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 帰り道、いつもと違う景色が見たくていつもと違う道を行った先で見つけた知らない通りの一軒の花屋。商店街とはまた違う、喫茶店やレストランなどの大きな通りにひと際華やかな店がそれだった。
 華やかな店名を掲げた派手すぎず地味過ぎない看板も、店頭に並べられた鉢植えのチョイスも、中を覗いた際にキーパーが見当たらない所も、自分好みだった。いつもと少し違う道を行っただけでこんなに素敵な花屋があるだなんて知らなかったので今日は本当に得をした気分だった。
 そろそろ部室に飾る花を変えようと思っていたので丁度良い機会だと、店内に足を踏み入れれば新鮮で色とりどりの花たちが俺を迎えてくれた。

「あっ、いらっしゃいませ!」

 俺の存在に気付いた店員さんが慌てた様子で店の奥からやってくる。水色のエプロンを身に着け、切り花が沢山入った花桶を抱えたその人を俺は知っていた。

「名字さん!」
「誰かと思えば幸村君!」

 二つ隣りのクラスの名字さんだ。同じ美化委員会で知り合った彼女は俺が去年委員会で提案した“花いっぱい運動”を積極的に手伝ってくれたのがきっかけでよく話すようになった。花が好きだと言っていた通り、普段から学校の花壇の手入れを率先してやっていていたり、ガーデニングの相談にも乗ってくれて的確なアドバイスをくれたこともあった。
 彼女は俺と同い年の中学生だからアルバイト、という訳ではないだろうからきっと実家が経営している店のだろう。

「この店って名字さんのご家族が経営しているのかい?」
「あれ、幸村君に話した事なかったっけ?」
「花が好きってことくらいしか」
「そうだったっけ。ここは名字家が家族で経営している花屋だよっ。今は母さん……店長が父さんと一緒に配達に行ってるからその間は私が店番!」

 俺が入院している時も数日おきに花を持ってきてくれ、しかも入院中の屋上庭園の手入れを請け負ってくれて、その点に関しては感謝しかない。本人は花が好きだからと言っていたがまさか実家が花屋だったとは。同学年の子にしては花の知識が豊富だったのも頷ける。
 にこにこと人好きのする笑みを浮かべる彼女に俺の心は温かくなる。

「幸村君は花を買いに来たの?」
「いつもと違う道で帰ったらたまたまこの店を見つけて……雰囲気が良かったから立ち寄ってみたんだ」
「そうなんだ。では改めまして……いらっしゃいませ。ゆっくり見て行って下さい」

 彼女の言葉に甘えてゆっくりと店内を見て回る。開花している百合はちゃんと花粉の処理もしてあるし薔薇も全て棘が取り除かれている。丁寧に扱われていることが伺え、心なしか花たちも元気に満ちているように見える。
 ふと彼女が気になって目線を向ければ、彼女は先ほど奥から持ってきていた花桶から花を何本かチョイスして茎を切り揃え卓上用のブーケを拵えていた。
 移動教室で彼女の教室の前を通る度、真田や柳生への用事でA組の教室に入る度に目に入っていた。教室内に飾られた落ち着いた色のブーケ。それが今彼女の手によって作られていた。

「ブーケ?」
「あ、うん。私、母さんみたいなフラワー装飾技能士を目指してて、これはその練習なの」
「へぇ。綺麗だね」

 彼女は作り上げたブーケは個々の花弁の大きさや色などが考慮され全体的にバランスがとれており、それでいて華やかさを失っていない完璧な出来だった。
 手際の良さからも見て相当数作ってきたのだろう、このブーケ一つでも彼女の努力が窺えた。それと同時に彼女の手によって綺麗に飾り立てられる花が羨ましくも思えた。

「A組の教室に飾ってある花って名字さんが作ったものだったんだね」
「そうだけど……幸村君見たことあるの?」
「あぁ。真田や柳生に用があってA組に行った時とかに」
「そっか。先生やクラスメイトからも、勿論真田君と柳生君からも好評なんだよ。教室が華やかになって良いって」
「確かに。華やかな空間で授業が受けられるA組が羨ましいよ」
「えへへ。花屋冥利に尽きます」

 名字さんと話せば話す程彼女は本当に花が好きなのだとよく分かる。世間話をしながら、彼女は二つ目のブーケを完成させていた。オレンジの花を基調とした彼女の様に元気いっぱいのブーケ。

