×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


 ※アレス最終話前に書いたものなのでアニメとの相違は大目に見て下さい。




 野坂が病室へ訪れると彼女は決まって笑顔を見せる。初めて出会った時より痩けた頬を誤魔化すように、嬉しそうに笑うのだ。

「やあ名前さん。調子はどうだい?」
「悠馬くんこんにちは。今日は良い方だよ、お昼ご飯も残さず食べれたんだ」
「それは良かった。これお見舞いの花」
「わあ! 名前は分からないけど素敵なお花ね。ありがとう」

 野坂が持ってきた一本の切り花を彼女、名字名前は大事そうに抱え色と匂いを確認する。真っ赤だが日の光を当てると少しピンク色を帯びて見える。

「今日のはなんていうお花なの?」
「確か……ガーベラって店の人は言っていたな。お見舞いに人気の花らしいよ」
「そうなんだ。赤くて可愛らしいね」
「うん、そうだね」

 口元に笑みを浮かべた彼は折り畳まれたパイプ椅子を広げ腰掛ける。
 野坂も花には詳しくないが名前は輪をかけて無知だった。入院する前は常に勉強に追われていて道端の花を気にかける余裕すら無かったので一般教養は高くてもそういった専門的な知識には欠けていた。
 だからこそ彼が持参する花一つひとつに新鮮なリアクションをし、大事そうに受け取り、丁寧に愛でるのだ。
 調べようと思えば図鑑でも何でも、ベッドから出ずとも調べることは可能だが、それをしないのもこうして彼との話題の一つとするため。どんなに下らない話でも彼とならば楽しくて仕方がない。全てが大切な思い出となる。
 一通りガーベラを愛でるとベッドサイドにある色とりどりの花が飾られている花瓶へと挿す。これらの花も全て野坂が名前の為に持参したものであり、毎日一本ずつ種類の違うものを用意するのも外へ出ることが出来なくなってしまった彼女を思ってのこと。
 古い一輪が枯れると新たな一輪が追加される。そうやってここの花畑は鮮やかな色を保っているのだ。

「……さっきまでクラスメイトが来ててね、色んな話をしたの」
「そう。楽しかったかい?」
「うん! ゆーえすじぇいっていうテーマパークの特集をしてる雑誌も見せてもらって、いつか行こうねって約束もしたんだ」
「……」

 友人との明るく楽しげな未来を笑顔で語ってはいるがそれは叶わぬ夢であることは、名前も重々解っている。

 名前は今から一年程前にとある病の診断を受け、同時に延命しか手段が無いことを知らされた。その数ヶ月後には余命が言い渡され、以降この病室で最期の時を待ち続けることを余儀なくされている。
 名前が余命宣告を受けていることは親類と、野坂以外は知らない。友人に知られれば毎日のように見舞いに来てくれるだろうことを解っているからこそ、自分のせいで友人の時間を削らせるのは心苦しいと彼女がそれを嫌ったのだ。
 早く退院できるといいね、退院したらあそこへ行こう、そんな実現し得ない希望に溢れた言葉の方が彼女の気持ちを楽にさせた。

「えっと、ごめんね。変な話しちゃって……」
「ううん。名前さんが楽しいなら僕も楽しいよ」
「そうなら良いんだけど……あっ、そういえば昨日のサッカーの試合、テレビでだけどちゃんと見たよ! 悠馬くんのチーム勝ったね、おめでとう!」
「僕がいるんだから勝つのは当然さ」

 サッカーで勝つために野坂ら王帝月ノ宮中サッカー部は在る。当然のことなのに名前に言われると何となく嬉しく思ってしまうのだから不思議だ。

「……でも、ありがとう」
「うん。サッカーしてる時の悠馬くん格好良かったよ」
「……」

 えへへ、と照れる名前を見て野坂は自然と笑みを浮かべていた。
 野坂との出逢いは本当に些細なことだった。野坂がいつものように通院して帰ろうと中庭を通り抜けた時に丁度目の前に落ちてきたつばの広い帽子を拾ったのだ。そうして持ち主を探そうと上を見上げた野坂と、外を眺める時の日避け用にと与えられたそれを風にさらわれた名前の視線がぶつかった。そんな偶然にも似た視えない力が二人を引き合わせたのだ。

「……名前」 
「? 悠馬くんどうし……」

 出逢ったあの時を思い出した野坂が彼女の手を取ったので名前が顔を上げると野坂の光の無い瞳が己のそれを射抜いていることに気付き、思わず言葉を失ってしまった。

「……名前は」

 世の中は理不尽だ。
 いつもベッドの上で一生懸命に笑う彼女は野坂よりたった一つ年上の女の子だ。やりたいことも、見たいものも、行きたい場所だって両手では足りない程にあった筈なのに。将来の夢を語る暇さえなくその灯火を消されるのだから、これを理不尽と言わず何という。
 勿論野坂だってそうだ。名前よりも一年も短い人生を、あと数ヶ月で終わらされる。

「どうしたの? 悠馬くん……?」
「……名前さんと出逢えて良かった」
「ふふっ。急にどうしたの」
「何となく、言っておきたかったから」
「ありがとう。私も、悠馬くんと出逢えて本当に良かった」

 付き合いは長くないが名前と一緒にいると野坂はアレスの天秤システムによって失ってしまった“何か”を思い出しそうになる。それは野坂が必要ないと切り捨てた感情であり煩わしいものであるとも理解している。
 しかし、それでも名前の側に居たいと思ってしまうのも事実。だからこうして、練習で面会時間に間に合わない日を除いてほぼ毎日、彼女の許へと赴いているのだ。

「明日は練習が早く終わるからもう少し早い時間に来るよ」
「うん! 明日のお花も楽しみにしてるね」

 そう言って彼女はまた笑った。今度は一生懸命ではない、自然体の笑顔で。



???


戻る