Crying - 407
「は、はい」
メイドらしき中年の女がおそるおそる扉から顔を覗かせる。
「申し訳ありませんー。町長さんはご在宅ですかー」
ドアを開いたメイドにファイが恭しく帽子を取る。
「あ、あの」
メイドの女は救いを求めるように奥に視線を彷徨わせていた。
グロサムがよく思っていない余所者を、町長に取り次いでいいのかわからないのかもしれない。これまでの様相で町長が彼に頭が上がらないことを知るには十分だった。
扉の奥の部屋で立っていた町長がよろよろと前へ出てくる。
「君達はカイル先生の所にいた……!」
「こんにちはー」
愛想よく答えたファイの後ろで、黒鋼は苦々しい顔をしていた。
黒鋼の右肩の部分が丸く膨らみ蠢いていたのは多分に気のせいだろう。
「――これで二十一人目だ」
町長の口から深いため息がこぼれる。
部屋へと案内され、席を促されたファイは桜とともにソファに腰掛けていた。
名前、黒鋼、小狼は順にソファの後ろに立っている。
「手掛かりになるようなものは何も?」
ファイがいつになく真面目な顔で町長に尋ねていた。
「残されていなかったよ、今回もね」
項垂れ、小さく見える町長からは疲労が滲んでいる。
「数年前から気候が安定してなくてずっと凶作が続いているんだ。そうでなくとも皆気が立っているのにどんどん子供が消える。その上三百年前の伝説まで……」
得体のしれない恐怖は思考を鈍らせる。騒ぎが大きくなればなるだけ、恐怖も膨らみ、行動に際限がなくなる。猟銃はその一端だ。
頭を抱える町長に今度は小狼が尋ねた。
「子供が最初にいなくなったのは?」
「二ヵ月前だよ。早朝、木の実を拾いに行ってそのまま帰らなかった。それから一人消えたり、三人一緒だったり。大人達は何度も夜、外へ出てはいけない、知らぬ者について行ってはいけないと言い聞かせている。それなのにいつも暴れた様子もなくただ子供だけがその場から消えている」
真剣に町長の話に耳を傾ける小狼達を余所に、名前はわななきながら拳を震わせている黒鋼を覗き込んだ。
丸く膨らんだ肩がやっぱり蠢いている。
「三百年前のこの国について書かれた歴史書だ」
町長が差し出した書物に小狼が進み出る。
「エメロード姫についても伝わっている話よりは詳しく書き記されている。わしも何度も読んだが今回の件の手掛かりは見つけられなかった」
「読み終わったらすぐに町を出なさい」と町長の声が硬くなった。「取り返しのつかないことになる前に」
凶作に不明瞭な伝説、不可解な失踪が重なり、殺伐としてしまった町は手の施しようがないのかもしれない。
「ありがとうございます。でも、やらなければならないことがあるんです」
歴史書を抱え、前を見据えた小狼の硬い意志に、町長はそれ以上なにも言わなかった。
立ち上がったファイが桜の手を取り、町長宅を後にする。
脇目も振らずに歴史書を熟読する小狼は器用に馬を操り、目前で入り組む木の枝も雑作なく避けていた。
小狼と同乗していた桜は、今はファイの前に乗っている。
「ひゅー、すごいねぇ。前も見ずに」
ファイの感嘆の声と同時に、背後から溜め込んだ不満の声が上がった。
「人の服ん中で動きまわるな!」
「黒鋼退屈そうだからくすぐってあげたのーん。えへへー」
人の目が離れ、モコナが黒鋼のコートの下から顔を出す。
退屈なのは案外モコナの方かもしれないなと、名前はわなないている黒鋼に凭れかかった。
「――この先です」
本を片手に小狼が先を指差す。
「あれが北の城かぁ」とファイが川岸で馬を止めた。
激流の幅広い川を挟んだ向こうに、半壊し、今にも崩れ落ちそうな古城が建っている。上部はほとんど崩れ落ち、その上を幾多の黒い鳥が悠々と飛び交っていた。
城に近づく者を取り込もうとするかのように枝を伸ばした枯れ木が城を囲っている。
「しかし、これでどうやって城まで行くんだよ」
「黒鋼、渡れない?」とモコナが黒鋼の肩から川を見つめる。
「無理だろう。特に子供をつれてじゃあな」
「この川は、三百年前にもあったようですね」
開いた歴史書と見比べていた小狼に、ファイが尋ねた。
「昔はどうやって城に入ってたんだろー」
「ここに橋があったんでしょう」
確かに途中まではそれらしき足場が存在している。
百メートルはあろう川に対して十分の一にも満たないけれど、細長い石の道はそれの一部であると言えた。
「これ以外に城に行ける方法は見当たらないねぇ」
「じゃあ、やっぱり子供達を城へ連れ去るのは無理ってことか」
結論付けた黒鋼に、全員が踵を返す。
「手掛かりっぽいものはなかったねぇ。城には近づけなかったしー」
「強い力も感じなかった」
「サクラちゃんの羽根も不明かぁ」
「あ……」
ファイとモコナの会話を間近で聞いていた桜のか細い声がこぼれる。
「あれ――」
視線の先には馬に乗り逆行するグロサムの姿があった。
「あー、グロサムさんだー」
「んな所で何してんだ?」
黒鋼が不可解そうに、木々の間を覗き込む。
「あっち何もないのにねぇ。お城くらい――?」
乗馬しているせいか町長は連れていないらしい。グロサムはなにかに集中しているのか、名前達の視線には全く気付いていないようだった。
子供の失踪から二カ月間。城の周辺は捜索済みだろう。今更なにを求めて向っているのか。
入れ違いで城へと向かうグロサムを背に名前達は町へと向かった。
