新曲発表の生放送を終えたチームヘラクレスとファミレスで打ち上げをするにあたり、五人には先に行って好きなものを注文しておくように言い、俺は一旦事務所に戻った。 「プロデューサーさん、お疲れ様です。ライブ大成功おめでとうございます」 「ありがとうございます! ところで荷物は」 「はいこちらに。名前ちゃんも律儀ですよね」 まぁそこが可愛らしいんですけど。柔らかい笑みを浮かべた千川さんから荷物を受け取る。瞬間、香るのは上品な薔薇の香り。 お礼を言って、流石にそのまま持っていくのは難しいだろうから花が散らないように紙袋へ慎重に仕舞う。ライブ会場から直接ファミレスに向かわなったのはこの荷物を受け取るためであった。 送り主は名字名前。この事務所に所属している売れっ子アイドルの一人だ。元子役で、クールなアイドルを装っているが、本当は活動休止中に偶然見た音楽番組に出ていたアイドルに憧れ自身もアイドルになったという可愛らしい女の子だ。 同事務所の相葉夕美とは同級生だったらしくアイドルになる前からの仲で、今回の楽曲争奪企画を一番に応援し優勝を誰よりも祝福していた。彼女は今回楽曲を提供して下さった大物アーティストのファンでもあるらしく、それも相まってだろう。 だからこそお披露目ライブがユニットのツアーライブの初日と被ってしまっていることを知った時の名前の表情は忘れもしない。この世の終わりのような、でもツアー初日が楽しみでしょうがないといった複雑な表情。それでもお披露目ライブの生放送は絶対に見るからと言い残しツアー会場まで旅だった。 そんな彼女の想いを届けるために急いでファミレスへ。 店員さんに一名様ですかと聞かれたので、連れが先に来ている旨を伝えれば美波か奈々が伝えていたのかすぐに分ってくれたようで、彼女らのいる席へ案内してくれた。 「遅くなってごめんね」 「あーっ、Pくんおそーい!」 莉嘉のお咎めにごめんごめんと謝って、夕美の横に腰を下ろす。すると李衣菜に何か食べたい物はあるかと尋ねられたのでとりあえず何か飲みたいと言えば、お疲れでしょうからと奈々がドリンクバーからアイスコーヒーを持ってきてくれた。みんなも疲れているというのにわざわざ持ってきてもらって申し訳なく思ってしまう。 有り難くアイスコーヒーを喉に通したところで話題は今日のお披露目ライブへと移り、ライブの大成功と共に番組の感想を言い合う五人。 「そういえばさっき名前から電話が来てね、ライブ大成功おめでとうって」 「ほんとに! 嬉しいなぁ……!」 「名前ちゃん、一番楽しみにしてたもんね」 嬉しそうな夕美の報告に李衣菜も美波も顔を綻ばせる。名前が自分のレッスンの合間に彼女らを激励に来ていたのは記憶に新しい。 「ツアー初日を控えて大変なのに見てくれてたんですねぇ」 「そういえば名前ちゃんたちこの後か! ライブ!」 「確か……六時からだっけ」 「うん。行きたかったなぁ……」 李衣菜の言葉にあからさまに肩を落とす夕美と、それに同意する他のメンバー。気の毒だが今後は無重力シャトルのミュージックビデオ撮影に音楽番組出演等のプロモーション活動などが詰まっていてとてもじゃないがライブへ行っている余裕などない。彼女らも分っているのでそれ以上は言わず一様に手持ち無沙汰に飲みかけのジュースに口を付ける。 ライブ大成功の打ち上げだというのにしんみりとしてしまいこれでは彼女らだけではなく名前にも悪いと感じ、この空気を払拭する逸品を取り出すことにした。 「はい注目!」 「?」 「なんとその名前からみんなにプレゼントが届いてます!」 「!」 「うっそー! マジ!?」 じゃーん、と我ながらいい年こいて何やってるんだと突っ込みたくなるほどにポップな擬音を口にして。事務所にあったであろう色気のない紙袋を掲げて見せる。重要なのは中身だ。 紙袋から丁寧にそれを取り出し花束に添えられたメッセージカードの宛名を頼りに一番大きい花束は夕美へ、他の四人には一輪ブーケを一人ずつ。 「わぁ! すっごいキレイ!」 「ピンクの薔薇だなんてハイカラですねぇ」 「一輪だけってのも中々お洒落でいいもんだ」 「これを取りに戻っていたから遅かったんですね」 「まあね」 莉嘉、奈々、李衣菜、美波とそれぞれ名前からの想いを受け取る中、隣に座る夕美に視線を送れば嬉々として添えられたカードを開いている。二つに折られたそれにはメッセージ書いてあるらしく内容を読む夕美の横顔は見る見る慈愛に満ちてゆく。 「っ、名前……!」 彼女からのメッセージに何を思い、何を感じたのか、俺には分らない。けれども夕美は花束をめいっぱい抱きしめる。それが答えだ。 普段の彼女なら花のことを気にして丁寧に扱うのに、他より本数の多いそれをめいっぱい抱えていた。その表情は一面のピンクで隠れて見えない。 流石はアイドルと言うべきか、友愛の成せる業なのか、確かに画になる光景であった。 「……」 「……あ」 「?」 「……え、えっと……う、うん、抱きしめたらお花散っちゃうよね。あは、あはは……」 「夕美ちゃん落ち着いて!」 声をかけるべきか迷っていると、彼女の方から視線に気づいたようで。慌てて花束を持ち直し皺になった包装を手で伸ばし始める夕美。 「あ、そ、そうだ。プロデューサーさん、ピンクの薔薇の花言葉って知ってます?」 誤魔化すように笑って見せるがその頬は若干赤く、羞恥が勝っていることが伺える。この話題転換も苦し紛れ、ではないと信じたい。 「花言葉……えーと……ごめん、分からないな」 もしかしたら過去に夕美から聞いているのかもしれない。彼女のプロデューサーとして普段から花に関心を持つようにはしているのだが、事細かに覚えていられる程記憶力が良い訳でもなければ器用でもない。 彼女は怒るでもなく呆れるでもなく、眉尻を下げて小さく笑みを浮かべた。俺だけではなく、他の四人も彼女の言葉に注目する。 「ピンクの薔薇の花言葉は“しとやか”、“上品”……それに“感銘”」 夕美の言葉に再び薔薇の花を見つめる四人。きっとこの後の名前たちのツアー初日は大成功するという確信が持てた。 「お待たせいたしました。ゆずシャーベットのお客さま〜?」 「はーいっ」 俺が来る前に注文していた品が運ばれてきたので邪魔にならないよう花を膝の上に乗せ自分の分のスイーツを受け取る。ゆずシャーベットって確か名前が好きなやつだ。偶然か、それとも。 ゆずシャーベットとバニラアイスがテーブルに置かれ瞳を爛々と輝かせる乙女たちに思わず笑みがこぼれる。花より団子、なんて表現したら名前が怒っちゃうだろうな、とか考えながら俺は半分になったアイスコーヒーのコップを握る。 「みんな、新曲おめでとう」 「いただきまーす!」 この場にいない名前の分まで彼女らを祝福する。それが俺が出来得る最大の誠意だ。 彼女たちを送り届け事務所に戻った俺に、渡し忘れだと千川さんから俺宛ての薔薇を一輪手渡されるまであと数時間。 戻る |