Crying - 406

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「いい加減にしないか!」
 グロサムの一喝に、水を打ったように辺りが静まり返った。
 騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだろう。後ろには町長が控えていた。
「また子供がいなくなったんですか!?」
 一足遅れで駆けてきたカイルにグロサムが鋭敏に反応する。

「昨夜、この余所者達は家から出なかっただろうな」
「いつ急患が来ても良いように、私の部屋は入り口のすぐ隣です。誰かが出て行けば分かります」
 尚も険しい表情を向けるグロサムの横で町長が周囲に促していた。
「ここにいても仕方ない! さあ! 子供達を探そう!」
 解決の糸口がつかめぬまま子供達の捜索のため町人が捌けていく。
 その中で、やたら煩いあの男だけは最後まで名前達を睨みつけていた。

「わー、なんか睨まれたねぇ」
「怪しまれてんだろ」
 ファイに答えた黒鋼が背中にいる名前を一瞥する。
 名前はやっとの思いで黒鋼から身を離した。
 ――眠い

「さぁ、戻りましょう。朝食の準備が出来てます」
 カイルが先の騒動を思ってか、曖昧な笑顔を向けていた。
「大丈夫ー? 黒んぷのナイフとフォークの使い方独創的だからぁー」
「うるせっ! おまえこそ箸使えねぇだろ!」

 追いかけっこでカイル宅に向かう二人に、小狼が木に止まった黒い鳥を見つめていた。
 つられたように木を眺めていた名前の肩がふいに重くなる。
 視界の端に黒光りする鋭い嘴がちらついた瞬間、眼前を黒い鳥が飛び出していた。
 ビックリしただろうとでも言いたいのか、短く啼いた黒い鳥は、黒い羽根を散らせ遠くの空へと姿を消した。

 ――上ばかり見ないで
 自分勝手に願った幼い自分が心の中で泣き叫ぶ。
 真っ黒な世界でくすんだ金色の髪が揺れていた。



「――金の髪の姫を見たんですか?」とカイルが目を瞠る。
 カイルの食卓に着いた面々を前に、桜が改めて昨夜の出来事を語っていた。

「ごめんなさい。わたしがあの時外に出ていれば……」
「夢だと思ったんでしょう。雪の中を歩いているドレスの女なんて現実じゃないと思うのは当然です」
 カイルの言葉に名前はあくびまじりに同意した。
 彼女を疑ったかはさておき、見張っていた名前すら信じていなかった。

「町の人達はそう思ってないみたいでしたけどー」とファイが緩んだ顔でパンを千切る。
 朝食にはパンと温かいスープが用意されていた。
 スプーンの持ち方が変な黒鋼がぷるぷると腕を震わす。
 スプーンですくったスープを溢さないことに必死なのか、コートの下でもぞもぞするモコナには知らん顔だった。

「“スピリット”の人達にとって、あの伝説は真実ですから」
「史実ということですか」
 小狼の問いかけにカイルはテーブルの上で握り合わせた手元を見つめた。

「この国“ジェイド国”の歴史書に残っているんですよ。――三百年前にエメロードという姫が実在して、突然王と后が死亡し、その後次々と城下町の子供達が消えた――」
「子供達はその後どうなったと書かれているんですか?」
「“いなくなった時と同じ姿では誰一人帰ってこなかった”と」
「そりゃあ、生きて帰ってこなかった、ともとれるな」
 フォークをくわえた黒鋼が、町人が連想しているであろうことを口にする。

「でも――」
 心の声が漏れた名前は慌てて口をつぐんだが、黒鋼がなんだ、と先を急かした。
「どうして、そんな回りくどい書き方をしたんでしょうか」
 皆の視線が集中する。
「王や后の死に関しては、直接“死亡した”と書かれているのに、子ども達の方だけ町の人達が思っている悪い方にも、そうでない方にもとれます」

「それは?」とカイルが神妙に尋ねた。
「ただ、大人になって帰ってきただけかも知れません。お城ですし、豪奢な衣装でも身に纏っていたのかもしれません」
「確かに、着替えたのなら同じ格好ではないねー」とファイが面白そうに口元をゆがめる。
「そういう問題か?」と黒鋼が呆れたように口にしていた。

「本当のところはわかりませんが、わざわざ表現を変えた意味があるはずです。少なくとも私には、王や后と同じ末路を辿ったとは思えません」

 必死に子ども達を探すランプの灯りが脳裏で揺らぐ。
 殺されたと言う表記を避けるためかもしれないとは言わなかった。
 金の髪の姫がどのような人物か知りはしないが、勝手に人殺しかもしれないと推測されるには判断材料が少なすぎる。
 仮に残酷な答えが伝説の再起に繋がるのなら、これ以上、探しても無意味に近くなる。なら、よりいい方に考えた方がいいのではないだろうか。

「そうですね」とカイルが思い返すように目を伏せる。「城は既に廃墟ですが、その時とあまりに似ているので町の人達が伝説の再現だと思ってしまうのも無理はないんですが……」
 本当のところ真実など、どうでもいいのかもしれない。
 神隠し同様、理解できる範疇を越えているから伝説のせいだと、そう思いたいだけ。行き場のない悲しみと憎悪を向ける対象にしたいだけ。それが伝説の姫だったとしたら、桜の見た姫は何を思っていたのだろう。

「町で金の髪の姫を見た人は他には」
「いません。サクラさんとおっしゃいましたね、貴方が初めてです」
 小狼の質問に返したカイルに桜が不安げな表情を浮かべる。

「その事でグロサムさんが何か言ってくるかもしれません」
「サクラちゃんは初めての目撃者かもしれないものねー」
 ファイが発すると小狼が立ち上がっていた。
「その“シェイド国”の歴史書は読めるでしょうか」



「この国の歴史書が読みたいのは純粋な興味ー?」
「それもありますが、確かめたいことがあって」
 名前達は食事を終え、カイルから聞いた歴史書を持つ町長宅へと向かっていた。

「おっとー、ここだねぇ。お医者さんに教えてもらった町長さんち」
 ファイが戸口に垂れ下がった呼び鈴の紐を引っ張る。
「歴史書はグロサムさんとこにもあるらしいけど、まぁ、あの人は貸してくれそうにないでしょー」
 よほどのことがない限り彼が余所者の手助けをしないと言うのは皆同じ見解だろう。
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