Crying - 702

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 大量の酒瓶をあっという間に空き瓶に変えていくファイと黒鋼を他所に、外に出ていた名前は突如、唸りだした地面に夜叉像が祀られている部屋の方角を見つめた。
 激しい揺れに建物が震える。
 長く続く地震に、酒瓶がかち合う音が響いた。

 静まった地震に、足元に余韻が残る。
 真っ暗な夜空に、明々とした三日月がひとり浮かんでいた。



 翌朝――ファイと黒鋼は大量の空き瓶が散乱した部屋の真ん中で酒を飲んでいた。
「なんか飲み続けてたら朝になっちゃったねぇ」とファイが酒を口に運ぶ。「この国のお酒っておいしーね。幾らでも飲めちゃうなぁ」
「桜都国でのありゃ演技か」
「んん?」
「酔っぱらってただろ、にゃーにゃーと」

「あれは本当ー。っていうかあれ実際にお酒飲んでたワケじゃないでしょー。遊戯内での出来事だし。まぁ、ああいうのも悪酔いって言うのかなぁ。魔術の呪文を無理矢理体ん中にいれられたのと同じ感じになっちゃったんだよー。
 ……あー、納得してない顔だー。胡散臭い奴だなぁって思ってるでしょー」
「ああ」
「やっぱりー。黒りん顔にかいてあるんだもーん」

「だとしても問題ねぇだろ」と黒鋼は一升瓶を煽った。「おまえも、腹割るつもりはねぇみてぇだからな」
「そうでもないかもしれないよ?」
「……蒼石とやらがあの夜叉像の謂れを話していて“阿修羅”の名が出た。その時顔色を変えたのは何でだ?」

 無機質な笑みが張り付けられたまま重い沈黙が流れる。
 話すべきか躊躇っての沈黙ではなく、端から話す気はない。相手が引くことしか求めていない沈黙だった。


 ――コンコン
 ノックにファイがすかさず襖の前に移動する。「はーい!」

「失礼します」
 控えめな蒼石の声がし襖が開かれた。
「昨日は随分揺れましたが大丈夫でしたか?」
「はいー。頂いたお酒も美味しかったですしー」
「よろしかったら朝げをご一緒にいかがですか?」
「あ、ならオレらも是非ー」
 満面の笑みでファイが振り返る。「ね、黒様ー」

 旅を始めた頃からずっとファイは同じことを繰り返している。
 誰にでも平等に優しく気さくな態度を取りながら、深く踏み込まれることを恐れている。
 にも関わらず、わかりやすい反応を見せるのはファイに余裕がないからなのか、気づく人間を求めてのことなのか。
 ――少なくとも“あいつ”はそれに振り回されているらしい。自覚しているのかどうかは微妙だが

「しかし、お酒お強いんですねぇ」
 隣で感嘆する蒼石と共に長い廊下を進んで行く。




「――ん〜これやっぱり難しい〜」
 幾度箸でつかんでも、うなぎのようにするりと逃げてしまういもにファイが根を上げる。
「お箸は苦手ですか?」と、蒼石。
「すみませんー」
「いいえ、お気になさらず。でしたら、ぶすって感じでこう」
「ぶすって感じで」
 蒼石の動作を真似て、ファイがいもを箸で突き刺す。

「蒼石様!」と乱暴に襖が開かれた。
 切迫した様子で叫んだ氏子に、
「お客様が御食事中ですよ」と、蒼石が嗜める。
 その勢いに押されてか、箸に刺さっていたいもが茶碗へと逃げ込んだ。

「すみません! けど遊花区の奴らが! いきなり蹴り飛ばして来やがったんだ! 子供のくせにすげぇ蹴りだったんですよ!」
 ぴくりと二人が反応する。
「その上女だったのに!」


「小狼君かと思ったんだけど違ったみたいだねぇ」
 拍子抜けした様子のファイの横で、黒鋼は黙々と食事を口に運んでいた。

「どこにいるのかなぁ、小狼君達。こうやって会話が通じてるってことはそう遠くないと思うんだけど」
 なおも黒鋼は手を止めない。
「それに、名前ちゃんはどこに行ってるのかなぁ。お酒を見てから逃げるように探索に行っちゃって地震の後から全然帰ってこないし。黒たん、なんでか知ってるー?」

 昨夜、再会してすぐに消えた同行者の行方に黒鋼はようやく手を止めた。
「……遊花区にいるのかもな」
「さっきのが名前ちゃんのしわざだってことー?」
「それはねーな」
「けど、結界が張ってあるって言ってたよねー? 出ることはできても戻ってこれなくなるんじゃ」
「承知の上だろ」

 黒鋼と彼女は面識がない。
 この旅で出会って時々、二人で話しているところを見かけたけれど、特にお互いのことを話し合ってるようには見えなかった。
 それでもなぜか、彼女のことを理解しているのは黒鋼だと感じてしまう。

 この旅で出会う前から彼女のことを知っていたのはオレだけだ。
 例えそれがオレとの記憶じゃなくても。

「……箱の持ち主って、どんな人なんだろうねぇ。それを託したって人も気になるけどー」
「さぁな。――少なくとも今のあいつは箱のことなんざ考えてないだろうがな」
「それって――」
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