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 どくん、どくん。規則正しく動いているその音を聞くたびに私の眼からは涙が溢れて止まらなくなる。

「……名前、また泣いてるんだね」
「優希……う、うぁ……」
「大丈夫だよ。僕はちゃんと生きてる」

 彼に心配かけたくないのに、彼の負担になりたくないのに、結果的に私は彼を困らせてしまっている。いつもこうだ。彼と同じベッドで寝るようになって、彼の筋肉のついた胸に頬を寄せて寝ていると優しい音が私を起こすのだ。私がその音がちゃんと聴こえることに、早くもなく遅くもなく一定のリズムで脈打っている事実にひどく安堵してしまい気が付くと涙が出てきてしまっているのだ。
 声を殺して涙を流す私を彼は毎回見つけてくれて、優しく抱きしめてくれる。その優しさが、ぬくもりが、そこに六本木優希が確かに存在していることを教えてくれた。嗚呼、貴方の存在に涙を流すことしか出来ない情けない女でごめんなさい。それでも私は貴方がここにいてくれることがたまらなく嬉しい。

「落ち着いた?」
「起こしちゃってごめんね」
「ううん。だって名前が僕のことを好きでいてくれているってことだからね」

 少し骨ばった彼の指が目尻に残った水分を拭う。涙で真っ赤であろう私の目を気遣っているその動作は何よりも優しく繊細で、この瞬間だけはどこぞのお姫様にでもなったように錯覚してしまいそうになる。。
 カーテンの隙間から覗く空は少しずつ白んできているではないか。嗚呼、また彼の睡眠時間を削ってしまった。謝ったところで彼は気にしないと当たり前のように言う。



 私達が出会ったのは病棟の中庭だった。同い年ということもありすぐに打ち解けることが出来たのを今でも覚えている。中庭で出会った彼はずっと前から入院しているのだと言っていた。私は外傷による一時的な入院だった為すぐに退院出来たが彼は中々退院できないらしく私は毎日お見舞いに行っていた。
 その日々の中でもう一人、私以外に彼を見舞う人がいたのを覚えている。その人は私にも良くしてくれて、彼に退院したら一緒に野球をしようと言ってくれた。
 優希が退院した時にはその人は既にこの高校を卒業してプロになっていたけれど。だからこそ優希は彼との約束を果たすべくプロ入りを目指し、並々ならぬ努力の末に名門と名高いあかつき大附属高校でレギュラーになれたのだ。
 そこには私なんかが到底理解し得ない覚悟があり、私はそれを否定したくなかった。出来得る限り彼の支えとなりたいと毎日を必死に生きている。

「わーっ! 六本木先輩大丈夫ですか!?」

 後輩の声にグラウンドで練習していた全員の視線が彼に集まる。私は状況など禄に確認せず持っていたタオルを投げ出して走っていた。

「あ、ああ。ちょっと立ちくらみしただけだよ」

 胸を抑えて蹲る立ちくらみがあるものか。後輩を心配させまいと震える足で立ち上がった彼に寄り添い、肩で息をする彼を支える。顔色も悪いし冷や汗もひどい。
 ゆっくりとベンチに座らせてドリンク渡して綺麗なタオルで冷や汗を拭ってやる。

「名前、監督は……」
「今は澄香と買い出しに行ってるからいないよ」
「そっか……」

 良かった、と彼は目を細める。次に発作が起こればレギュラーから外れる。彼と監督の間で交わされた野球を続ける条件であり絶対のルール。
 あんなに長い間入院していたのに、結局優希の心臓は完治しなかった。あの人と一緒に野球をやるという夢を追いかけて、追いかけて、ようやく入ったあかつき大附属高校の野球部。不安定な臓器を抱えての野球は見ていられなかった。
 本来ならば私はこのことを監督に伝えなければならない立場にあるのだけれど、きっと言えない。彼から生きがいを奪うことなど出来ない。

「優希今日はもう……」
「少し休んだら練習に戻るよ」

 私の言葉を遮るように優希が言う。彼を止める権利など私にはない。それから暫くして顔色が大分戻った彼は練習に戻っていってしまった。威勢の良い声たちに優希のそれが加わる。
 六本木、大丈夫か。もう平気だよ。嘘ばっかりの返事を聞きながら私は先程地面に落としてしまったタオルを拾い集めた。

 嗚呼、彼はあと何年、何日、何時間、何回、野球が出来るのだろうか。神様は酷いことをなさる。こんなにも野球が好きな男の子から平気な顔で生きがいを奪っていくのだから、神様って碌な人ではないのでしょうね。


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