Crying - 504

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「昨日、鬼児を倒して市役所で貰ったお金で用意したんだよー。服もこの国のに着替えたんだ」と、ファイが脚立に乗ってカーテンを取り付けている黒鋼に視線を向ける。「でも黒るんのそれ、どう着るのかさっぱり分かんなかったよー。黒たんさっさと着ちゃってすごいー」
「こりゃ袴だろう」
「黒鋼さんの国はそういった服装なんですか?」
「まぁ、近い感じではあるな」

「名前さんの国もそうなんですか?」
「一緒に住んでいた人は近い格好でしたけど、滅多に見かけませんでしたね」
「同じ名前の国でも違うんですね」
「格好だけなら、巧断の国の方が近い気がします」

「で、お前のそりゃなんだ」と黒鋼はカーテンをつけながらファイに頭を回らせた。
「オレの仕事言ったらこういう服がいいって教えてくれたんだよー。服屋さんが」
 小狼と名前はそれぞれテーブルを移動させ、上に乗った椅子を下ろしてテーブルクロスを敷いていた。

「あのね、オレここでカフェやろうと思ってー。お客さんから色んな情報聞けるって市役所の子も言ってたしー」
「モコナもそれするのー!」
「ってことで、サクラちゃんも一緒にカフェやろうよー」
「はい、頑張ります!」
 立ち上がりお辞儀した桜に、
「じゃ、さっそく着替えよっかー」とファイが袋片手に別室に案内していた。

「やっぱりカフェには女給(ウエイトレス)さんだもんねー」
「ねー」
 ファイがモコナと戯れていると、別室の扉が開き、桜がおずおずと顔を出していた。
「これでいいんでしょうか」
 フリルのついたカチューシャに和服の着物、端々にフリルのついたエプロンを着こなした桜が小狼に歩み寄る。
「変じゃ……ない、かな?」
 上目使いに尋ねられた小狼は、頬をほんのり赤く染め、首を横に振っていた。

「小狼君も一緒に?」
「いえ、おれは黒鋼さんと別の仕事を」
「怪我とかしないように気をつけてね」
 心配げな桜に一瞬、止まったものの小狼は優しく微笑んでいた。
「はい」
 今は彼しかわからない思い出が脳裏を過ったのかもしれない。
 名前はぼんやりと二人を見守っていた。


「めきょ」
 奇声が響き、腰にエプロンを巻いたモコナの口から洋菓子の乗ったお皿が飛び出す。テーブルクロスの敷かれた円テーブルに着地し、
「なになにー?」と興味を引かれたファイを筆頭にみんながテーブルを囲う。
 皿の上には人数分、円錐台のブラウン色のパンケーキが乗っていた。

「侑子から」とモコナがパンケーキの側に着地する。
「ひょっとして差し入れー?」と、浮かれたファイを疑心暗鬼の黒鋼が一蹴した。
「あの魔女がただで差し入れなんかするか」
「でもおいしそー」

「これ、フォンダンショコラだ!」とモコナが手を打つ。「中にチョコが入っててね、あっためて食べるの!」
「へー、ちょうどいいからみんなで食べようよー。お茶も入ったしー」
 人数分のカップを乗せたトレーをいつの間にか手にしていたファイが口にする。
 湯気が立ち上るカップを受け取る小狼に、名前は足りない分の椅子を持ってきていた。ぎこちない様子で皿を運んでいた桜に、黒鋼が露骨に顔を背ける。

「俺ぁ、いらねぇぞ」
 皿を並べる桜の横で、一本のフォークがフォンダンショコラを突き刺す。
 腕を組み輪から外れた黒鋼の口の中に、ファイがそれをつっこんでいた。
「何しやがる!」
 吠えた黒鋼にモコナが飛び上がる。
「黒鋼食べちゃったー。侑子に言おうーっと!」

 翻弄される黒鋼を余所に、全員分取り分けて席についていたファイは、
「おいしーねー」とごきげんに味わっていた。
「不憫だ」
 狼狽えている桜と小狼の前で、名前はフォークを玩んでいた。



「てっめー!」
 鬼児狩りの二人が外出していた満月の夜。
 修羅のごとく帰宅した黒鋼を、にゃんにゃんと口ずさみながらペンキ片手に紙に落書きしていたファイが、
「おかえりー」と、至極愉快そうに迎えた。

 名前が窓拭きを止め、ファイのもとへ戻る。
「よくも……妙な名前つけてくれやがったな!」
 黒鋼の恫喝にもファイは飄々としていた。

「市役所の子が偽名でもいいって言うからさー。でも、この国の字分かんなくてー、これ描いてー、名前は“おっきいワンコ”と“ちっこいわんこ”にしてもらいましたー」
 掲げられた紙には毛並みのトゲトゲとした大きな黒い犬と、ぽけっとした子犬が描かれていた。
 黒鋼にそっくりな無愛想な黒い犬がおっきいワンコであり、小狼の人の良さを表した子犬がちっこいわんこだった。

「で、オレはコレでー、名前ちゃんとサクラちゃんはコレー。“おっきいニャンコ”と“ニャンコ”と“ちっこいにゃんこ”でーす」
 器用に手早く描いたファイが桜の後ろに回り、横にぴらんと広げる。
 紙には黒く背の高い猫――おっきいニャンコと、中間サイズの黒い猫――ニャンコと、小さく愛らしい白猫――ちっこいにゃんこが並んでいた。

「だから喫茶店の看板もニャンコにしたんだー」
 黒猫の顔が描かれた看板を狼狽える桜と小狼に見せるファイに、密かに黒鋼が刀を抜いていた。

「そのワケ分かんねぇ事しか考えねぇ頭ん中カチ割って綺麗に洗ってやる!」
「きゃー、おっきいワンコが怒ったー」
 抜刀した黒鋼が斬りかかりながらファイとモコナを追いかける。
 飽きないなぁと、名前は店内を走り回る二人を眺めていた。

「わー、可愛いお店ー」
 来客らしい制服姿のショートヘアの少女と、軍服のような服にマントを羽織った難いのいい男、狐のように耳の尖ったスマートな犬が屋内を見渡し入ってくる。
「ここがお家だなんて素敵ですね! “ちっこいわんこ”さん」
 制服少女の笑顔に、
「え、いや、あの」と小狼は何とも言えない様子だった。
 あんな奇妙な名前をあっさり認証した受付と言い、この国の人間は割かし順応性が高すぎるのではなかろうか。
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