年に二回、春と秋に行われる球技大会は学年の垣根を越えて対戦するが故に、毎年何かしらの競技において名勝負と呼ばれる試合が誕生する。 今年の秋大会も例に漏れず名勝負が誕生していたのだが、そんなこと俺にはどうでもよいのだ。例えそれを生み出したのが実妹であろうとな。 我が妹こと東堂名前は今年の四月に入学したばかりのぴかぴかの高校一年生。中学の三年間打ち込み続けたバドミントンで春の球技大会を制したその実力は我が箱根学園のバドミントン部からスカウトが来るほどだ。 加えて血統を裏切らぬ美少女であるが故に一年生の秋にしてファンクラブが存在している。俺の自慢の妹であることをここに公言しよう。 さて球技大会二日目の今日、体育館ではバドミントンとバスケットボールの試合が行われており、バスケに出場する俺とバドミントンに出場する名前を一目見ようとするファンですし詰め状態であった。 俺のチームは惜しくも準決勝で敗退してしまったのだが、名前のペアは順調に勝ち星を上げていっている。 見やすいようにとステージの上に座り妹の試合を観戦をしていると、サッカーの試合を終えたのかフクと荒北が同じようにステージに上がり俺の隣に腰掛けた。 「フクに荒北ではないか。サッカーは終わったのか?」 「ああ」 「福チャンのチームが優勝したヨ」 「そうか、おめでとう」 「ありがとう」 荒北たちのように既に敗退している者や前日に試合を終えている者などは必然的にと体育館に集まっており、秋だというのに熱気が籠もっていた。 サッカーと言えば、真波もサッカーに参加したと言っていたな。ともなればもうここにいるはず、そう思い体育館を見渡せば名前のクラスメイトたちが固まって応援している場所に奴もいた。 へらへらと笑いながら名前を応援する姿はどうも締まりがない。 バドミントン部門の決勝戦が始まる前にバスケットボール部門は優勝チームが決まった。 バスケを制したのは堅実なプレーをしていた黒田のチーム。黒田は以前趣味でバスケを嗜んでいたようで、それを抜きにしても運動神経は素晴らしく、クライマーとしての素養もある自慢の後輩だ。 「……」 「靖友、嬉しそうだな」 「ゲッ新開! いつからいたんダヨ!?」 「ついさっき。卓球の団体戦で優勝してきたぜ」 「そうか、おめでとう」 「おめでとう」 「尽八も寿一もありがとな!」 俺の周りには勝者が多いなと、しみじみ感じているとどうやら新開は卓球で一勝もしていないことが判明した。つまりその勝利はチームメイトの努力の賜物というわけか。 ちらり、集まって優勝を喜んでいる黒田のクラスを見やれば同じクラスの泉田と、何故か別のクラスと言っていたはずの葦木場がいた。自分のことのように喜んでいるではないか、天然にも程があるぞ。 「おっ、バドミントンの決勝始まるみたいだぞ」 黒田のクラスが静かになった頃に 、名前の決勝戦は始まった。審判のホイッスルと共にシャトルが打ち上がる。 バドミントン以外の全ての競技が終了しバスケットコートが空いた分、ほぼ全校生徒が体育館に集まって、名前の試合を固唾を飲んで見守っている。 「名前は強いな」 「ああ、名前は優勝するぞ」 「楽しみだな」 会話から数十分後、今秋季大会においても下馬評通り名前のペアは今回もバドミントン部門を制し、観客を沸かせて魅せた。 決勝戦は名勝負と呼んでも偽りない熱き試合であったことは俺も認めよう。しかし、この試合がメインイベントであったかと問われれば、答えは否だ。 集まってきたクラスメイトが名前とそのパートナーを取り囲み輪を作る。その中でも名前が真波と睦まじく会話しているのを見て、俺は立ち上がった。 俺のファンは妹に賛辞を述べに行くのだろうと思い騒ぎ立てるが、それは勘違いなのだよ。 「東堂名前! ラケットを持ってコートに入れ!」 俺にとってのメインイベントはここからだ。 ステージの上から我が妹を指差し見下ろれば、その整った顔を僅かに歪ませ首を傾げた。 事情を知らないのは名前だけではなく、ほぼ総ての生徒と教師が頭の上に疑問符を浮かべていることだろう。 