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 彼女は、ナマエは不思議な女だった。

 出会いはハンター試験で。ナマエは特別注目されていたとか目立っている受験生ではなく、どこにでも居るような普通の女だった。
 女の受験生自体が少ないからか目につくことは確かだったけど、だからと言って常に目で追うことはどは決して無い。正直ナマエより可愛い女もいた。だけど俺がナマエに興味を持ってしまったのは事実で、あれから数年経った今でも彼女といる時間に飽きは無い。

 ナマエは現在グルメハンターを生業にしている。たった数年でシングルの称号を手にし、もうすぐダブルが与えられると電脳ページでは専らの噂だ。余談ではあるが本人曰く専門は食べる方らしい。
 ハンターとして各地を飛び回っている為一定の場所に居を構えない。故に実家も自宅も無ければ故郷も存在しない。寝泊まりする場所は決まって短期契約マンション。身分を隠して契約しているあたり危機管理能力が高いというか人間不信というか。まるでこの世の全てを信用していないみたいで、そんなところも面白い。
 俺も彼女と同じく一定の場所に留まらず、蜘蛛の仕事の時は基本的に仮宿か家主を殺して一泊パターンが多く、一人の時は専らハンター証を使ってのホテルだ。故にナマエの宿泊先に赴く方が楽なのだ。
 しかし物を自在に収納出来る念能力のお陰で文字通り着の身着のままな生活をしている彼女の現在地を探すのには毎回苦労する。発信機を取り付けても何故か直ぐにバレてしまい、電話する羽目になるのだ。

「来るなら連絡してよね」
「たまたま見かけたから」
「そう。何も用意してないよ」
「連絡入れても何も用意しないくせに」
「……」
「ナマエって図星突かれると黙る癖あるよね」

 今回は電話する前に彼女の居場所を突き止めることに成功したので何も言わずにウィークリーマンションを訪ねた次第である。たまたま見かけというのは嘘だ。毎回電話して場所を聞くのは何だか負けた気がして意地になった。

 バスタオルを首に掛けて如何にもシャワー上がりのナマエの、濡れた髪から漂う彼女愛用のシャンプーの香りが鼻孔をくすぐった。
 そのままナマエを抱きしめようとしたらその前に彼女が左手を突き出てきて制止される。

「シャル臭い!」
「さっきまで仕事してたから」
「シャワー使っていいからさっさと浴びてきて!」
「んー、ナマエ洗って」
「馬鹿なこと言ってないでいいから行って」

 結構本気で言ってたんだけどなぁ。半ば押し込まれるようにシャワールームへ入り蜘蛛の仕事で一日中出動きっぱなしだった体を洗う。まぁ一緒にシャールーム入ったら洗うだけじゃあ済まないんだけどね。
 シャワーを浴び終えて出ればご丁寧に着替えが置いてあり、有り難くそれに着替えた。サイズはぴったり、というのも毎回手ぶらで彼女の許へ押しかけるものだからいつ頃からか俺用の衣類を念で収納して常時持ち歩いているのである。何だかんだ言っていてもこういう律儀な所があるから彼女は色んな人に好かれるのだろう。
 乱雑に頭を拭いたタオルを首にかけるとふわりとナマエの匂いが広がった。ボディソープもシャンプーもナマエの物だから、彼女と同じ匂いがするのは当然だ。だからか、些か気分が良い。
 腹が鳴りそうだな、なんて考えながら脱衣所の扉を開ければすぐ目の前にテーブルに夕食を広げてテレビを眺めているナマエが視界に入る。

「……俺の分は?」
「用意してないって言ったでしょ。」
「えー!」
「着替え用意してあげただけ感謝してよー」
「……」
「あっ、ちょっと!」

 律儀な性格だと褒めたのを撤回してやりたくなるくらい見事に一人分の夕食だけが広げられたテーブルから飲みかけのビールを奪い取ってぐびぐびと飲んでやる。すぐさまナマエの手が俺のビールを持つ腕を揺さぶるがその程度の揺れでは俺の喉越しは止められない。
 ぷはぁ、と勢いよく缶を離し中身が空なことを明かすようにそのまま握り潰せばナマエの恨めしそうな視線がビールから俺へと移った。

