Crying - 409

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 早朝、目覚めたファイは手に触れたやわらかいものに首を傾げた。
 ――モコナだ
 そう言えば昨日はこっちの部屋に来ていた。
 夜は黒鋼の上で眠っていたはずなのに、いつの間に潜りこんでいたのだろう。

「おはよー」
 モコナから手を離し、起き出してきた同室の二人と挨拶を交わす。
 各々コートを羽織って隣の部屋へと向かった。
 昨日は丁度、一緒に出てきたけれど今日はそうではないらしい。
 モコナはファイの左手の上に乗っかって扉を見つめていた。

「サクラちゃーん、名前ちゃーん、おはよー」
 ノックしてみるが反応がない。
 ――サクラちゃんはともかく彼女が起きてないのはめずらしいな
 隣にいた小狼と顔を見合わせる。

「寝ちゃってるのかな?」
 普通に装っていたけれど、昨日はだいぶ眠そうだった。
 まだ怖いんだろうか。
 ファイはへらりと笑いながらドアノブに手をかけた。

「二人とも、開けるよー」
 開いた扉から冷気が吹き込む。
 開け放たれた窓に引っかかった布団には雪が積もり、二人が眠っていたはずのベッドには入り込んできた雪がかかっていた。

「ふたりともいない!」
 手元でモコナが叫ぶ。
 小狼の顔に動揺が浮かんだ。
 間髪入れずに響いた足音に全員が階段先を見つめた。
 町に入る際に歓迎してくれた集団らしい。

「余所者達を出せ!」
「待って下さい!」
 カイルの制止を振り切って階段を駆け上って来た男が真っ先に怒鳴りつける。
「また子供達が消えた! 七人もだ!」
「待って下さい!」とカイルが横から困惑気に弁明する。「その方達は昨夜も外には出てらっしゃいません!」
 眉を吊り上げた男はファイ達を見渡すと不審げに声を荒らげた。

「他の二人はどうした!?」
「部屋にいないんです」
 小狼の物怖じしない声が響く。
「なんですって!?」
「いなくなったのに気付かなかったじゃないか! 先生!」
 焦りを隠せないカイルに男が突っかかっていた。

「まさか、サクラさんと名前さんまで……」
 カイルは俄かには信じられない様子だ。
「いいや! あの二人が子供達をどこかへ連れて行ったのかもしれない」と男が小狼に銃口を突きつける。「金の髪の姫を見たなんて有りもしないことを言って、伝説のせいにして子供達をさらったんだろう!」

 サクラへの暴言に小狼が自身に向けられた猟銃を蹴り上げた。
 浮上した猟銃が回転しながら後方に落下する。
 器用に持ち手を握った黒鋼が、瞬時に男の後頭部をつかみ床へ押し付けていた。うつ伏せになった男の背中を右足で踏みつけ、男の左手を左足の膝で抑え込んでいる。右手に構えた猟銃は、容赦なく頭に押し付けられていた。

「武器(えもの)向けんなら、死んでも文句ねぇんだろうな」
「ひゅー、黒さま素敵すぎー」
 瞳孔が開いた黒鋼に賛辞を贈る。
 ここまでしても彼らは引く気はないらしい。

「放せ! くそー!」
 拘束を解こうと黒鋼の下で男が足掻いていた。
「おれ達は子供達が消えたことには無関係です」
「って言ってもー、信じられないかなぁ」
「当たり前だ! 子供達が見付かるまでおまえ達が一番あやしいことに変わりはない!」
「探します。子供達が何故、そして何処へ消えたのか。それに――」と小狼がきつく拳を握り締める。「おれの大事な人も」

 ――大事な人か
 ファイは内心苦笑した。
 彼女を探さないといけない。
 たとえ、オレの大切な人じゃなくても――ないからこそ、彼女に何かあってはダメなんだ。
 彼女は“ファイ”にとって大切な人なのだから。


 終息した論争に彼女達の部屋へと移動する。
 窓に引っかかっていた布団を小狼が手にしていた。

「この窓から出ちゃったのかなぁ、サクラちゃん達」
「伝説みたいに金の髪の姫とやらにさらわれたのか、それとも子供達をつれていった誰かを見たか」
 黒鋼が推論を口にする。
 彼女は何も言っていなかったけれど、眠れていなかった原因が金の髪の姫を見たことにあるのなら、サクラちゃんが金の髪の姫を見た可能性は高いかもしれない。

「小狼君は本当に、三百年前の伝説のお姫様が子供をさらったと思ってるのー?」
「まだどちらとも言えません。けどカイル先生に聞いたんですが、この国には“魔法”や“秘術”を使える人間は認知されていないようです」
「ここには魔力みたいなものを使える人間は公然とはしていない?」

「この歴史書を見ていても、三百年前のエメロード姫のこと以外それらしい不思議な現象も記されていません。もし本当にエメロード姫が何らかの方法で蘇って起こしている事件なら、この窓から視認できるくらいの距離に金の髪の姫が来てモコナが何も感じないというのは……」
「モコナ、この世界に来てから何も感じない」
 黒鋼の頭の上でモコナが手を横に振る。

「寝てただろうおまえは! ぐーぐーと夜は俺の腹の上で!」
「凄く強い力だったら目が覚めるもん!」
 拳を握り怒鳴った黒鋼とモコナが額を突き合わせていがみ合う。拳を振り回す黒鋼にモコナはその小さな足で応戦していた。

「家の鍵も壊されてない、子供達が騒いだ様子もない。それに不思議な力じゃないならサクラちゃんが見たっていうお姫様は?」
 小狼は無言だった。
 サクラが消えてしまってから小狼の表情は硬い。

 小狼にとってサクラが唯一の存在であるように、“ファイ”にとっての彼女もまたそうなのだろう。
 夢のように消えた短い邂逅はささやかな救いだった。
 それはファイ自身がよく知っている。
 胸を締めつける消失感からファイは目を逸らした。
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