Crying - 412

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「読みながら歩いてるからだ!」と男が慌てて駆け寄る。
「うーん、前は馬に乗っててもひょいひょいだったんだけどねぇ。心配なんだねぇ、子供達とサクラちゃん達が」

「すみません」
 雪に埋もれていた小狼を、黒鋼が片手で軽々と掴み上げる。
「あせるな。見えるもんも見えなくなるぞ」
「……はい」
 一言だけ告げて立ち去る黒鋼の首元から、モコナの抑えた声が聞こえてきた。
「黒鋼、おっとこまえー」
「うるせぇ、白まんじゅう」
 黒鋼が密かに悪態ついていた。

 近くの家の窓の前で佇んでいた小狼にファイは合点がいったように口にした。
「カイル先生、忙しいねぇ」
 子供の診察をしているらしいカイルの姿に、男が腰に手を当てる。
「二年前、先生が来るまでこの町にはずっと医者はいなかったんだ! 病気や怪我したやつらだけじゃない! 子供達と良く遊んでくれて、本当に良い先生だよ!」

 自分の事のようにふんぞり返った男が、カイルがどれほど懸命な医師かを力説するのを、薄っぺらな笑顔を浮かべて聞いていたファイは、確信を得たらしい面持ちの小狼に近づいた。
「なにかわかったー?」
「はい。これから、グロサムさんの家に向かいます」

 小狼から、診察を受けていた子供が「黒い鳥」と、何もいない空を指差していたことをファイが聞いたのはグロサムと対峙した時だった。



 ――――

 小狼は閉じた白い表紙の草紙をそっとコートの中に隠した。
 ほどなく診療室に現れたカイルが、その場にいた小狼に目を見開く。
「どうしました?」
「すみません、手を怪我してしまって、薬があればお借りできないかと思って」
「見せて下さい」
 カイルは、小狼が雪に足取られた際に負った左手の傷を手当てするため、黒い鞄から器具を取り出していた。

「どこかにぶつけましたか?」
「ちょっと転んで……今日も子供達の所へ?」
「ええ。食欲がなかったり、眠れなくなってしまっている子もいて――みなさんはどちらへ?」
「エメロード姫の城へ」
 カイルの手当てしていた手が止まる。

「何か分かりましたか!?」
「子供達がいなくなったのはエメロード姫のせいではないかもしれません」
「では、誰が!?」
「グロサムさんを城の近くで見たんです。昨日と今日の二回。そして今日はずぶ濡れでした。まるで、城の前の川を渡ったみたいに」

「でもあの川は流れが速くて!」
「渡れません――けれど、町をすべて探しても見つからない。外へ出た形跡もないなら後はあの城だけです。今晩、自警団の人とグロサムさんを見張ることになりました」
「そんな、グロサムさんが……」
 愕然としたカイルが力を失ったように椅子に座り込む。
 信じられないと苦悩の表情を浮かべ頭を抱えるカイルに、小狼は窓越しに夜空を仰いだ。

「今日も、雪になりそうですね」



 深夜を回り、吹雪きだした雪が視界を悪くする。
 夕方診察を受けていた子供の家から、外套を羽織り黒いぬいぐるみを持った小さな人影が出て来ていた。
 フードをすっぽり被り顔は見えないが、そこに住まう住人を鑑みれば子供であることは容易に想像できる。

 小さな歩幅で進んでいた人影が城を遮る川の前で立ち止まると突風が吹きつけ、あっという間に崩れ落ちた。まるで子供が一瞬で消えたかのように、外套と黒いぬいぐるみだけが雪の上に落ちる。靴には足の代わりに棒がくっついていた。

「どうしました? カイル先生」
 小狼の声に、小さな人影の後をつけていた人物が困惑気に振り返った。
「私はあの子を心配して後を付いて来て」とカイルが目深く被っていたフードを外しながら、必死に弁明する。「みなさんがグロサムさんを見張ると言うので――だから!」
 小狼の背後から雪の軋む音がした。

「グロサムさん! どうしてここに!?」
 益々、動揺するカイルに小狼は淡々と事実を紡いだ。

「グロサムさんは犯人じゃありません。ずぶ濡れになってた事がその証拠です」
「あれ程探して見つからないなら、やはり城ではないかと何度も来てみたんだ」とグロサムが苦渋の表情を浮かべる。「だが、川の流れに阻まれて渡れない。何とか手立てはないかとやってはみたが」

「あの川に落ちてしまった。犯人なら、もっと楽に川を渡る方法を知っています」と小狼は鞄から黒い表紙の草紙を取り出し、右手で持ち上げて見せた。「町長から預かった子供達がいなくなった時の記録です」

「そして、カイル先生。貴方の診察記録です」と今度は診療所で手に入れた白い表紙の草紙を左手に持って見せる。「姿を消した子供はその数日前に必ず貴方の診察を受けている」
 誤解だとカイルが必死に否定する。
「町の人達は全員私の診察を受けています! そんな偶然――!」

「最初にいなくなった子供は健康診断ということで貴方が診療所に招いていますね。そしてその後は、友達がいなくなった子供達を落ち着かせるためにという理由で子供達を診察している。貴方は催眠治療もなさるんですよね。貴方が今日診察していた子供が言っていました。
 黒い鳥――子供は空を指していたのに鳥は飛んでいませんでした。貴方は子供達に暗示をかけていた。足跡が残らない雪の日にいない鳥を追って子供達が自分で姿を消すように」

「子供達はどこへ行ったんですか」
 顔を背けるように俯いたカイルの表情は読めない。
「あの城でしょう。貴方が流れを止めた川を渡って」
 ぴたりと静寂した川に、グロサムが身を乗り出す。
「どうやったんだ!? 何故川の水が止まったんだ!?」

「この本」と小狼は一冊の歴史書を鞄から取り出した。「町長さんが持っていたこの国の歴史書です。貴方も借りたことがあるそうですね」
 カイルは答えない。
「ここが破かれています。なくても違和感のないように数ページ分」
 開かれたページには確かに数枚破ったような跡が残っていた。それもじっくり見なくては気付かないような綺麗な切り方だ。

「これはグロサムさんが所有している歴史書です」と同じ背表紙の書籍を小狼が取り出す。「全ページそろってました。グロサムさんはおれ達に関して良く思っていなかった」
「町の者ともうまくいっている訳じゃない。だから誰も私の本を借りには来ないだろうと思ったのか」
「破かれたページには城の地下道について書かれていました。この城にはたくさんの地下道が掘られていたようですね。地下に作った部屋もあったようです。地下水道があるなら城へ水を引き込むために川の水をどこかで制御している筈です」

「どうー? 川の水止まったー?」とファイのゆったりとした声が左手から飛んでくる。「小狼君が目星つけてくれた所にあったよー、この川の上流ー。隠してあったし凄く古かったけどちゃんと動いたよー」
「この川の水を止める装置。最近使った跡もバッチリー」
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