Crying - 303
「姫はなんで、んなところで寝てんだよ」
「彼を引き留めようとして、眠ってしまったようですね」
「とりあえず火の側に戻ろうかー。冷えてきちゃったからー」
桜を抱えてファイが立ち上がる。
焚き火の前に腰を下ろすと、膝の上に彼女を寝かせ、側に落ちていた自身の外套をかけていた。
「なにかあったー?」
木の幹に座り込むとファイが言った。
「いえ、特になにも。羽根もまだ」
「んー」
考える間もなく答えた名前に、ファイが困ったように笑う。
「なにか変な――気がかりなことでも?」
「てめぇが残ったことが大概変だがな」
「どう言う意味です?」
「サクラちゃんと小狼君のためでしょー?」
「私はただ探索する気がなかっただけです。羽根の波動が湖からしか感じられないのなら他は」
「そりゃ、小僧の場合だろう」
「意図がよくわかりません」
「“箱”とやらの持ち主を探したいんじゃなかったのか?」
「人の気配もないのでしょう?」
「じゃあ、なんでそんな暗ぇ顔してんだ?」
鋭い視線を送る黒鋼に、気付かなかったなと瞼を閉じる。
「黒鋼が」
「あ?」
「いなくて寂しかった」
瞳を潤ませ、上目づかいに見つめる名前に、怖気走ったらしい黒鋼が身を引いた。
射抜くような視線が薄れ、名前は口の端を持ち上げると、
「嘘です」と瞳をゆがめて笑った。「暗く見えたのはきっと夜のせいですよ」
ふいに湖面が浮き上がり、水中からゴーグルをはめた小狼が顔を出す。
モコナが恐慌した様子で湖のほうへ走り出していた。
「さくらが! さくらがぁー!」
モコナの切羽詰った表情に、小狼が血相変えて飛んで来る。
「よく寝てるのっ」
満面の笑みを浮かべたモコナに、盛大にすっ転んでいた。
「驚いた!? 驚いた!? これもモコナ108の秘密技のひとつ、超演技力!」
呆然とする小狼の頭の上できゃっきゃとはしゃぐモコナが自慢する。
「ほんとにびっくりしたみたいだねぇ」とファイが柔和に口にした。「けどねぇ、きっとこれからもこんなこといっぱいあると思うよ。サクラちゃんが突然、寝ちゃうなんてしょっちゅうだろうし、もっと凄いピンチがあるかもしれない。
でも、探すんでしょうサクラちゃんの記憶を。だったらね、もっと気楽に行こうよ」
「辛いことはね、いつも考えてなくていいんだよ。忘れようとしたって忘れられないんだから」
ファイの表情が哀傷に陰る。まるで今の彼自身が感じていることのようだった。
「君が笑ったり、楽しんだりしたからって、誰も小狼君を責めないよ。喜ぶ人はいてもね」
思案に暮れるように俯いた小狼の顔に、かすかな笑顔が浮かぶ。
「モコナ、小狼が笑ってると嬉しい!」
小狼君の腕にひっついたモコナが見上げ、にへらと笑うファイが自身を指差していた。
「勿論オレも。あ、黒ぴんもだよねー」
「俺にふるな」
黒鋼が無骨に言い放つ。が、否定しないあたり満更でもないのだろう。
ふと小狼と視線が重なり、
「笑いたいなら笑っていていいと思う」
目を細めて微笑んだ名前に、小狼は小さく笑っていた。
「……ん」
目覚めたらしい桜が目を擦る。
「目覚めたー?」
ファイの言葉を余所に、
「小狼君! 小狼君が湖に!」
慌てて立ち上がると、側にいた小狼に気付かずに湖へと一目散に駆け出していた。
「ここにいます!」
湖に飛び込まんばかりの勢いだった桜を小狼が必死に引き止める。
モコナも手助けしようとしたのか、桜の服の裾をつかんだまま宙に浮いていた。
「良かった」
顧みた桜がほっと安堵の息を漏らす。