「聞こえなかったのか? ラケットを持ってコートに入れと言ったのだ」 ステージを降りれば自然と道が空けられ、まるでモーセでになったようだ。 深い溜め息をつき渋々と先ほどまでいたコートに戻る名前見て気分は高揚する。 今まで名前と戦っていた女子からバドミントンラケットを拝借し、同じようにコートに入る。ただし俺と名前の間にはネットという隔たりが存在しているのだがな。 「兄さん、どういうことか説明してよね?」 俺たち兄妹が揃うとファンたちの黄色い声はより一層強まる。美しいというのは罪深い。 「……名前よ。お前、真波と交際しているそうだな」 俺の発言に体育館内はざわつく。特に名前のファンは男が多いので発狂寸前の輩もいるだろうがそんなこと今この場においてはどうでもいいのだ。 「そうだけど、それがどうしたの?……まさかだけど、俺の許可なしに交際するな、なんてバカなこと言うつもりじゃないよね?」 「フッ、分かっているじゃないか。流石は我が妹……そのまさかだ! 俺と勝負をして勝ったら交際を認めてやる!!」 ラケットの先を名前に向け、高らかに宣言すれば、ヒートアップした観客たちの歓声が響く。我ながら素晴らしい演出だ。 球技大会の大トリとして文句なしのイベントということもあり教師陣は盛り上がる生徒たちに気圧され俺と名前の対決を認めざるを得ない状況である。 「はぁ?……私にバドミントンで勝負を挑むなんて、勝つつもりないでしょう?」 「さて、それはどうだろうな」 「元バドミントン部の私が負ける訳ないじゃない」 「一対一ならば俺に勝ち目はないだろう……しかしダブルスならばどうだ?」 「ダブルスって……」 「勿論、お前のパートナーは真波以外認めんぞ」 「え……」 「良いですよー」 間の抜けた声と共にへらへらと笑ったままの真波がコートに入ってくる。その手には、名前のペアだった女子から拝借したのであろうラケットが握られている。 「それで、東堂さんのペアは誰ですか? もしかして一人とか?」 「そんなわけないだろう! パートナーはちゃんといる。それも最強のな……なぁ、黒田!」 人混みから現れたのは俺のダブルスパートナーを務める黒田雪成。 先ほども述べたとおりこの黒田という男は運動神経が良くどんなスポーツも軽々とこなす。加えて俺と二人で秘密裏に特訓をしていたのだ、勝つ自信しかない。 黒田の登場に名前も真波も驚きを露わにする。 「何で黒田さんが?」 「ビッグマックセットだ」 「東堂尽八たる者が後輩を食べ物で釣ったの?」 「何だその目は! 報酬ではなく協力への御礼だよ」 「世間ではそれを買収って言うんですよー」 「まぁそれがなくても協力するつもりだったがな。真波には借りがあるしな」 黒田の言う借りとは自転車競技部のレギュラーの座を賭けた山登りレースのことだろう。相手が真波であることを伝えた時も奴は目の色を変えて協力してくれた。 「……それはさて置き、東堂さん」 一変。空気が変わる。 締まりのなかった真波の表情は山を登っていく時にだけ見せる凛々しいそれになっており、コートを取り囲んでいる女子たちのため息が遠く聞こえた。 名前の肩を抱き俺の目をしっかりと見据える真波に、俺の口角は自然と上がっていた。 「勝ちます。勝って名前ちゃんを貰います」 「さ、山岳くん……!」 真波の言葉に女子が黄色い悲鳴を上げ、逆に男子は嘆き崩れる。 「フッ。そう簡単に妹は……ってコラー! 俺を無視して二人の世界に入るんじゃない!」 そうしていつの間にか周りにきらきらとしたでも若干桃色の空気を纏わせて二人だけの世界を作っていた。 結果を言うと俺は負けた。それはもうボロクソに負けた。 最初の方は真波という穴を狙って点を稼いでいたのだがあろうことに名前はその穴である真波をコートの隅に追いやり、ほぼ一人で俺たち二人の相手にし始めたのだ。足かせを無くした名前に素人二人が勝てるわけがない。 「じゃあ名前ちゃんは貰いますね」 「お前何もしてないだろ!」 「あははっ」 戻る |