※アンテ全体のネタバレ注意 「ねぇ昨日のMTTTV見た?」 「勿論! メタトンっていつ見てもかっこいいよね〜」 対人間用に造られた彼も地上に出てきて随分と丸くなったものだと、名前も知らない女生徒たちの会話を聞きながら彼女は思った。 クックヒーローの作ったプロ顔負けのパスタを食べた後はパピルスの作ったスパゲッティを思い出してしまう。あの形容しがたい味を思い出しながらナマエは一人中庭のベンチに座る。 頭の中からパピルスのパスタを消して食後のデザートである花を食し始めるナマエ。光のない地下世界で育てた花とは違い地上の花はどれも希望に溢れていて美味しい。 「また花食べてるのか」 ナマエが声のした方への振り返ると赤と白のお目出度い髪をした男子生徒、轟焦凍が立っていた。 焦凍とは食堂でたまたま相席をしたことをきっかけによく話すようになった人間の一人。ナマエが二学年上だと知っても距離を置くことなく、彼女の希望通りフレンドリーに接してくれるのを、彼女は好ましく思っている。 「焦凍。君も食べる?」 隣に腰を下ろした彼に、ナマエは真新しい金色の花を差し出すも手のひらを向けられる。 「いらねぇ。この前食って美味くなかったし」 「そうだった。せっかく美味しく咲いてくれているのに、それを不味いだなんて言う人、あなたで二人目よ」 一人目はキャラだった。人間が落ちてきたことは地下世界中の話題となり寝込んでいる彼に見舞いの花を持って行って食べさせたら不味いと一蹴されたのだ。今となっては二人の良い思い出だが、ナマエは未だに密かに根に持っている。 次に仲良くなった人間のフリスクは、ナマエを思ってか不味いとは言わなかった。ただ美味いとも頑なに言わなかったが。 つまりこの金色の花はモンスターにはそれなりの味なのだが、人間にとってはやはり花は花らしい。キャラもフリスクも煎じて茶にしたものは飲むのだが、それではナマエが納得いかない。 「今度煎じてお茶にして来るから、ぜひ飲んでね」 「まぁ、それなら……」 焦凍にとってナマエと一緒にいるこの空間は堪らなく居心地が良い。誰に気負う必要もなく、自分の親だとか“個性”だとか人間関係だとか、そういった柵の一切を忘れられる場所が、ナマエの隣であった。 例え永遠に無言であっても気にならないだろう。だが実際は互いに何かしらの話題を切り出すので沈黙が長引くことはまず無い。 会話の内容は多岐に渡り、授業のことであったり、ニュースで見た内容だったりと、面白いかと問われれば本当に他愛ない。 「……こうして見ると」 「?」 焦凍が常々綺麗だと思っているうさぎのように真っ赤な瞳が彼を見つめていて、どくんと心臓が大きく鳴る。 「私も君も大して変わらないよね」 ナマエは焦凍の手を取ると自分のそれに重ねる。色を失ったように真っ白いナマエの手は見た目とは裏腹に熱っぽく、それがまた焦凍をどぎまぎさせた。 手を通して心臓の音が伝わってしまうのではないかと、焦凍は何とかポーカーフェイスを保とうと必死だ。 モンスターであるナマエは表向き“個性”としてこの姿であるとなっているため死人のように白い肌も、動物のように体毛で覆われた長い耳も、血のように赤い瞳も、スカートの下に隠れているふわふわの尻尾も、全て受け入れられる。人として扱ってもらえる。 「この世界に人間以外がいても判らないよね」 「人間以外……?」 「そう。妖怪とかモンスターとか」 ナマエの言葉に焦凍は首を傾げる。 この時代の人間は、“個性”のせいで人間のような見た目じゃなくなってしまっている。それこそモンスターよりもモンスターらしい容姿の者まで。だからこそモンスターたちは安心して生活できるのだ。 