戻ってくる二人にファイが、物静かに口にした。
「あのねサクラちゃん。これからどんな旅になるか分かんないけどさぁ、記憶が揃ってなくて不安だと思うけど、楽しい旅になるといいよね」
徐に立ち上がったファイに、名前もまた背筋を伸ばす。
「せっかくこうやって出会えたんだしさ」
「はい」と全員の顔を見つめて桜が微笑んだ。「まだよく分からないことばかりで足手まといになってしまうけど、でも出来ることは一生懸命やります。よろしくお願いします」
素直と謙虚なのは、小狼とよく似ている。
律儀にお辞儀した桜に、名前は二人を見比べていた。
「そういえば湖の中大丈夫だったー? すごい光ってたけどー」とファイが小狼に話を振る。
「あ!」と思い出したように小狼が湖を指差していた。「町があったんです!」
湖の奥底に一メートルほどの小さな町が存在し、その上を通る大きな光る魚がその町の太陽の役を担っているのだと話す小狼の瞳は爛々と輝いていた。
「なるほどー。この国の人達は湖の中にいるんだねー」とファイが感嘆する。
「強い力、このウロコから出てる力と同じ」
足元には三十センチ程度の一枚の鱗が置かれ、清らかな光を発していた。
「ということは姫の羽根は」
小狼の問いにモコナは首を振った。
「これ以外に強い力感じない」
「ないってことかー」
「うん」
「無駄足かよ」と退屈げに黒鋼があくびをこぼす。
「でも小狼君楽しそう」
微笑みかける桜に、小狼はどこか誇らしげな屈託のない笑みを返していた。
「まだ知らなかった不思議なものをこの目で見れましたから」
小狼が外套を羽織り、ファイが桜に自身の外套をかけるとモコナが浮かび上がった。
羽根を生やし、魔方陣を敷いたモコナが口を開く。体を包み込む風に名前は目を閉じた。
「彼を引き留めようとして、眠ってしまったようですね」
「とりあえず火の側に戻ろうかー。冷えてきちゃったからー」
桜を抱えてファイが立ち上がる。
焚き火の前に腰を下ろすと、膝の上に彼女を寝かせ、側に落ちていた自身の外套をかけていた。
「なにかあったー?」
木の幹に座り込むとファイが言った。
「いえ、特になにも。羽根もまだ」
「んー」
考える間もなく答えた名前に、ファイが困ったように笑う。
「なにか変な――気がかりなことでも?」
「てめぇが残ったことが大概変だがな」
「どう言う意味です?」
「サクラちゃんと小狼君のためでしょー?」
「私はただ探索する気がなかっただけです。羽根の波動が湖からしか感じられないのなら他は」
「そりゃ、小僧の場合だろう」
「意図がよくわかりません」
「“箱”とやらの持ち主を探したいんじゃなかったのか?」
「人の気配もないのでしょう?」
「じゃあ、なんでそんな暗ぇ顔してんだ?」
鋭い視線を送る黒鋼に、気付かなかったなと瞼を閉じる。
「黒鋼が」
「あ?」
「いなくて寂しかった」
瞳を潤ませ、上目づかいに見つめる名前に、怖気走ったらしい黒鋼が身を引いた。
射抜くような視線が薄れ、名前は口の端を持ち上げると、
「嘘です」と瞳をゆがめて笑った。「暗く見えたのはきっと夜のせいですよ」
ふいに湖面が浮き上がり、水中からゴーグルをはめた小狼が顔を出す。
モコナが恐慌した様子で湖のほうへ走り出していた。
「さくらが! さくらがぁー!」
モコナの切羽詰った表情に、小狼が血相変えて飛んで来る。
「よく寝てるのっ」
満面の笑みを浮かべたモコナに、盛大にすっ転んでいた。
「驚いた!? 驚いた!? これもモコナ108の秘密技のひとつ、超演技力!」
