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※ゴーティエ家督騒乱ネタバレ有り、シルヴァンが可哀想な話




 兄上には婚約者がいた。マクイルの紋章を持つ、優しい女性だ。俺を本当の弟のように可愛がってくれて、とても綺麗に笑う人だった。
 兄上に紋章は無かったが彼女との子供に紋章持ちが生まれればそれで良いと父上は考えていたようだったが兄上はそれすら気に食わなかったようだ。紋章を待って生まれてしまった弟を憎み、何度も殺そうとした。ある時は雪山に一人取り残され、ある時は井戸に落とされたりもした。ファーガスの冬は本当に寒い。雪山は特に。彼女が見つけてくれなければ兄上の目論見通り凍死していたかもしれない。因みに士官学校に来てから知ったのだが井戸の底はあの世と繋がっているのだと。それを聞いて妙に納得しちまった。閑話休題。
 俺が兄上に殺されかける度に彼女はどうしてか俺を見つけてくれるのだ。そうして俺を助ける度に兄上の不興を買って殴られ罵られるが彼女は悲しむでも抵抗するのでもなくただ笑ってそれを受け入れるのだ。その時に見せる慈しむような瞳は一生忘れられないだろう。その瞳が俺には恐かった。
 紋章を持っているというだけで己の婚約者にすら劣等感を抱き挙げ句手を上げるなんて子供でもしない最低な行為だ。彼女はそのことを誰にも言わなかったがメイドの誰かが偶然見てしまったのだろう。

 ついに父上は兄上を廃嫡した。婚約者だったナマエは正式に嫡子となった俺の婚約者に。
 それがたった三年前の話だ。彼女は父親の言いつけで俺と同じガルグ=マク士官学校に入学した。きっとこの学校でもっと良い家の男と出会えという彼女の父親なりの優しさだ。娘に暴力を奮っていた男の弟と婚約させるのには抵抗があるのだろう。
 この事実を知っているのは幼馴染同然のディミトリ殿下とフェリクスとイングリットくらいで、他の生徒には俺の婚約者という部分だけが伝わっている為俺が女の子に手を出すとその苦情は全ての婚約者であるナマエへと届く。

「シルヴァン。貴方また女の子に迷惑をかけたそうね」
「なんのことだ?」
「黒い髪をポニーテールにした女の子」
「あー……あの子か」
「……」
「待て待て! 誤解してるぞナマエ! あの子はほんの少し話し相手が欲しくてお茶に誘っただけなんだって!」
「本当にそうかしら?」
「本当だって。俺にはナマエだけだよ」
「そう? なら信じるわ」

 相変わらず彼女は優しく、綺麗に笑う。婚約者となってから弟扱いは減ったけれど無くなったわけではなけく、こうして俺が女性関係のトラブルを起こすと決まって弟扱いだ。婚約者となっても弟扱いされるのは嫌だが、たまにほっとする自分がいるのも確かだ。

「誰彼構わず声を掛けるのは構わないけれど、あんまり節操が無いなら愛想つかしちゃうわよ」
「それは遠わましに嫉妬しているって捉えても?」
「さぁ。どうでしょうね」

 こんなやり取りももう何十回目だ。何回やってもナマエは一度たりとも嫉妬なんぞしなかった。きっと、これからもそうだろう。婚約者故に最後は自分の許へ戻って来ると理解した上での余裕か、はたまた俺自身が妬み嫉みの類が好きではないから彼女なりの配慮かもしれない。そのどちらかであるのだと自己暗示を繰り返して、今日も俺はナマエの隣で飯を食う。



 翆雨の節。それは唐突に、しかも最悪な形で訪れた。
 青獅子の学級に与えられた今節の課題はコナン塔を根城にする賊の討伐だった。しかも廃嫡されたゴーティエ家から破裂の槍を盗み出した男が頭をやっている盗賊団だ。つまりは俺の兄上だった。
 コナン塔内部は螺旋状に展開しており、俺の倍はある段差の先へ実際に行くには迂回を余儀なくされるが俺たちが討つべく賊の頭はこの位置からでも伺い知れた。