「最初からこういう世界だったら私たちはもっと自由だったのかな」 しかしこういう時代ではなかったからこそ落ちてきたキャラに居場所が、家族が、友人が出来たのだ。 その結末が復讐心の伴う悲しい物語だったとしても今は違う、彼が人間を嫌う原因となった者たちはもう一人も残っていない。 それに彼はもう独りぼっちではない。今度は“決意”を持って幸福な人生を選べるのである。 「あの子も、もう大丈夫よね」 そう言うとナマエは目を伏せ、小さく息を吐いた。 こうしてたまに焦凍の知らない世界の話をするのも、ナマエのことを一つずつ教えてもらっているようで彼にとっては心地良いことの一つである。 ナマエもまた焦凍とこうして他愛のない話をするのが好きでついつい余計なことまで話してしまうのだが、それすらも受け入れてしまう彼の優しさが心地良かった。 「ねぇ焦凍」 「ん?」 「……こうして何気なく話したりしている相手が、もしかしたら人間じゃないかもしれないって考えたことある?」 「人間じゃねぇ、か。考えたことなかったな」 「そう……普通はそうよね」 「でも」 「?」 「仲良くなりたいって気持ちに妖怪だとかモンスターだとか人間だとか関係ねぇって、俺は思う」 「……焦凍は優しいね」 焦凍はその場凌ぎの嘘を吐くような人間ではなく、特にナマエに対しては常に正直であるように心がけているため今の言葉は本心だ。 例えナマエの正体を知ったとしても焦凍は彼女への態度を変えることはない。そうと分かっているから彼女もこうして彼に甘えてしまう。 それからまた取るに足らない他愛ない話をしていると、ふいにナマエでも焦凍でもない中性的な声が落ちてくる。 「焦凍。こんな所にいた」 二人揃って同じタイミングでそちらを見ると、二本の縞の入ったセーターを着た糸目の男子生徒がベンチに座る二人を見下ろしていた。 「フリスク」 「まーたナマエと一緒にいたの。スケコマシだね」 「そんな言葉誰に吹き込まれたの。サンズ? それともキャラ?」 「……」 「両方なのね」 「……焦凍、次ヒーロー基礎学だからもう着替えないと間に合わないよ」 「おう。わざわざサンキュな」 彼らの短いやり取りを見てフリスクがクラスメイトと仲良くやっていることが分かってナマエは安心した。 誰とでも仲良くなれるのはフリスク最大の魅力だとナマエは考えており、それは他のどんな“個性”よりも強くて優しい能力である。 名残惜しいがナマエは焦凍の手を離してやり、フリスクを見やる。 ヒーロー基礎学ということはフリスクが着ているセーターは私服ではなくヒーローコスチュームだ。懐かしいその見た目にナマエは自然と笑みを浮かべた。 この姿の彼が落ちてきてくれたお陰で彼女らモンスターは復讐心を鎮め自由を手にしたのだ。 「フリスク、お花食べる?」 「……次体動かす授業だし遠慮しとく」 脇に置いた籠から金色の花を一輪取り出してフリスクに差し出すも体よく躱されてしまう。しかし彼女は特に気にした様子なく、二人とも授業頑張って、と手に持っていた金色の花を口に入れた。 じゃあまた、そう言って焦凍は中庭を出て行く。彼に続くようにフリスクも踵を返すが直ぐにまた振り返ってナマエを見た。 「あっ、そうだナマエ。週末向こう帰る時一緒で良いんだよね」 「うん。電話きてたの?」 「サンズから。キャラやアズリエルも楽しみにしてるってさ」 「ウサフフ。私も楽しみよ」 遥か遠いアメリカに居住している友人たちを思い浮かべナマエはもう一輪、口に含んだ。 最初の人間が落ちてきてから何百年経っただろうか。モンスターがモンスターとして生活出来るようになるまでにはまだまだ時間がかかるが“その時”は必ず訪れる。 その架け橋となるのがフリスクであると、ナマエは何となく理解していた。 戻る |