いても母はまともに取り合ってくれず、“エンデヴァーさんのやることに間違いはないのよ”と諭すだけ。

 父は、そんな母とは正反対で、泣きそうな顔で私を抱きしめ、ごめんな、と謝るのだ。
 そして私の肩を掴んで申し訳無さそうに私を見つめて言う。

「名前が嫌ならもう行かなくて良いんだよ」

 そんな優しい言葉をくれたのは父だけだった。
 私は伯父の姪だったとしても所詮は他人の娘、すぐにでも逃げ出せる環境にあるのだと教えてくれた。

「だったら、焦凍も……焦凍もおけいこ行かなくていい?」
「! それは……無理だ。ごめんな、名前。ごめん……」

 そう言って父は再び泣きそうな顔で謝りながら私を抱きしめた。
 どうやら逃げ出せるのは私だけのようだ。
 父は伯父の弟だけど、弟だからこそ伯父に逆らうことことが出来ないのだと幼心に悟ってしまった。

 けれど私は、父の言葉通り焦凍の家に行かないという選択を取るわけにはいかなかった。
 私が逃げ出したら、それこそ焦凍は独りになってしまう。
 焦凍を置いて逃げ出すなんてことは出来なかった。
 次の日からもほぼ毎日本家へ足を運び焦凍と共に厳しい稽古を受けた。


 そんな折だ、焦凍の母が壊れてしまったのは。
 その日も私は焦凍の家にいて、稽古終わりに二人で伯母を探していた。その時伯母を探していた理由は今ではもう思い出せない。

 台所へと行けばそこにはお茶を煎れるためのお湯を沸かしながら電話で誰かと話す焦凍の母がいた。
 何かに怯えるようにその声はか細く、震えていたのだ。

「お母さん、私変なの……もうダメ。子どもたちが日に日にあの人に似てくる……。焦凍の……あの子の左側が、時折とても醜く思えてしまうの。それに姪っ子の炎の個性も日に日に強くなっていくし……私、二人が怖くて堪らない」

 彼女の言葉は齢五歳の私たちにでもちゃんと理解出来た。

「私もう育てられない。育てちゃダメなの……」

 たった一人の男のせいで、全てが終わった瞬間だった。

「お母さん……?」
「伯母さま……?」

「……」

 振り返った焦凍の母の顔はひどく憔悴しきっていおり、私たちを視界に捉えた瞬間にその眼は本格的に怯えの色を見せ、身体は本能的に自己防衛に走った。
 その刹那、動物の第六感というやつか、考えるよりも先に私の体は動いていた。

 私たちの身に何が起こったのか理解する暇もなく、私は左腕が熱くて痛くて、でもそんな痛みがどうでもよくなるくらい、焦凍の叫び声は苦しかった。
 自分の腕のことなんて二の次で、私は必死になって焦凍の名前を呼び続けた。
 それから数分も経たないうちに駆けつけたお手伝いさんによって応急処置を施され、救急車に乗せられ病院でちゃんとした治療を受けた。
 結果として、ドアで右半身が隠れていた焦凍は左側の頭から頬にかけて火傷を負い、焦凍を庇うように腕を出した私は左前腕の広範囲に火傷を負って、その痕は高校生となった今でも消えることはなくあの日の記憶と共に未来永劫残り続ける。

 それでも焦凍も私も焦凍の母が悪いとは思えなかった。
 伯母をあんな状態まで精神的に追い詰めた伯父が悪いのだと確信していた。

 この騒動で私の母は伯父から直接謝罪を受けたが母はどこか他人事のように恐縮するだけで、私の心配などしていなかった。
 だけとそんなことはどうでも良かった。この時には既に、私から母に対する期待値はほぼ零に近かったのだ。

「ああそんな、頭を上げてください。お義姉さんが悪いのであってエンデヴァーさんは何も悪くありませんわ」

 その言葉で、私の中の何かが完全に切れた。目の前が真っ赤になっていた。


<< 戻る >>