「あぁっ……やっと。やっと会えた」

 ああ、またあの“瞳”だ。この、理不尽も苦悩も歓びも哀しみも全てを受け入れ慈しむようなナマエの瞳が昔から苦手だ。この瞳に映るのは決まって兄上だけだった。
 皆先生の指示通り動いた。ナマエはこの日の為にと態々実家まで取りに帰った、家宝でもあり英雄の遺産である剣を振るい、いつも以上に紋章の力を発動させている。そんな彼女に追いつくために俺は必死に槍を振るった。

 あれよあれよと下っ端を倒していったナマエは終に兄上の許まで辿り着いてしまった。先生からの待機の指示すら無視し兄上と対峙する。

「三年振りになるのかしら。元気そうで良かったわ」
「ああ。誰かと思えばお前か」
「シルヴァンもいるわ」
「チッ……」
「もうすぐみんなここに来る」
「てめぇは士官学校で男探しか」
「あら。貴方が廃嫡されてから私シルヴァンと婚約したのよ」
「……うるせぇクソビッチ。さっさと死ね」
「うふふ。そうね。私達にはもう言葉は必要ないわね」

 俺が追いついた時には既に二人はお互いしか見えていないようで俺が声を掛けても聞こえていないようだった。

「さぁ、殺し愛ましょう」

 それからはあっという間の出来事だった。

 先生たちが辿り着いた頃には紋章を発動させたナマエの一撃が兄上を貫いていた。しかし急所は外していたようで、脇腹から血を流し焦燥しきった兄上は家から盗み出した破裂の槍を強く握り込んで、そして。
 兄上は魔獣と成り果てた。紋章を持たない者が英雄の遺産を使うことの代償、にしてはでかすぎる。これは報いだ。紋章を持たざる者が驕った結末だ。
 ナマエは相変わらずあの“瞳”を魔獣に向けていて。こんな姿に成り果てても尚兄上であると認識するナマエを見ていると吐き気が込み上げてくる。憎らしくてたまらない。
 先生の指示に従い障壁を一つひとつ壊していく。先程までの独りよがりな戦闘ではなくきちんと先生の指示に従うナマエに声を掛けようとしたが何と言えばいいのか分からなくて結局何も言えずに槍を握り直すしか出来ず。そんな俺を先生が心配そうに声をかけてくれたのだが、俺はいつも通りの調子を装ってへらへら笑って見せるしかないのだ。

 全ての障壁を破り最期の一撃を先生が、というタイミングで先生より速くナマエが前に出ていて。咄嗟に伸ばした手は彼女を掴めず。

「ナマエ!!」

 制止を気に留めず紋章を発動させたナマエの剣が魔獣に突き刺さるのと、魔獣の鋭い爪がナマエの身体を突き破ったのはほぼ同時であった。俺以外の青獅子の誰もがその光景に目を疑った。悔しいけれど俺はこの時“やっぱりな”とどこか確信めいた諦念のようなものが在るだけだった。
 それでも俺は、魔獣が消え中から出てきた兄上の亡骸がナマエを抱き留めていたなんて、信じたくなかった。何でそんなに笑ってるんだよ。



 あれから一節が過ぎ、俺らはナマエが殉じたことを忘れることなく過ごしている。
 俺の我が侭でナマエの遺体は実家の領地ではなく兄上と共に自領の僻地へと埋葬した。端ならきっと兄上も許してくれる。
 後にも先にも参ったのは埋葬したあの時のみで二人の墓へ赴くことは二度としてないだろう。
 あの時、今際の際にナマエが呟いた言葉を俺は一生忘れられそうに無い。朦朧として定まらない視線で愛おしそうに魔獣を見詰め、兄上の名前と愛を呟いた彼女の声が脳内に木霊する。
 ああ、ひどい話だ。俺は兄と初恋を同時に喪ったのだ。


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