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「#エロ」のBL小説を読む
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 ※4/14白石蔵ノ介誕生日おめでとう。エセ関西弁でごめん。




 昼休みのチャイムが鳴るや否や俺は早々に新聞部室へ向かった。この時間の新聞部室には必ず彼女がいる。この学校は文武両道を掲げており全校生徒が運動部と文化部の両方を掛け持ちしている。俺はテニス部の他に新聞部に所属しており、最近は作家として校内新聞に小説を掲載している。
 コンコンコンとノックをして、は〜い、という気の抜けた返事を聞いてから中に入る。ドラマとかよく見るオフィスの様に向かい合わせに並べられた机の奥、窓際に一つだけ廊下側に向けられた机があり、そこに設置されたパソコンで作業をしているのが新聞部部長の名字だ。俺は彼女に会いに来たのだ。
 パソコンのモニターから顔を出した名字にが俺を見つけて目を丸くする。俺が昼休みここに訪れるのは珍しい事ではないが大体昼食を食べてから来る事が多く昼休みが始まってすぐの時間に俺がいることに驚いているのだろう。

「どないしたん白石」
「“毒草聖書”の十三話出来たから持ってきてん」

 そう言って彼女から一番近いデスクの椅子を取って彼女の傍に腰を下ろす。左手で昼食のサンドウィッチを頬張りながら右手でマウスを操作して次回の校内新聞のレイアウトをあれこれ変えている。次号の特集は新入生の部活動入部状況と新入生歓迎お笑い祭の評論のようだ。

「別に次の部活の時でええのに」
「善は急げ言うやろ」

 とは言ったものの半分以上は下心である。陸上部にも所属している彼女は放課後は気分でそちらにも顔を出している為、確実に彼女と二人きりになるにはこの時間にここに来るしかないのだ。逆にこの時間帯は彼女に用のある新聞部員と鉢合わせる可能性もあるのだが今日は運が良かった。
 名字は残り一口分のサンドウィッチを口に放り込み、俺から原稿用紙を受け取るとマウスから赤ペンに持ち替えて小説の内容に目を通す。部長であり編集長でもある彼女に原稿を読まれるこの瞬間はいつになっても慣れない。
 基本的に放任で部員達には好き放題取材させるがその内容にについては厳しく批評するのが彼女の方針だ。俺の小説もそうだ。誤字脱字や三点リーダの数などの小説のルールに沿っていない部分は何も言わず赤ペンで校正し、その上で内容については厳しく評価・添削する。
 校内新聞に小説を連載する事が決定した際も小説のテーマについて尽く没を食らい、テーマが決まってから三話分の原稿を提出する際も四度書き直しを食らった。それくらいに彼女は新聞に関してストイックなのだが、そのお陰で質も良く人気も高い新聞が出来るのだ。
 他の部員も書き直しを食った回数は数知れず、しかしその度に的確なアドバイスをくれるので結果的に没原稿よりも数段良い物が出来上がり自ずと記者レベルも向上する。合格をくれる時はこれでもかと褒めちぎり部員のモチベーションも上げるという有能っぷり。要は飴と鞭の使い方が上手いのだ。

「……うん、ええね。今回もおもろい」
「さよか」

 原稿から顔を上げた名字が笑みを浮かべているのを認め、俺はほっと胸を撫で下ろすと同時に緊張がほぐれるのを感じた。

「特に犯行に用いられた毒の調達方法を説明するシーンが読んでて引き込まれる」
「そこは特に力を入れて書いた部分やからそう言ってもらえると冥利に尽きるわぁ」
「白石の事やから校閲も必要ないやろうし」
「おん。そこは念入りに調べて書いたで!」
「ただ、ここの表現は少しくどいんとちゃう? 流石に何度も見つめすぎやろ」

 主人公の内蔵助くらのすけが容疑者の一人でもあり物語のマドンナでもある女性を見つめるシーンの箇所をトントンと人差し指で叩く。確かに事件のあらましを説明する場面で彼女に視線を送る回数は多めに描写した。

「せやろか。それくらいの方が印象に残ってええやん」
「うーん……いややっぱりくどいわ。見る回数一回減らした方がええよ」
「さよかぁ。ほならそこは直しとくわ」

 返された原稿用紙には所々赤ペンで添削されており、これらを元に先ほどのアドバイスも踏まえて俺は原稿を仕上げるのだ。アドバイスの内容を忘れぬよう彼女から赤ペンを受け取って今し方言われた修正箇所を書き込む。
 俺は見つめたりないくらいだと思っているが客観的に見て修正が好ましいのならばやぶさかではない。マドンナのモデルは言わずもがな名字だ。故に俺がモデルである主人公からの好意をこれでもかと表現しておきたいのだが内容に関係なさすぎるとそれらの描写は悉く没となったのは記憶に新しい。