呆然とする小狼の頭の上できゃっきゃとはしゃぐモコナが自慢する。
「ほんとにびっくりしたみたいだねぇ」とファイが柔和に口にした。「けどねぇ、きっとこれからもこんなこといっぱいあると思うよ。サクラちゃんが突然、寝ちゃうなんてしょっちゅうだろうし、もっと凄いピンチがあるかもしれない。
でも、探すんでしょうサクラちゃんの記憶を。だったらね、もっと気楽に行こうよ」
「辛いことはね、いつも考えてなくていいんだよ。忘れようとしたって忘れられないんだから」
ファイの表情が哀傷に陰る。まるで今の彼自身が感じていることのようだった。
「君が笑ったり、楽しんだりしたからって、誰も小狼君を責めないよ。喜ぶ人はいてもね」
思案に暮れるように俯いた小狼の顔に、かすかな笑顔が浮かぶ。
「モコナ、小狼が笑ってると嬉しい!」
小狼君の腕にひっついたモコナが見上げ、にへらと笑うファイが自身を指差していた。
「勿論オレも。あ、黒ぴんもだよねー」
「俺にふるな」
黒鋼が無骨に言い放つ。が、否定しないあたり満更でもないのだろう。
ふと小狼と視線が重なり、
「笑いたいなら笑っていていいと思う」
目を細めて微笑んだ名前に、小狼は小さく笑っていた。
「……ん」
目覚めたらしい桜が目を擦る。
「目覚めたー?」
ファイの言葉を余所に、
「小狼君! 小狼君が湖に!」
慌てて立ち上がると、側にいた小狼に気付かずに湖へと一目散に駆け出していた。
「ここにいます!」
湖に飛び込まんばかりの勢いだった桜を小狼が必死に引き止める。
モコナも手助けしようとしたのか、桜の服の裾をつかんだまま宙に浮いていた。
「良かった」
顧みた桜がほっと安堵の息を漏らす。
戻ってくる二人にファイが、物静かに口にした。
「あのねサクラちゃん。これからどんな旅になるか分かんないけどさぁ、記憶が揃ってなくて不安だと思うけど、楽しい旅になるといいよね」
徐に立ち上がったファイに、名前もまた背筋を伸ばす。
「せっかくこうやって出会えたんだしさ」
「はい」と全員の顔を見つめて桜が微笑んだ。「まだよく分からないことばかりで足手まといになってしまうけど、でも出来ることは一生懸命やります。よろしくお願いします」
素直と謙虚なのは、小狼とよく似ている。
律儀にお辞儀した桜に、名前は二人を見比べていた。
「そういえば湖の中大丈夫だったー? すごい光ってたけどー」とファイが小狼に話を振る。
「あ!」と思い出したように小狼が湖を指差していた。「町があったんです!」
湖の奥底に一メートルほどの小さな町が存在し、その上を通る大きな光る魚がその町の太陽の役を担っているのだと話す小狼の瞳は爛々と輝いていた。
「なるほどー。この国の人達は湖の中にいるんだねー」とファイが感嘆する。
「強い力、このウロコから出てる力と同じ」
足元には三十センチ程度の一枚の鱗が置かれ、清らかな光を発していた。
「ということは姫の羽根は」
小狼の問いにモコナは首を振った。
「これ以外に強い力感じない」
「ないってことかー」
「うん」
「無駄足かよ」と退屈げに黒鋼があくびをこぼす。
「でも小狼君楽しそう」
微笑みかける桜に、小狼はどこか誇らしげな屈託のない笑みを返していた。
「まだ知らなかった不思議なものをこの目で見れましたから」
小狼が外套を羽織り、ファイが桜に自身の外套をかけるとモコナが浮かび上がった。
羽根を生やし、魔方陣を敷いたモコナが口を開く。体を包み込む風に名前は目を閉じた。