「そのブーケが欲しいんだけど、いくらかな?」

 俺の言葉に名字さんは一瞬驚いたような表情をして直ぐにいつもの笑みを浮かべた。

「そういうことなら、これは残り物で作ったやつだから、それでも良ければタダであげるよ!」
「え、タダだなんて! ちゃんとお金は払うよ」
「気にしないで。寧ろ廃棄予定の花を売ったとなったら私が怒られちゃうから、ね?」

 まだ元気に咲いている花なのに既定の日数を超えたら廃棄だなんて可哀想だから、という理由で彼女は練習を兼ねてそれらの花を使ってブーケを作り、教室を飾っていたのだそう。合理的だし、ただ廃棄されるのを待つだけだった花にとっては幸せなことだろう。

「……そういうことなら」
「良かった! でも本当にこれでいいの? 何だったらこの中から選んでくれたら新しく作るけど……」
「これがいいんだ」
「分かった。今包むから待ってて」

 今し方完成したブーケを花束袋に丁寧に入れた彼女は、何かを思いついたように再び花桶から数本の花を選び手早くブーケを作り、同じように花束袋に入れ、合計二つのブーケを手渡される。俺はテニスバッグを抱え直しそれらを受け取った。

「えっ、これは……」
「これは私からのサービス! ぜひ部室に飾って!」

 そう言って青紫色の花が特徴的な竜胆のみで作られたブーケだった。この花の花言葉は“正義感”、そして“勝利”。常勝を掲げる我が立海テニス部に相応しい花である。こういう細やかな気遣いが出来る所も彼女の魅力の一つだ。

「ありがとう……でも二つも貰ってしまって流石に気が引けるな……」
「だったら今後はご贔屓にしてねっ」
「そうするよ」

 とは言うものの俺は彼女とこうして話している間にもう一つ欲しい花を決めていたのだ。花束袋の取って部分を腕に通して、彼女に向き直る。

「あの、欲しい花があるんだ」
「早速だねっ。はい、どれでしょうか」

 彼女は嬉しそうに顔を綻ばせると次に店員としての姿を見せる。俺は視線を横にずらし色とりどりのそれらを見やる。

「薔薇を五本、花束にして下さい」
「薔薇を五本ですね。赤・白・ピンク・黄色・紫・黒とございますがどれをいくつずつご所望でしょうか?」
「赤い薔薇を五本お願いします」
「かしこまりました。ありがとうございます」

 柔らかい笑みを浮かべて彼女は薔薇の花桶からより色艶の良い物を見繕って花束を作ってくれた。彼女は花屋の娘だからその花束が成す意味を分かっているはずだ。俺の好きな色を聞いて、その色のリボンで花束を結んでくれた。
 メッセージカードを付けるかどうか聞かれそれを断り、料金を支払って花束を受け取る。おまけの切花延命剤はブレザーのポケットに入れ、俺は花束を抱え直す。

「名字さん」
「はいっ。他にも何かご入用ですか?」

 きっと彼女は俺がこれを他の誰かに渡す場面を想像して微笑ましく思っているのだろう、優しい笑みを浮かべている。

「これを受け取ってくれるかい」

 俺は今し方受け取ったばかりの花束を彼女へ差し出す。赤い薔薇を五本だけ束ねたそれ。
 理解が追い付いていないのか名字さんはぽかんと間の抜けたような表情を浮かべていて、その姿が可愛らしくて思わず笑みが漏れる。

「えっ、こ、これを私に?」
「うん。ぜひ受け取ってほしいんだけど、迷惑かな」

 我ながら気障なことをしていると思う。でも心から花が好きな彼女に自分の気持ちを伝える方法としてはこれが一番適切だと考えた。

「う、ううん! 私じゃないと思ってたから驚いちゃっただけで、全然迷惑じゃないよ!」
「良かった。ありがとう」
「私の方こそ、ありがとう! 私も幸村君と出会えて嬉しいっ」

 大切に飾るねっ、とほんのり頬を染めた彼女が花束を抱きしめる。花のような笑顔を咲かせる名字さんに俺は達成感を得るのと同時に心臓が高鳴るのを感じた。
 じゃあまた明日、と頬が熱いのを隠すように踵を返せば、ありがとうございました、と彼女の元気な声がかかる。
 そうだ、と思い出したように俺は足を止め彼女へ振り返る。

「明日は十二本買うから、受け取ってほしい」

 それだけ言って足早に店を出た。流石に気障すぎたかな。


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