「ていうか白石お昼食べてへんの?」
「あー……まぁ、はよ名字の感想聞きたかったから」
「アカンよ。食べ盛りの男の子やねんから」
「後で購買でパンでも買うからええよ」
「いや、はよ行かな昼休み終わるで」
「もう少しここにいたい気分やねん」

 そう言って名字の左手を握り、小説の主人公よろしくその大きな瞳をじっと見つめる。急に手を握られ見つめられた彼女は最初こそきょとんとした顔を浮かべていたが自分の置かれた状況を理解した途端にじわじわと頬に朱を注いだ。

「え、な、なに? 急にどないしたん……?」
「んー。伝わらんかな思て」
「何を? 伝えたいとこあるなら直接言った方が早いやろ?」
「ほら“目は口程に物を言う”って諺あるやん」
「いや流石に無理やって! 見つめるだけじゃ伝わらんて!」
「ほな伝わるまでこうしてよか」
「っ……」

 熱の籠もった俺の視線に彼女はいたたまれなくなり顔を背けようとしたので、空いている手で彼女の細い肩を掴み少し強引にこちらに向かせた。彼女は口を噤んで困ったように眉尻を下げて見せる。その瞳には不安と恥ずかしさが滲んでいた。
 パソコンの稼働音と時計が時を刻む音しか聞こえないくらい室内が静かになってしまい秒針よりも速いテンポで脈打つ俺の心音が彼女に聴こえやしないか気が気じゃない。俺の熱が両手から彼女に伝わるような錯覚さえ覚える。
 彼女のテリトリーで二人きり、互いに無言で見つめ合うという膳立ての整った完璧なシチュエーション。濡れた瞳で上目に俺を見つめ返す彼女の姿が色っぽいなと思うのと同時に伝えるのなら今しかないと直感する。

「あんな、名字。俺、実は……」
「分かった! 今日白石の誕生日やろ?」
「……せやねん」

 名推理とばかりに名字の表情は一瞬にしてぱっと花が咲くような満面の笑みに変わり、俺は一気に毒気が抜かれたように脱力する。正直彼女が俺の誕生日を知っているとは思っていなかったので嬉しい気持ちは勿論あるが、やはり伝わらなかったという事実と気持ちを伝えられなかったという落胆の方が大きかった。
 やっと拘束から解放された名字は満足気に手に取っパックのジュースを飲んでいる。取材の時は相手の表情の変化を逃さない彼女が、自分に向けられている好意に気づかないなんて事があるだろうか。自分に関する事には鈍感なのか。若しくは敢えて俺の気持ちに気付いていない振りをしているだけか、だとすれば彼女はとんだ策士だ。

「俺の誕生日知っとったん?」
「ううん。今朝小春ちゃんが面白そうに耳打ちしてきてん」
「……小春と仲ええん?」
「同じクラスやからね。いやー、すっかり忘れとったわ」

 先ほどまでのドラマチックな雰囲気はどこへやら。強制的にいつもの新聞部室の雰囲気に戻されてしまい残念な気持ちでいっぱいになる。
 俺としては小春の事を下の名前で呼んでいる事の方が気になって仕方がない。確かに小春はああいうキャラで親しみやすさを演出していて周りに下の名前で呼ぶよう言っているので同じクラスである彼女が小春を下の名前で呼ぶは自然なことではあるのだが、やはり理解は出来ても納得は出来ない。理不尽な嫉妬を小春に向けしまうくらい俺は彼女の事を好いているのだ。
 そんな俺の気も知らないで彼女は呑気に誕生日の話題を続ける。

「もっと早く知っとったらプレゼント用意しとったんやけどなぁ」
「ええよ別に。ほら連載決まった時に色々くれたやん? あれで十分や」
「あれはただの参考書やん」

 小説の書き方についての本と参考用にとおすすめの推理小説を数冊貰ったのは一月の事。大いに役立っているし十分嬉しかったのでそれで十分である。正直誕生日に関しては期待はしていなかったのでプレゼントに関しては本当に何も考えていなかったというのが本音だ。