「シャルひどい!」
「どっちが!」

 どうせ念で収納している中には新鮮な食材や、それこそ出来たての料理が山程入っているのだからそれを出せ。そもそも恨めしく思う程ビール残ってなかったからな。

「ビール……」
「ナマエー、何かおつまみ出してー」
「人をドラえもんみたいに……もー、探し出すの面倒くさいんだよ」

 比較的分かりやすい場所に入れておいたのだろう二本目のビールが差し出される。キンキンに冷えたそれのプルタブを引き起こし、ナマエの隣に腰を下ろす。その間もナマエは二つ折りされた紙の束からあれでもないもこれでもないと目的の物を探している。俺はビールを飲みながらその様子を眺めていた。

「ちゃんと整理しなよ」
「そうなんだけど中々時間がなくて……」

 時間がないというより面倒なだけだろう、とは思ったが言葉にはしないでおく。

「あ、あった!」

 束から目的の紙を引き抜いてテーブルの上で広げれば中からは如何にも惣菜コーナー出身ですと言わんばかりのプラスチック製容器入りの春巻きが出てきた。ご丁寧に割引シールまで貼られている。少し冷めているがまだ温かい。彼女の手から紙が消えたのを眺めて、いつ見ても便利な能力だと感心する。

「野菜もあるよ」
「サラダ?」
「ううん。野菜」
「せめて調理済みのにしてくれ」
「あはははー」

 しかしまぁ。グルメハンターのくせに家で飲むのは安い缶ビールだし、つまみはスーパーの割引シールが貼られた刺し身や惣菜類が主だ。それでも一つ星かと疑いたくなるが、そんないい加減なところに惹かれたのも事実だ。
 備え付けのテレビではヨークシンシティて数ヶ月後に行われるオークションの特集が流れている。名前も知らない男女が今年の目玉商品の予想をし合っては司会者が茶々を入れる度に笑い声のSEが鳴り響く。面白味のない番組だった。
 ナマエも同じ感想を持ったのだろう、リモコンを持ち上げ早々にチャンネルを変えていく。
 ふとナマエが手を止めたのは世界ニュースの番組だった。とある都市にて殺人事件があったと。殺されたのは地元でも有名なチンピラで、生存者の情報によると犯人は上半身裸の大柄な男で背中には蜘蛛のような入れ墨が入っていたことからA級賞金首の盗賊グループ幻影旅団の一員である可能性が高いと。被害の遭った都市の人はなるべく外出を避けるようにと注意喚起している。
 十中八九ウヴオーギンだろうなぁと俺は目を細めた。テレビでは一方的に殴り殺されたのだろうと言っているがあいつは短気に見えて意外と理性的だ。大方チンピラに喧嘩を売られて、それを買ったのだろう。

「幻影旅団……」

 不意にナマエが呟く。その声色に恐怖はない。

「ナマエは幻影旅団って知ってた?」
「……うん。一応A級賞金首ってことは知ってるけど、それがどうしたの?」
「俺さ、そのメンバーなんだよね」

 何でこのタイミングで喋ったのはかは正直自分でもよく分かっていない。彼女に己の全てを知って受け入れて欲しいだなんて殊勝な考えは持ち合わせていないし寧ろナマエであっても深層にまでは踏み込んできて欲しくない。その点においてナマエは大雑把でガサツそうに見えて相手のことをよく見ており、センシティブな部分には絶対に踏込もうとしない。
 そこが彼女に惹かれる理由の一つでもあって、あぁ。だから言ってしまったのか。

 俺の言葉にナマエは驚くこともなく、犯罪者として捕まえようとする訳でもなく、怖がる様子もない。ただ一言、ふーん、とさも興味なさげに呟いて飲みかけの缶ビールに口を付けるだけだった。

「驚かないんだ」
「うんまぁ……私ブラックリストハンターじゃないし」
「それにしてももう少しリアクションあっても良いと思うけど」

 仮にもA級賞金首なんだし。まぁ俺もナマエと同じ状況になったとしても全く同じ反応をするだろうから言及はしないが。

「っていうか知ってたし」
「……いつから?」
「内緒」
「何だよそれ」

 俺がわざとらしく唇を尖らせてみせれば、ナマエは口元に手を添えて悪戯っぽく笑って。

「私が好きなのは“シャルナーク・リュウセイ”であって幻影旅団のメンバーじゃあないもの」

 そう言って赤身魚の刺し身を差し出した。普段から高級レストランに行くような人間じゃないし、寧ろ生まれも育ちもお粗末な人間かだら割引シールが貼られた刺し身でも十分に美味い。

「ん、それもそうか」

 訂正、名前は“不思議”じゃなくて“変”な女だ。
 その変な女に惚れてる俺も相当な変わり者だけど。


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