Crying - 103

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「――ここは阪神共和国。とってもステキな島国や!
 まわりは海にかこまれとって、時折台風が来るけど地震は殆どない。海のむこうの他国とも交流が盛んやで貿易もぶいぶいや。
 四季がちゃんとあって今は秋、ご飯が美味しい季節やな。主食は小麦粉。あとソースが名産や!
 法律は阪神共和国憲法がある。他国と戦争はやってない。移動手段は車、自転車、バイク、電車、船、飛行機。あとはー、乳母車も一応移動手段かな、ハニー」

 空汰がホワイトボードに絵を交えて書いた内容を、自分そっくりのパペットに差し棒を持たせて説明していく。
 最後のアイコンタクトにも嵐は表情を崩さず黙ったままだ。
 名前はホワイトボードが涙で滲んでよく見えなかった。

「島の形はこんな感じ。形が虎っぽいんで通称“虎の国”とも呼ばれとるんや。せやから阪神共和国には虎にちなんだモンが多い。通貨も虎(ココ)やしな。一虎とか十虎とかや。ちなみに国旗も虎マーク。野球チームのマークも虎や!
 この野球チームがまたええ味だしとってなぁ! むちゃくちゃ勇敢なんやで! ま、強いかっちゅうと微妙なんやけど。おっと、場外乱闘は得意やで」

「はーい、質問いいですかー?」
 ファイが挙手し、名前はようやくあくびを噛み殺した。
「この国の人たちはみんな空汰さんみたいなしゃべり方なんですかー?」
「んな、水くさい。空ちゃんでええで」
 馬鹿正直に「空ちゃん」と真顔で発した小狼に名前は耳を疑った。

「わいの喋り方は特別。これは古語やからな」
「この国で過去、使われていた言葉なんですか」とすかさず小狼が聞き返す。
「そうや、もう殆ど使われてへん言葉なんやけどな。わい、歴史の教師やから古いもんがこのままなくなってしまうんも、なんや忍びないなぁと」

「歴史の先生なんですか」
 前のめりになって問いかける小狼の声が少しばかり高くなっていた。
「おう! なんや小狼は歴史に興味あるんか」
「はい。前にいた国で発掘作業に携わっていたんで」
「そりゃ、話が合うかもしれんなー」

「もうひとつ質問でーす。ここはどこですかー? 誰かの部屋ですかー?」
「ええ質問や!」と慣れた手つきで空汰が嵐を引き寄せる。「ここはわいと嵐(ハニー)がやってる下宿屋の空き部屋や」
「ええやろー。美人の管理人さんやでー。その上料理上手やー」
 うっとりした顔で紹介する空汰を名前はつまらなさそうに眺めていた。


「そこ、寝るなー!」
 突然の空汰の怒鳴り声に、居眠りしていたらしい黒鋼が叫び、飛び起きた。
 油断していた名前の肩も飛び跳ね、早鐘を打つ心臓を手で押さえつける。
 小狼は眠る少女を庇い、ファイもまた立ち上がり背後の壁を睨んでいた。

「なんの気配もなかったぞ!」と動揺した黒鋼が室内を睨むように見渡す。「てめぇなんか投げやがったのか!?」
 後頭部を押さえて空汰に食ってかかる黒鋼に、ファイが冷静に指摘した。
「投げたんならあの角度からは当たらないでしょー。真上から衝撃があったみたいだし?」
「そうですね」と名前はとりあえず相づちを打った。

「何って、“くだん”使たに決まってるやろ」と空汰が呆然と呟く。
「クダン?」
 奇妙なイントネーションのどこか言い慣れない、たどたどしい響きをもった声が複数重なった。
「知らんのか!? そっかー、おまえさんら異世界から来たから分からんねんなー。この世界のもんにはな必ず巧断が憑くんや。漢字はこう書く」
 後ろ手にあるホワイトボードに横書きされた“巧断”の文字。

「あー、なるほど」
 黒鋼が頷くと、あっけらかんとした様子でファイが笑った。
「全然、わからないー」
「モコナ読めるー!」
「すごいねぇ、モコナは」
 ファイに頭を撫でられ照れるモコナに、名前は伸ばしかけた手を引っ込めた。

「小狼は?」とモコナがファイの手から離れる。
「うん。なんとか。えっと――」
「なんとなくは」と名前はモコナを引き寄せてにっこりと笑った。

「黒鋼と小狼と嬢ちゃんの世界は漢字圏やったんかな。んで ファイは違うと。けど聞いたり、しゃべったり、言葉は通じるから不思議やな」
 空汰が一人頷きながら、パペットの口に挟んでいたペンに蓋をする。
 名前は箱の代わりにモコナの頬を押したりつついたりと弄んでいた。


「で、巧断ってのはどういう代物なんだ? “憑く”っつったよな、さっき」
 黒鋼が悪人面で先をせかすと、冷涼な声が部屋に響いた。
「例え、異世界の者だとしても、この世界に来たのならば必ず巧断は憑きます」

「サクラさんとお呼びしてもよろしいですか?」と、少女の枕元に膝をついた嵐が小狼に断りをいれ、話を続ける。「サクラさんの記憶のカケラが何処にあるのか分かりませんが、もし誰かの手に渡っているとしたら――争いになるかもしれません。今、貴方たちは戦う力を失っていますね」

「どうしてそうだと?」と、ファイが笑みを張り付けたまま、探るような目で問いかける。
「うちの嵐は元、巫女さんやからな。霊力っつうんが備わってる。ま、今はわいと結婚したから引退したけどな。巫女さん姿はそりゃ神々しかったでー」

「実は――次元の魔女さんに魔力の元を渡しちゃいましてー」
 へらんと笑うファイに、それが対価かと名前は一人納得した。
「俺の刀をあのアマ――」
 黒鋼が思い返して腹立たしげに歯噛みする。

「おれが、あの人に渡したものは力じゃありません。魔力や武器は最初からおれにはないから」
「やっぱり貴方は幸運なのかもしれませんね」
 戸惑う小狼に嵐は柔和に微笑んだ。

「この世界には巧断がいる。もし争いになっても巧断がその手立てになる」
「巧断って戦うためのものなんですか?」
「何に使うか、どう使うかはそいつ次第や。百聞は一見にしかず。巧断がどんなもんなんかは自分の目で、身で、確かめたらええ」
 不敵にどこか誇らしげに空汰が笑った。
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