「せや、購買で何か驕ったるよ。お昼まだなんやろ。あ、でもあんまり高いもんは堪忍な」
「いや要らんて」
「えー、何でもええんやで?」

 彼女の言葉に俺の頭にある欲求が過った。

「……何でもええんなや?」
「私が買える範囲でならやけど……」
「名前」
「えっ……」

 いつもは呼びたくても躊躇していた彼女の下の名前を敬称を付けず呼ぶ。本人を目の前にして初めて発したその響きは実に甘美で、何度でも口にしたくなる。

「これからは名前って呼ばせて」
「そ、そんなことでええの?」
「俺にとっては結構大事なことやねんけど」
「ま、まぁ別にええけどね……」
「あと俺の事も、蔵ノ介って名前で呼んで欲しい」

 彼女と恋仲になりたいとかそれ以上の関係になりたいとか色々欲求は尽きないが目先の一番の欲はそれだった。名前で呼び合いたい。自分ながら可愛らしい願いだと思う。だが今の俺にとってはどんな願いよりも重要かつ優先されるべきものなのだ。
 再び彼女の両手を取って彼女のじっと見つめれば今度は頬を染めることなく、ただただ呆れたような表情を向けられた。

「あー……あんな。さっきのもそうやけど、そうやって気軽に女子の手握ったり目を見つめたり、口説くような事言うん止めた方がええよ」
「え……?」
「勘違いされてまうよ」
「それは……つまり名前は勘違いしてくれとるん?」
「……そりゃあ、まぁ。自分みたいな男前に二人きりん時にそういう事されたら、そら勘違いもするやろ」

 俺に揶揄われていると勘違いした名前が不満気に口をへの字に曲げ、自身の手を包んでいる俺の手に視線を落とした。早く離せと訴えている。
 俺は絶対に離してやらないと決め、両手に力を籠める。益々名前は不快感を露わにするが俺はにやけそうになる口元を制するのに必死だった。
 やはり名前は俺が向けている好意に気付いていた。気付いた上でぬか喜びしたくないと気付いていない振りをしていたのだ。それはつまりそういうことだろう。その事実が俺の中を駆け巡り脳内で祝福の鐘を鳴らしている。

「名前」
「……なに」
「それ、勘違いなんかやない」
「は? 何言うて……」
「俺は名前が好きなんや」
「は……」
「こういう事するのも名前だけやから。せやから、俺の気持ち素直に受け取って」
「はぁー!?」

 勢いのままに告げられた俺の愛の言葉に、ついにキャパシティーオーバーとなった名前の叫び声が新聞部室内に反響する。名前の顔は今までの比にならないくらい真っ赤になっていて、俺の気持ちをちゃんと受け取ってくれたのだと確信した。
 名前の手が逃れようと暴れるが彼女の細い腕ではテニスで鍛えた俺の手から逃れる事は能わず。寧ろ俺は詰め寄るように名前との距離を縮め、わなわなと震える体をめいっぱい抱きしめた。普段の俺だったら異性を、しかも意中の相手を抱きしめるなんて中々勇気の要る行動だが相手が自分より恥ずかしがっている状況だと意外とすんなり行動に移せるのだと知った。
 布越しに名前の柔らかい部分がこれでもかを伝わってきて心臓が一等うるさく鳴ってしまうが何とか下心を隠してとりあえず名前を落ち着かせようと一定のリズムで背中を優しく叩いてやる。

「……」
「……落ち着いたか?」
「……ん」
「急かすようで悪いんやけど、返事、聞かせてほしい」
「……本気なん?」
「本気も本気や。こないな冗談吐ける程俺が器用やない事知っとるやろ」
聖書バイブルテニスの絶頂エクスタシー男がよう言うわぁ」
「これからは名前だけの絶頂エクスタシー男やで」
「ふふっ。何やそれ」

 観念したように吐き出された名前のため息が耳朶を擽る。昨日までは妄想の中でしかあり得なかった距離感が、今日は現実となっている。

「はぁ……私も好きやで。蔵之介」

 耳元で囁くように言われた名前の言葉に俺は充足感に満たされた。細胞の一つ一つが幸福に打ち震えている。彼女から呼ばれる自分の名前もまたこんなに甘美な響きを持っていたなんて。俺は自分の名前が一等好きになる。

「俺も好きや」
「ふふっ。もう知っとる」
「言い足らん」
「アホ」

 いつもの調子に戻った名前が小さく笑う。彼女が今どんな表情をしているのか確認できないのが残念だが密着した部分から溶け合っていくように互いの熱が伝わってくるこの感覚だけで今は十二分だ。

「何や、私自身が誕生日プレゼントになってもうたなぁ」
「末永く大事にします」

 昼食は食べ損ねたがもっと好いものを手に入れたので良しとしよう。


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