Crying - 416
「幽霊とか視えるのは黒くて青いお耳飾りのモコナなの。きゃっ」
白くて赤いお耳飾りのモコナが照れながら口にする。
「なんかいたな。黒いまんじゅうみたいなのが」
思い返すように視線を左上に向けた黒鋼に名前が食いついた。
「モコナのそっくりさんがいるのですか?」
「いただろ、黒いのが――そう言や、あの女んとこじゃ寝てやがったな」
「そんなことをファイも言ってましたね」
ふと巧断の国で目覚めた時のことを思い出した。
あの時、確かに何か言われた気がしたのだ。
「しかし役に立たねぇな、白まんじゅうは」
腕を組んだ黒鋼が意地悪く口にする。
「モコナ頑張ったもん! 大活躍だったもん!」
ふくれっ面のモコナが長い耳で黒鋼の肩を叩いていた。
小狼はいつからグロサムが犯人でないことを気付いていたのだろう。
慈愛に満ちた表情で町人を見守るグロサムを、小狼は温かな眼差しで見つめていた。
にしても元気だと名前が室内に視線を戻す。
変装に使用した靴のついた棒を持ち出したモコナが黒鋼の後頭部を狙っていた。
ばふっと膜を張ったような音ともに数枚の羽毛が舞う。
乱暴につかんで盾に使ったクッションを反撃しようと黒鋼が振り回す度に、モコナがそれに棒を降り下ろす度に、中から羽根が飛び出していた。
「……――落ち着いてなんていられるか!」
自警団の男のやたら大きな声が窓を打つ。
止めようとしているらしい町長を振り切って、グロサムの前に立つ男の姿が窓越しに見て取れた。
「なんで言ってくれなかったんですか! カイル先生が掛け合う前から、土地代は豊作になるまで待つって町長に伝えてあったって!」
目尻に溜まった涙は後悔の証だろうか。
「――だけじゃない」と町長の嗄れた声に名前はにわかに窓を開いた。「あの宿は元々グロサムさんのものだ。それを病院にするならと無償で貸して下さっていた。ずっとずっと、グロサムさんはこの町に住む者達のことを一番に考えていて下さったんだ」
涙を堪えるように歯を食い縛る男に、名前は窓を閉め背を向けた。
「子供達がいなくなってからずっと夜も寝ずに探しててくれたって……、どうして言ってくれなかったんですか!」
「言いふらすことでもないだろう。それに結局、私だけでは子供達を探し出すことはできなかった」
ファイも混じり、とばっちりで羽根が飛んできた小狼が手で庇う。
たまにはこう言うのもいいかもしれない。
楽しげにあどけなく笑う小狼に名前は微笑した。
ハイテンションに忙しなく動き回っていた内の一人、モコナがベッドの端に着地する。
「サクラが起きたー!」
「大丈夫ですか!?」と小狼が慌てて駆け寄っていた。
「ずっと、誰かが視てる……って、どういうこと……?」
「姫?」と小狼が夢心地に言葉を紡いだ桜を覗き込む。
「もう一度、エメロード姫に会わなきゃ――!」
すぐさまベッドから出ようとする桜に、小狼が事情を尋ねていた。
出ていく前にと小狼が歴史書や草紙の礼と共に真実を書き残す。
――三百年前、エメロード姫は子供達をさらったのではなく、子供だけがかかる病が流行し、それから守るために城を解放したらしい。いなくなった時と同じ姿では誰一人帰って来なかったと言うのは、皆、元気になって親元に帰ったということだった。
桜が金の髪の姫から聞いた真実。それを書き記したメモは、
――どうか、正しいエメロード姫の伝説を語り継いで欲しい。
そう締め括られていた。
町人は、自らが信じて来た真実とは違う真実を受け入れるのだろうか。
今まで疑ってきた人間を手のひらを返したように敬うのだろうか。
「だめ。エメロード姫、どこにもいない……」
桜が周囲を浮かない顔で見渡す。
「前に侑子言ってた」と名前の腕の中からモコナが顔を出した。「心配なことがなくなったら、霊はどこかへ行くんだって」
「成仏するってことか」
納得した黒鋼に、ファイが悼むように脱いだ帽子を胸に当てる。
「よっぽど子供達のことが心配だったんだねぇ、金の髪のお姫様」
追悼していたファイがゆっくりと瞳を開いた。
「けど、エメロード姫がサクラちゃんに教えてくれた“誰かがずっと視ている”っていうのはどういう意味なんだろー」
「もうひとつ分からなかったことがあるんです。カイル先生はどうしてあの城の地下に羽根があると知ったんでしょう」
「本にあったとかじゃねぇのか」
黒鋼の安易な考えを小狼が打ち消す。
「グロサムさんに聞きました。エメロード姫の亡くなった後、羽根がどこかにあるか書かれた本はないそうです。それにそんな伝承もないと」
「この旅にちょっかいかけてるのがいるってことかー」
