Crying - 411
通り過ぎて行った子供達に、桜がドアを開こうと取っ手を引っ張るが大きな音を立てるだけで一向に開かない。
名前はドアの裏側を覗き見て、桜の手を止めた。
「閂がかかっています。それ以上は手を痛めるだけです」と自身の足元を見つめて、鎖を辿るようにベッドへと向かう。「これを先にどうにかするべきですね」
古びて今にも朽ち果てそうなベッドの足に、名前は面倒臭そうに垂れ下がった鎖を手に取った。
鎖が引っ張られ、括り付けられていたベッドの足が軋む。ようやく観念したベッドの足が反動で飛んできた。
避けたところで今度は後ろから物音が飛んできた。
ベッドの端を折った反動で転倒してしまったらしい桜の手を取る。
シーツを破り、捩じって輪を作った桜に名前は感嘆した。
半円形の穴から垂らしたシーツの輪に、閂の落ちる音が響く。
「開いた!」
満面の笑みで顧みた桜に、名前は顔をほころばせた。
「聡いお姫様ですね」
「こんな時に言うべきことでも、横柄なこともわかってはいるのですが」
鎖を片手に扉の前に出ると名前は声をひそめて言った。
「一つ、約束してくれませんか?」
桜が通路を歩く速度を落とす。
「勝手にいなくなったりしない、と」
名前は螺旋階段に呑み込まれていく子供達に視線を向けた。
「今回は他の三人を呼ばなかった私に責任がありますし、この様なので何も言えないのですが、今頃、きっと三人とも心配しているはずです」
桜の瞳が不安に揺らぐ。
「次は誰かに伝えることを優先してください。その代わりと言ってはなんですが、私にできることは協力します」
桜にとっては理不尽で不利益なことでも、今回のようなことが続かない確証が欲しかった。
約束など意味がないことをわかった上でも、必要な気がしたのだ。
優しい人間は短命なのだと言う戯言を知っていたからかもしれない。
何にせよ、あの人の前から消えないで欲しかった。
「ありがとう」
「彼と同じことを言うのですね」
「え」
「今の勝手な願いを聞き入れてくれるのなら、言うべきは私なのに」
「でも、心配してくれているから」
「それで受け入れてくれるのなら、否定はしません」
本当に傷ついて欲しくないと言う感情が生まれないとも限らない。
「あなたが消えてしまわない限り、私も約束は守ります」
「みんな様子がおかしいよね」と身を潜めた桜がひそひそと口にする。「まるで半分眠ってるみたい」
ふらふらとした足取りで螺旋階段を下る子供達の瞳は一様に虚ろだった。
階段が終わり、ホールのような広々とした空間が広がる。
古びて欠け落ちていながらも子供達が遊ぶような遊具が幾つも用意されていた。
壁には、金の髪の姫の肖像画が幾つも飾られている。その一つを子供が横に滑らせると、子供一人が通れる程度の抜け穴が存在していた。
中に入ろうとする子供に、桜が慌てて前に出る。
「待って!」
叫んだ桜の声に、子供達が一斉に振り返った。
意識のない紛い物のような瞳が名前達を見返す。
ゆっくりと近づいてくる子供達に、名前は桜の前に出た。
――まさか、攻撃してくるわけない
紛い物の瞳が徐々に迫ってくる。
「きゃあああ!」
桜の甲高い悲鳴が耳を劈いた。
――――
「結局何も見つからなかったじゃないか!」
どかどかと前へ躍り出る自警団の男に、
「あーうるせぇ」と黒鋼がぼやいた。
結局、城の周辺も手掛かりはなく、小狼はひたすら歴史書に目を通していた。
「あ、グロサムさんだー」
遠くに見えた姿にファイが足を止める。
「ずぶ濡れじゃねぇか」
黒鋼が腕を組んで、しげしげと馬を引くグロサムを見つめていた。
「ほんとだー。さむそー。でも、雪も降ってないのになんであんなに濡れてんのー?」とファイが目の前に伸びた木の枝に覆い被さるように寄りかかる。「あ、こっち見た」
「あの城の前の川にでも落ちたか?」
「村のやつらはよっぽどのことがない限り、あの伝説のせいで城には近付かないぞ!」と男が背後で喚き散らす。
「あ、どもー」とファイは、大声で気付いたらしいグロサムに手を振った。「ってことはー、よっぽどのことがあったんですかねぇ」
一睨し、逃げるように去っていくグロサムに何を感じたのか、徐に小狼が言った。
「もうひとつ、確かめたい事があるんです」
「――いつ、どこの子がいなくなったか?」
向かいのソファに座った町長が言った。
「はい。記録してらっしゃると伺ったので」
隣に座った小狼が頷くと、背後で仁王立ちした自警団の男が怒鳴った。
「この町には保安官はいないからな! 自警団を組んで町を守ってる! 何かあれば全て町長に報告してる!」
黒鋼がうんざりした様子で耳を塞ぐ。
「勿論、最初の子がいなくなってから全て記録してあるが」
「見せて頂けますか?」
「何故そんなものを……」
「子供達を探す手掛かりになるかもしれないんです」
青褪めた顔の町長はわずかな望みを託すように、小狼に黒い表紙の草紙を手渡していた。
「おまえ、それなくすなよ。町の大事な記録なんだからな!」
「はい」
町長宅を出てすぐ男が牽制する。
