Crying - 408
「まだ見付かってないのね」と桜の感傷が白い吐息に混じる。
町の端々で疲れ切った顔をした町人が腰を下ろしていた。顔を覆い泣き崩れている婦人の姿も少なくない。
頭の片隅にこびりついた諦めの感情が、彼らの悲しみをより一層強くしているのかもしれない。どうしようもない不安や悲しみを行動で紛らわしているようにも見えた。
「お大事に」
カイルの優しげな声に名前達は馬から降りた。
家の前には黒いぬいぐるみを抱き、涙を浮かべている女の子が佇んでいる。その後ろには母親らしき女が付き添っていた。
近くにいた名前達に気付いたカイルがこっちへ駆けてくる。
「往診ですか?」と小狼が尋ねていた。
「ええ。今朝いなくなった子と仲が良かった子供が随分ショックを受けているので」と眉をひそめたカイルが心配げに続ける。「本は借りられましたか?」
「はい、町長さんに」
小狼が取り出して見せた歴史書にカイルは安堵すると、桜に、
「貴方が見たという姫のことでもいいんです。何か分かったらどんな些細なことでも教えて下さい。子供達が一日でも早く戻ってくるように」と切実に訴えていた。
――――
「雪……」
意識が飛びかけていた名前は桜の声に我に返った。
ずっと起きていたせいか眠たいのに眠れない。
酷い倦怠感が座っても横になっても体を重くしていた。
おかげで意識が霧散して、今何を考えていたのかすらも思い出せない。
カイルとともに診療所に戻って、それから夕食は終えたような気がする。
自室のベッドに座り込み、横の壁に頭を預けていた名前は、視線の先に立つ桜を眺めていた。
寒いのか肌に吸い付かせるように布団を纏っている。
真っ暗な空を舞う白い雪が開け放たれた窓から迷い込んでいた。
「……冷たい」
手を伸ばして触れた雪に桜が身を縮める。
「眠らないのですか?」
一瞬肩を飛び上がらせた桜が眉を下げて寒空を見上げた。
「いなくなった子供達、寒さで震えてるかもしれないから」
固く決意したらしい桜が名前を映す。その瞳は誰かさんと極似していた。
「姫を見たのはわたしだけだし、また何か起こるかもしれない。頑張って起きてなきゃ」
「そんなに心配ですか?」
こぼした言葉に桜が反応する。
「私は別の意味で心配かもしれない」
昨日、見張りを買ってでたのも子供を心配しての事じゃない。本心は別のとこにある。
「あなたが体調を壊すと心配する人も多いのですよ」
一番最初に誰の顔が浮かんだのか、彼自身に聞かせたくなるぐらいに桜はもどかしい表情を浮かべていた。
「でも、できることは精一杯やりたいから」
「否定はしません。それがあなたの強さでもあるのでしょうし」
心の強さを等級で表すかの国で言わせれば、名前の意思は足枷にしかならないのかもしれない。
「でも――」
弱くても、
「いるだけで十分な時もあると思う」
そうじゃないと報われない。
――他の誰でもない私自身が。
取り返しのつかない、途絶えてしまった物語に気持ちの整理をつけるにはありふれた言い訳が必要だった。
少しでも役に立っていたと思わないと苦しかったんだ。
「それでも、やっぱり頑張りたいの。少しでも役に立ちたいから」
闇夜でも光を失わない桜に、名前は切なげに笑った。
「金の髪の姫!」
視界の端に映り込んだのか、桜が窓の縁から身を乗り出す。
「子供達が連れて行かれちゃう!」
駆け寄った名前はぎょっと目を瞠った。
「なにを――」
桜が窓の縁に乗り上げ、側の枯れ木に手を伸ばしていた。
「待って、他の三人を――」
「見失っちゃうから」
慌てる名前を余所に、桜が木を伝って降りていく。
名前は扉を顧みた。
呼べばいい。でも、呼んでいる間に彼女が怪我をしたら――攫われてしまったら――
駆け巡る思考を差し置いて名前の手が枯れ木に伸びる。
建物の間に吸い込まれていく桜を全速力で追いかけた。
ドレスの裾を上げてひた走る桜の前には、おぼろげな足取りの子供達の姿があった。
――変だ。金の髪の姫はどこに?