メイドらしき中年の女がおそるおそる扉から顔を覗かせる。
「申し訳ありませんー。町長さんはご在宅ですかー」
ドアを開いたメイドにファイが恭しく帽子を取る。
「あ、あの」
メイドの女は救いを求めるように奥に視線を彷徨わせていた。
グロサムがよく思っていない余所者を、町長に取り次いでいいのかわからないのかもしれない。これまでの様相で町長が彼に頭が上がらないことを知るには十分だった。
扉の奥の部屋で立っていた町長がよろよろと前へ出てくる。
「君達はカイル先生の所にいた……!」
「こんにちはー」
愛想よく答えたファイの後ろで、黒鋼は苦々しい顔をしていた。
黒鋼の右肩の部分が丸く膨らみ蠢いていたのは多分に気のせいだろう。
「――これで二十一人目だ」
町長の口から深いため息がこぼれる。
部屋へと案内され、席を促されたファイは桜とともにソファに腰掛けていた。
名前、黒鋼、小狼は順にソファの後ろに立っている。
「手掛かりになるようなものは何も?」
ファイがいつになく真面目な顔で町長に尋ねていた。
「残されていなかったよ、今回もね」
項垂れ、小さく見える町長からは疲労が滲んでいる。
「数年前から気候が安定してなくてずっと凶作が続いているんだ。そうでなくとも皆気が立っているのにどんどん子供が消える。その上三百年前の伝説まで……」
得体のしれない恐怖は思考を鈍らせる。騒ぎが大きくなればなるだけ、恐怖も膨らみ、行動に際限がなくなる。猟銃はその一端だ。
頭を抱える町長に今度は小狼が尋ねた。
「子供が最初にいなくなったのは?」
「二ヵ月前だよ。早朝、木の実を拾いに行ってそのまま帰らなかった。それから一人消えたり、三人一緒だったり。大人達は何度も夜、外へ出てはいけない、知らぬ者について行ってはいけないと言い聞かせている。それなのにいつも暴れた様子もなくただ子供だけがその場から消えている」
真剣に町長の話に耳を傾ける小狼達を余所に、名前はわななきながら拳を震わせている黒鋼を覗き込んだ。
丸く膨らんだ肩がやっぱり蠢いている。
「三百年前のこの国について書かれた歴史書だ」
町長が差し出した書物に小狼が進み出る。
「エメロード姫についても伝わっている話よりは詳しく書き記されている。わしも何度も読んだが今回の件の手掛かりは見つけられなかった」
「読み終わったらすぐに町を出なさい」と町長の声が硬くなった。「取り返しのつかないことになる前に」
凶作に不明瞭な伝説、不可解な失踪が重なり、殺伐としてしまった町は手の施しようがないのかもしれない。
「ありがとうございます。でも、やらなければならないことがあるんです」
歴史書を抱え、前を見据えた小狼の硬い意志に、町長はそれ以上なにも言わなかった。
立ち上がったファイが桜の手を取り、町長宅を後にする。
脇目も振らずに歴史書を熟読する小狼は器用に馬を操り、目前で入り組む木の枝も雑作なく避けていた。
小狼と同乗していた桜は、今はファイの前に乗っている。
「ひゅー、すごいねぇ。前も見ずに」
ファイの感嘆の声と同時に、背後から溜め込んだ不満の声が上がった。
「人の服ん中で動きまわるな!」
「黒鋼退屈そうだからくすぐってあげたのーん。えへへー」
人の目が離れ、モコナが黒鋼のコートの下から顔を出す。
退屈なのは案外モコナの方かもしれないなと、名前はわなないている黒鋼に凭れかかった。
「――この先です」
本を片手に小狼が先を指差す。
「あれが北の城かぁ」とファイが川岸で馬を止めた。
激流の幅広い川を挟んだ向こうに、半壊し、今にも崩れ落ちそうな古城が建っている。上部はほとんど崩れ落ち、その上を幾多の黒い鳥が悠々と飛び交っていた。
城に近づく者を取り込もうとするかのように枝を伸ばした枯れ木が城を囲っている。
「しかし、これでどうやって城まで行くんだよ」
「黒鋼、渡れない?」とモコナが黒鋼の肩から川を見つめる。
「無理だろう。特に子供をつれてじゃあな」
「この川は、三百年前にもあったようですね」
開いた歴史書と見比べていた小狼に、ファイが尋ねた。
「昔はどうやって城に入ってたんだろー」
「ここに橋があったんでしょう」
確かに途中まではそれらしき足場が存在している。
百メートルはあろう川に対して十分の一にも満たないけれど、細長い石の道はそれの一部であると言えた。
「これ以外に城に行ける方法は見当たらないねぇ」
「じゃあ、やっぱり子供達を城へ連れ去るのは無理ってことか」
結論付けた黒鋼に、全員が踵を返す。
「手掛かりっぽいものはなかったねぇ。城には近づけなかったしー」
「強い力も感じなかった」
「サクラちゃんの羽根も不明かぁ」
「あ……」
ファイとモコナの会話を間近で聞いていた桜のか細い声がこぼれる。
「あれ――」
視線の先には馬に乗り逆行するグロサムの姿があった。
「あー、グロサムさんだー」
「んな所で何してんだ?」
黒鋼が不可解そうに、木々の間を覗き込む。
「あっち何もないのにねぇ。お城くらい――?」
乗馬しているせいか町長は連れていないらしい。グロサムはなにかに集中しているのか、名前達の視線には全く気付いていないようだった。
子供の失踪から二カ月間。城の周辺は捜索済みだろう。今更なにを求めて向っているのか。
入れ違いで城へと向かうグロサムを背に名前達は町へと向かった。