ファイの不敵な笑みに小狼の表情が険しくなった。
白くて赤いお耳飾りのモコナが照れながら口にする。
「なんかいたな。黒いまんじゅうみたいなのが」
思い返すように視線を左上に向けた黒鋼に名前が食いついた。
「モコナのそっくりさんがいるのですか?」
「いただろ、黒いのが――そう言や、あの女んとこじゃ寝てやがったな」
「そんなことをファイも言ってましたね」
ふと巧断の国で目覚めた時のことを思い出した。
あの時、確かに何か言われた気がしたのだ。
「しかし役に立たねぇな、白まんじゅうは」
腕を組んだ黒鋼が意地悪く口にする。
「モコナ頑張ったもん! 大活躍だったもん!」
ふくれっ面のモコナが長い耳で黒鋼の肩を叩いていた。
小狼はいつからグロサムが犯人でないことを気付いていたのだろう。
慈愛に満ちた表情で町人を見守るグロサムを、小狼は温かな眼差しで見つめていた。
にしても元気だと名前が室内に視線を戻す。
変装に使用した靴のついた棒を持ち出したモコナが黒鋼の後頭部を狙っていた。
ばふっと膜を張ったような音ともに数枚の羽毛が舞う。
乱暴につかんで盾に使ったクッションを反撃しようと黒鋼が振り回す度に、モコナがそれに棒を降り下ろす度に、中から羽根が飛び出していた。
「……――落ち着いてなんていられるか!」
自警団の男のやたら大きな声が窓を打つ。
止めようとしているらしい町長を振り切って、グロサムの前に立つ男の姿が窓越しに見て取れた。
「なんで言ってくれなかったんですか! カイル先生が掛け合う前から、土地代は豊作になるまで待つって町長に伝えてあったって!」
目尻に溜まった涙は後悔の証だろうか。
「――だけじゃない」と町長の嗄れた声に名前はにわかに窓を開いた。「あの宿は元々グロサムさんのものだ。それを病院にするならと無償で貸して下さっていた。ずっとずっと、グロサムさんはこの町に住む者達のことを一番に考えていて下さったんだ」
涙を堪えるように歯を食い縛る男に、名前は窓を閉め背を向けた。
「子供達がいなくなってからずっと夜も寝ずに探しててくれたって……、どうして言ってくれなかったんですか!」
「言いふらすことでもないだろう。それに結局、私だけでは子供達を探し出すことはできなかった」
ファイも混じり、とばっちりで羽根が飛んできた小狼が手で庇う。
たまにはこう言うのもいいかもしれない。
楽しげにあどけなく笑う小狼に名前は微笑した。
ハイテンションに忙しなく動き回っていた内の一人、モコナがベッドの端に着地する。
「サクラが起きたー!」
「大丈夫ですか!?」と小狼が慌てて駆け寄っていた。
「ずっと、誰かが視てる……って、どういうこと……?」
「姫?」と小狼が夢心地に言葉を紡いだ桜を覗き込む。
「もう一度、エメロード姫に会わなきゃ――!」
すぐさまベッドから出ようとする桜に、小狼が事情を尋ねていた。
出ていく前にと小狼が歴史書や草紙の礼と共に真実を書き残す。
――三百年前、エメロード姫は子供達をさらったのではなく、子供だけがかかる病が流行し、それから守るために城を解放したらしい。いなくなった時と同じ姿では誰一人帰って来なかったと言うのは、皆、元気になって親元に帰ったということだった。
桜が金の髪の姫から聞いた真実。それを書き記したメモは、
――どうか、正しいエメロード姫の伝説を語り継いで欲しい。
そう締め括られていた。
町人は、自らが信じて来た真実とは違う真実を受け入れるのだろうか。
今まで疑ってきた人間を手のひらを返したように敬うのだろうか。
「だめ。エメロード姫、どこにもいない……」
桜が周囲を浮かない顔で見渡す。
「前に侑子言ってた」と名前の腕の中からモコナが顔を出した。「心配なことがなくなったら、霊はどこかへ行くんだって」
「成仏するってことか」
納得した黒鋼に、ファイが悼むように脱いだ帽子を胸に当てる。
「よっぽど子供達のことが心配だったんだねぇ、金の髪のお姫様」
追悼していたファイがゆっくりと瞳を開いた。
「けど、エメロード姫がサクラちゃんに教えてくれた“誰かがずっと視ている”っていうのはどういう意味なんだろー」
「もうひとつ分からなかったことがあるんです。カイル先生はどうしてあの城の地下に羽根があると知ったんでしょう」
「本にあったとかじゃねぇのか」
黒鋼の安易な考えを小狼が打ち消す。
「グロサムさんに聞きました。エメロード姫の亡くなった後、羽根がどこかにあるか書かれた本はないそうです。それにそんな伝承もないと」
「この旅にちょっかいかけてるのがいるってことかー」
ファイの不敵な笑みに小狼の表情が険しくなった。