顔の前に草紙を掲げて読んでいた小狼が階段や段差を器用に避けていく。が、すぐに足取られ、雪に沈み込んでいた。
名前はドアの裏側を覗き見て、桜の手を止めた。
「閂がかかっています。それ以上は手を痛めるだけです」と自身の足元を見つめて、鎖を辿るようにベッドへと向かう。「これを先にどうにかするべきですね」
古びて今にも朽ち果てそうなベッドの足に、名前は面倒臭そうに垂れ下がった鎖を手に取った。
鎖が引っ張られ、括り付けられていたベッドの足が軋む。ようやく観念したベッドの足が反動で飛んできた。
避けたところで今度は後ろから物音が飛んできた。
ベッドの端を折った反動で転倒してしまったらしい桜の手を取る。
シーツを破り、捩じって輪を作った桜に名前は感嘆した。
半円形の穴から垂らしたシーツの輪に、閂の落ちる音が響く。
「開いた!」
満面の笑みで顧みた桜に、名前は顔をほころばせた。
「聡いお姫様ですね」
「こんな時に言うべきことでも、横柄なこともわかってはいるのですが」
鎖を片手に扉の前に出ると名前は声をひそめて言った。
「一つ、約束してくれませんか?」
桜が通路を歩く速度を落とす。
「勝手にいなくなったりしない、と」
名前は螺旋階段に呑み込まれていく子供達に視線を向けた。
「今回は他の三人を呼ばなかった私に責任がありますし、この様なので何も言えないのですが、今頃、きっと三人とも心配しているはずです」
桜の瞳が不安に揺らぐ。
「次は誰かに伝えることを優先してください。その代わりと言ってはなんですが、私にできることは協力します」
桜にとっては理不尽で不利益なことでも、今回のようなことが続かない確証が欲しかった。
約束など意味がないことをわかった上でも、必要な気がしたのだ。
優しい人間は短命なのだと言う戯言を知っていたからかもしれない。
何にせよ、あの人の前から消えないで欲しかった。
「ありがとう」
「彼と同じことを言うのですね」
「え」
「今の勝手な願いを聞き入れてくれるのなら、言うべきは私なのに」
「でも、心配してくれているから」
「それで受け入れてくれるのなら、否定はしません」
本当に傷ついて欲しくないと言う感情が生まれないとも限らない。
「あなたが消えてしまわない限り、私も約束は守ります」
「みんな様子がおかしいよね」と身を潜めた桜がひそひそと口にする。「まるで半分眠ってるみたい」
ふらふらとした足取りで螺旋階段を下る子供達の瞳は一様に虚ろだった。
階段が終わり、ホールのような広々とした空間が広がる。
古びて欠け落ちていながらも子供達が遊ぶような遊具が幾つも用意されていた。
壁には、金の髪の姫の肖像画が幾つも飾られている。その一つを子供が横に滑らせると、子供一人が通れる程度の抜け穴が存在していた。
中に入ろうとする子供に、桜が慌てて前に出る。
「待って!」
叫んだ桜の声に、子供達が一斉に振り返った。
意識のない紛い物のような瞳が名前達を見返す。
ゆっくりと近づいてくる子供達に、名前は桜の前に出た。
――まさか、攻撃してくるわけない
紛い物の瞳が徐々に迫ってくる。
「きゃあああ!」
桜の甲高い悲鳴が耳を劈いた。
――――
「結局何も見つからなかったじゃないか!」
どかどかと前へ躍り出る自警団の男に、
「あーうるせぇ」と黒鋼がぼやいた。
結局、城の周辺も手掛かりはなく、小狼はひたすら歴史書に目を通していた。
「あ、グロサムさんだー」
遠くに見えた姿にファイが足を止める。
「ずぶ濡れじゃねぇか」
黒鋼が腕を組んで、しげしげと馬を引くグロサムを見つめていた。
「ほんとだー。さむそー。でも、雪も降ってないのになんであんなに濡れてんのー?」とファイが目の前に伸びた木の枝に覆い被さるように寄りかかる。「あ、こっち見た」
「あの城の前の川にでも落ちたか?」
「村のやつらはよっぽどのことがない限り、あの伝説のせいで城には近付かないぞ!」と男が背後で喚き散らす。
「あ、どもー」とファイは、大声で気付いたらしいグロサムに手を振った。「ってことはー、よっぽどのことがあったんですかねぇ」
一睨し、逃げるように去っていくグロサムに何を感じたのか、徐に小狼が言った。
「もうひとつ、確かめたい事があるんです」
「――いつ、どこの子がいなくなったか?」
向かいのソファに座った町長が言った。
「はい。記録してらっしゃると伺ったので」
隣に座った小狼が頷くと、背後で仁王立ちした自警団の男が怒鳴った。
「この町には保安官はいないからな! 自警団を組んで町を守ってる! 何かあれば全て町長に報告してる!」
黒鋼がうんざりした様子で耳を塞ぐ。
「勿論、最初の子がいなくなってから全て記録してあるが」
「見せて頂けますか?」
「何故そんなものを……」
「子供達を探す手掛かりになるかもしれないんです」
青褪めた顔の町長はわずかな望みを託すように、小狼に黒い表紙の草紙を手渡していた。
「おまえ、それなくすなよ。町の大事な記録なんだからな!」
「はい」
町長宅を出てすぐ男が牽制する。
顔の前に草紙を掲げて読んでいた小狼が階段や段差を器用に避けていく。が、すぐに足取られ、雪に沈み込んでいた。