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「やあ名字おはよう。今日もA組の奴と登校してたよね。困るなぁ、もっとB組としての自覚を持ってくれないと……それから……」
「……はぁ。物間、お口チャック」

 ぺらぺらと煩い物間の口にチャックを付けて強制的に閉じてやればんーんーという唸り声に変わる。

 私の“個性”は直接触れたあらゆる箇所にチャックを取り付けるという何とも金色っぽい風が吹いてきそうなもので。時間的制約はあれど取り付けたチャックは私以外開閉不可能という何とも利便性の高い“個性”である。

「あのね。毎回言ってるけど鋭児郎はただの幼なじみで家も近いから必然的に登校時間が被るの」
「ん、んんーっ!」
「もう、この話何回目よ。流石に耳にタコ出来るわ」

 解除のために物間が私の“個性”をコピーしようと手を伸ばしてきたのをすかさず避けてやる。ここでいつもならば更にしつこく追ってくる手があるのだが、今日は珍しくあっさりと引っ込んでいく。
 流石に毎度毎度のことなので諦めたのか。ならば変わり映えのしない嫌味もやめてほしい。毎日毎日同じ嫌味を言われたら流石に飽きる。

 私自身B組は好きだしもっと評価されて然るべきと思っている。ライバル視しそれを自己研鑽の糧にするのもヒーローを目指す者に相応しい良い姿勢だとも思う。
 しかし、だからといってその価値観を他人に押し付けるのは間違っている。
 別にA組と馴れ合ったからといって負けるわけでもないだろうし、そもそも同じ学校の同じ学科に通う同志なのだから多少仲良くしても良いじゃないか。

「大体鉄哲だって鋭児郎と仲良いじゃん。それには何も言わないくせに何で私には言うのよ。意味分かんない」

 そもそも鋭児郎も私も特にこれといった感情は無いし、どちらかが引っ越さない限りこの関係は変わらないからそろそろ諦めてほしい。

「そもそも私の交友関係に一々口出ししないでよね。はぁ……物間って黙ってればイケメンなのにね。勿体無い」
「!?」

 私の素直な感想に物間はその垂れた目尻をほんのりと赤くした。これは素直に照れているということで良いのだろうか。

 物間は“個性”も優れているし見た目だけならばA組の轟の一個下くらいには格好良いと思うし、重大な欠点である余計なことばかり喋る口も心のアレ的な病からくるものだろうし、その病名が付いてそうな精神状態を治したら一気にモテると思う。
 私は思っていたことを素直に伝えてやる。

「名前、そろそろ止めてあげな」
「あ、一佳」

 あの物間が珍しく照れているのが面白くなって一気に捲し立てていたら一佳に止められしまった。
 気付けばクラスメイト全員が私たちに注目していたらしく全員の視線が突き刺さる。

「やば、声大きかった?」
「いやそうじゃなくて。それ以上は物間が耐えれそうにない」
「?」
「ん」
「わっ! 物間めっちゃ赤い!」

 一佳の指差す方を見やれば、喋るのに夢中で気付かなかったが、これでもかと顔を赤くしている物間がいて。耳や首まで赤くなっており、もはや全身が赤いんじゃないかとさえ感じられる。
 ぷるぷると全身を小刻みに震わせて、いつも以上に目の焦点も定まっていないし目尻には薄っすら涙も溜まっている。その姿は私の中の微かな嗜虐心を煽ってくる、なんて言ってる場合じゃない。

 っていうか私の“個性”のせいで息が出来てないだけなのでは、と慌てて“個性”を解除する。

「〜っぷは!」
「ごめん! 息苦しかったよね!?」
「……」
「……名前ってどこまでも天然というか、鈍感だよね」
「はい?」

 呆れた様子の一佳に首を傾げる。え、酸欠的なあれじゃなかったの? よく分からない。

「物間頑張れ」
「え、一佳何言って……へ?」

 気付けば物間に腕を掴まれていて。先程までのへたれた表情ではなく、真面目な顔をしていた。

「ああもう! 何で名字はそんなに鈍いんだ!!」
「え……?」
「いい加減気付けよなぁ!!」

 彼が力任せに机を叩いたものだからその大きな物音にクラスメイトは何だ何だと私たちに注視する。
 かく言う私も物間の剣幕に呆気にとられて彼に二の句を継ぐ間を与えてしまった。

「毎回名字の指先が僕の口に当たる度に僕はどぎまぎしてどうにかなりそうになる! だからといって君を目の前にして黙っていたら心臓が破裂するんじゃないかってくらいばくばくして、でもいざ口を開くと嫌味紛いの言葉しか出て来ないんだ!!」
「は……はあ!?」

 いつも以上に取り乱した物間がさっきの仕返しとばかりに捲し立てるものだから私は彼の言葉を拾うのに必死だ。
 彼が言わんとすることを何となく分かってしまって。でも入学式の日から今日に至るまでの彼とのやり取りを考慮しても私にそんな想いを抱く理由が思い付かないのだ。
 だから余計に混乱してしまう。どう反応していいのか困る。

「なっ、何よそれ! い、意味分かんない……!」
「は!? 意味くらい分かるだろ!? っていうか分かれよ!! 僕は名字が好きなんだよ!!」

 物間の告白は静かな教室内に響き渡った。
 彼の言葉を脳内で処理した途端に全身の血液が沸騰していのるかってくらい熱くなって、頭の中は真っ白になる。
 今度は私が取り乱す番だった。いや、既に取り乱してはいるけどさ。更に。

「な、何それ何それ何それー!? 何でそんなことになってんの!?」
「あーもう! 名字にその気がないって知っていてもどうしてもA組の奴に嫉妬しちまうしもう我慢の限界なんだ!!」
「え、や、その、誰か……!」

 助けを求めようと周りを見やればクラスの私達を見る目が生暖かく、今の私に味方は存在しないのだと気付く。

「やっと告ったのね」
「盛大なこって」
「意気地なしのへたれだと思ってたけど案外大胆だった」

 それどころかみんな物間の味方っぽいじゃないですかー、やだー。

「ん、ちょっと待って。“やっと”って何、まさかみんな知ってたの!?」
「物間の態度見てりゃね」
「オレでも分かったぞ」
「寧ろ何で気づかなかったわけ……」

 どうやら気付いていなかったのは私一人だけだったようだ。あの鉄哲ですら気付いていたってどんだけだよ。

「……で、名前。どうすんの?」
「どうって……?」
「返事、待ってるよ」

 振り返れば顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうな表情の物間が私を見つめていて。いつもの物間からは想像もつかない姿にどぎまぎしてついに私まで顔が熱くなってしまう。
 ていうかこんな状況で断る人っているの、ってくらいに出来上がっている。まあ、断る理由なんて思い当たらないんだけどね。

「……よ、よろしくお願いします」

 私の口から出た言葉は予想以上に細く情けなかったが、目の前の彼には十二分に伝わったようだ。


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