消えたのだとしたら、失踪事件は姫にさらわれたわけじゃないのか。
少なくとも現状では、子供達が自身の足で北の城へと向かっているように見えた。
吐き出した息が白く染まる。
「どうして」
桜に追いついた名前は呆然と子供達を見つめた。
突如、勢いを失いなだらかになった川の上を子供達が駆けていく。
一人一人城の中へと消えて行く子供達に、桜が木に寄りかかっているのが目に入った。
「だめ……今、眠っちゃ……」
倒れていく桜を名前は咄嗟に受け止めた。
吹き荒ぶ冷気が皮膚を赤くする。
彼女をどうにかしないとついてきた意味がない。
一先ず、身に着けていた外套を彼女にかける。
潜めるような雪を踏む音に名前が振り返った瞬間――首に指が纏わりついた。
「なんで……」
腕に力がこもり、息が詰まる。
締め付けられる首に、反射的に涙が滲んだ。
「心配、って……」
彼の肩にかかった雪がぱらぱらと落ちていく。
嘲笑う彼の瞳には涙を流す自分の姿が映っていた。
町の端々で疲れ切った顔をした町人が腰を下ろしていた。顔を覆い泣き崩れている婦人の姿も少なくない。
頭の片隅にこびりついた諦めの感情が、彼らの悲しみをより一層強くしているのかもしれない。どうしようもない不安や悲しみを行動で紛らわしているようにも見えた。
「お大事に」
カイルの優しげな声に名前達は馬から降りた。
家の前には黒いぬいぐるみを抱き、涙を浮かべている女の子が佇んでいる。その後ろには母親らしき女が付き添っていた。
近くにいた名前達に気付いたカイルがこっちへ駆けてくる。
「往診ですか?」と小狼が尋ねていた。
「ええ。今朝いなくなった子と仲が良かった子供が随分ショックを受けているので」と眉をひそめたカイルが心配げに続ける。「本は借りられましたか?」
「はい、町長さんに」
小狼が取り出して見せた歴史書にカイルは安堵すると、桜に、
「貴方が見たという姫のことでもいいんです。何か分かったらどんな些細なことでも教えて下さい。子供達が一日でも早く戻ってくるように」と切実に訴えていた。
――――
「雪……」
意識が飛びかけていた名前は桜の声に我に返った。
ずっと起きていたせいか眠たいのに眠れない。
酷い倦怠感が座っても横になっても体を重くしていた。
おかげで意識が霧散して、今何を考えていたのかすらも思い出せない。
カイルとともに診療所に戻って、それから夕食は終えたような気がする。
自室のベッドに座り込み、横の壁に頭を預けていた名前は、視線の先に立つ桜を眺めていた。
寒いのか肌に吸い付かせるように布団を纏っている。
真っ暗な空を舞う白い雪が開け放たれた窓から迷い込んでいた。
「……冷たい」
手を伸ばして触れた雪に桜が身を縮める。
「眠らないのですか?」
一瞬肩を飛び上がらせた桜が眉を下げて寒空を見上げた。
「いなくなった子供達、寒さで震えてるかもしれないから」
固く決意したらしい桜が名前を映す。その瞳は誰かさんと極似していた。
「姫を見たのはわたしだけだし、また何か起こるかもしれない。頑張って起きてなきゃ」
「そんなに心配ですか?」
こぼした言葉に桜が反応する。
「私は別の意味で心配かもしれない」
昨日、見張りを買ってでたのも子供を心配しての事じゃない。本心は別のとこにある。
「あなたが体調を壊すと心配する人も多いのですよ」
一番最初に誰の顔が浮かんだのか、彼自身に聞かせたくなるぐらいに桜はもどかしい表情を浮かべていた。
「でも、できることは精一杯やりたいから」
「否定はしません。それがあなたの強さでもあるのでしょうし」
心の強さを等級で表すかの国で言わせれば、名前の意思は足枷にしかならないのかもしれない。
「でも――」
弱くても、
「いるだけで十分な時もあると思う」
そうじゃないと報われない。
――他の誰でもない私自身が。
取り返しのつかない、途絶えてしまった物語に気持ちの整理をつけるにはありふれた言い訳が必要だった。
少しでも役に立っていたと思わないと苦しかったんだ。
「それでも、やっぱり頑張りたいの。少しでも役に立ちたいから」
闇夜でも光を失わない桜に、名前は切なげに笑った。
「金の髪の姫!」
視界の端に映り込んだのか、桜が窓の縁から身を乗り出す。
「子供達が連れて行かれちゃう!」
駆け寄った名前はぎょっと目を瞠った。
「なにを――」
桜が窓の縁に乗り上げ、側の枯れ木に手を伸ばしていた。
「待って、他の三人を――」
「見失っちゃうから」
慌てる名前を余所に、桜が木を伝って降りていく。
名前は扉を顧みた。
呼べばいい。でも、呼んでいる間に彼女が怪我をしたら――攫われてしまったら――
駆け巡る思考を差し置いて名前の手が枯れ木に伸びる。
建物の間に吸い込まれていく桜を全速力で追いかけた。
ドレスの裾を上げてひた走る桜の前には、おぼろげな足取りの子供達の姿があった。
――変だ。金の髪の姫はどこに?
消えたのだとしたら、失踪事件は姫にさらわれたわけじゃないのか。
少なくとも現状では、子供達が自身の足で北の城へと向かっているように見えた。
吐き出した息が白く染まる。
「どうして」
桜に追いついた名前は呆然と子供達を見つめた。
突如、勢いを失いなだらかになった川の上を子供達が駆けていく。
一人一人城の中へと消えて行く子供達に、桜が木に寄りかかっているのが目に入った。
「だめ……今、眠っちゃ……」
倒れていく桜を名前は咄嗟に受け止めた。
吹き荒ぶ冷気が皮膚を赤くする。
彼女をどうにかしないとついてきた意味がない。
一先ず、身に着けていた外套を彼女にかける。
潜めるような雪を踏む音に名前が振り返った瞬間――首に指が纏わりついた。
「なんで……」
腕に力がこもり、息が詰まる。
締め付けられる首に、反射的に涙が滲んだ。
「心配、って……」
彼の肩にかかった雪がぱらぱらと落ちていく。
嘲笑う彼の瞳には涙を流す自分の姿が映っていた。