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 ※夢主≠ぐだ子




 もうあれから三年も経った。生活も落ち着いたしカルデアからの監視も完全にいなくなったから、そろそろだと思った。
 あれから何度か里帰りがてら祖父母の家を訪ねては書物を読み漁り収集した知識から、その図形を引っ張り出してきて成る丈綺麗に描いていく。流石に賃貸マンションの床に描くのは拙いから、文具店で大きな模造紙を買ってきた。

「素に銀と鉄――」

 言い慣れない呪文をしどろもどろ噛みそうになりながらも何とか紡いでいく。媒体となる銀の弾丸はバレンタインのあの日に貰ってからすぐ、首から下げていた祖母のお守り袋の中に入れて大切に保管していた。肌身離さず常に一緒だった。就職活動中に辛くなっても彼が共にいるのだと思うと自然と勇気が湧いた。

「――Anfangセット

 その時の私は夢見る少女じゃあなかったのだ。しっかりと現実を見据え、来たるべき今日の為に、誰にも悟られず綿密な計画を企てていた。きっと、ダヴィンチちゃんは全能だから私の愚行を知っていたのかもしれない。知っていて放っておいてくれたのかもしれない。
 サーヴァントという実体のない者に烏滸がましくも恋という感情を抱いてしまった愚かな私を彼はきっと笑って許してくれるのだろう。とどのつまり私と言う個体は夢見る少女ではなかったが、恋に飢えた小娘だった訳だ。

「……抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」


 この計画は彼に恋をしてしまった時から始まっていた。


「やぁ! 僕のクラスはガンナー。新しめのサーヴァントだけ、ど……マスター……?」
「ビリー、久しぶり。会いたかった」

 聖杯戦争用の挨拶なのか真名を伏せあの頃とは違う本来のクラス名を述べたビリーは私の顔を見るなり瞠目し、直ぐに私のしたことを理解して笑みを浮かべた。久しぶりだね、と。三年越しに彼の声が、匂いが、形が、温もりが、確かにそこに在った。

「……もう私のことは記録に成っちゃった?」
「まさか。ちゃんと記憶にあるよ、名前」

 僕も会いたかった。その言葉だけでカルデアでの過酷な任務も、休学明けで友人が軒並み卒業してしまって交友関係が一からスタートした大学生活も、辛かった就職活動も、寂しさを誤魔化していた日々全てが報われた気がした。
 彼の腕の中で泣きそうになるのをなんとか抑える。

「……あの時、全てが終わった日。僕が名前に言ったことを覚えてる?」
「勿論。忘れられる訳がないもの」

 あの日、全てが終わりビリー以外のサーヴァントが座に還り、いよいよ彼と別れなければならないという時に私は女々しくもそれまで心に閉じ込めていた想いの丈を全部彼にぶつけてしまったのだ。堪らなく好きであると。離れたくないと、子供のように泣いてしまったのを今でもはっきりと覚えている。
 知ってたよ。ビリーの返事はそれだった。彼は、当時の私と差して変わらない年齢で人生を終えたけれど、英霊として、サーヴァントとして長い時間を過ごしてきた為か私の痩せ我慢なんぞお見通しだった訳だ。
 その時は筒抜けだった羞恥よりも知られていて何のアクションも起こされなかったことに対するショックの方が大きかった。けれどもそれは私の杞憂で。

 僕も、離れたくない。

 眉を顰め今にも泣きそうな表情をした彼のその言葉で私はどれだけ救われたか。私の、初恋にも似たどろどろとした独占欲が満たされたことか。
 しかし、結局終わりは終わり。泣きじゃくる私を抱き締めながら、彼は座に還っていった。


「困らせるって分かってて言った。本当は人ならざる者僕なんかに囚われず人としての幸せを掴んでほしかったのに……」

 彼の優しさを無下にした結果、今がある。後悔はない。
 背中にあった手が腰まで降りてきて、ようやく彼の顔をしっかりと見ることが出来た。私より少し低い位置にある整った顔の、空色の瞳と視線が交わった刹那、それは徐ろに弧を描く。

「それでも欲しくなっちゃったんだ」

 細められた双眸の奥にぎらぎらとした肉食動物のそれが見えて、我慢していたはずの涙が零れ落ちてしまった。

「バカね」
「……」
「私の幸せは、ビリーが隣にいないと成り立たないのよ」

 今は全てが終わり全サーヴァントも座に還り私もマスターの任を降ろされて、休学中だった大学も去年無事に卒業して。就職して生活も安定したから、もう何の憂いなく残りの人生をビリーと過ごせる。彼がいる生活なんてほんの数年だけだったのに、彼が居ないなんて有り得ないと感じる程に近くなっていた。

「っ。……そんなこと言われたら一生手放したくなくなっちゃうよ」

 彼の手が私の頬を伝う涙を掬う。三年分の涙は思っていたより多いようだ。本格的に泣き始めた私を近くのソファーに座るよう促して抱き上げて、ビリーは私が泣き止むまで背中を撫で続けてくれた。
 それから涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を、少し笑いながら可愛いって、言ってくれた。





「それにしても、聖杯戦争でもないのによく召喚出来たね」

 涙も止まり呼吸も落ち着いた頃、不思議そうにビリーが尋ねた。ようやく会えた恋人に真っ先に聞くことがそれって。しかし当然の反応ではある。

「転臨用の聖杯、あったでしょう?」
「ああ。僕なんかが貰っちゃったやつ。あったね。それがとうしたの」
「“隠蔽のルーン”で一個だけ、こっそり持って帰って来てたの」

 英霊は聖杯の力によって抑止力として、サーヴァントという形で召喚される。祖父母の家にあった魔術関連の書物にはそういう風に書いてあったと記憶していたから。記憶が曖昧なのは、聖杯戦争なんてもの私には一生関わり合いの無いものだと決めつけていたから。まさか泣き付かれて仕方なしに行った海外で人類最後のマスターをやらされる羽目に成るとは思いもよらなかった。
 聖杯戦争に参加する権限のない者はサーヴァントを召喚できない。それが正解なのかすら解らないくらい知識のない私が、普通の生活に戻ったら聖杯戦争とは無縁の人生なのは解りきったことだ。それはイコール、サーヴァントを召喚する機会は一生訪れないということ。
 ならばと、いずれ終わりが来ると知っていたからこそ、転臨用にと取っておいた聖杯を一つだけくすねておいて正解だった。用途は違えど聖杯は聖杯。聖杯戦争で使われる大聖杯とかいうのよりは効力は薄いだろうけどサーヴァント一人を召喚し現界させるくらいは簡単に出来るものと信じて。

「素材とはいえ聖杯をちょろまかすなんて名前も結構イイ性格してるよね」
「えへへ。ビリーの為なら何でもするって、決めてたから」
「っ……! ほんと、名前って僕を喜ばせるの上手いね」

 そう言ってビリーは朱に染まった頬を隠すようにキスをしてきたので、私の頬も熱を帯びるのだった。


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