Crying - 202

≪Prav [19/72] Next≫
「この街にも早く暗行御史(アメンオサ)が来てくれればいいんだが……」
 やつれきった店主らしき女の声にやるせなさが波紋のように広がる。
 春香は悔しげに歯を食い縛っていた。

 不意にこちらを向いた大きな瞳が名前達を映し出す。と、平坦の声で春香は言った。
「ヘンな格好」

「あはははははー」と真っ先に笑い出したファイが黒鋼を指差す。「ヘンだってー、黒りんの格好ー!」
「黒鋼へんー」とモコナがファイの頭上で指差し、
「まぁ、変ですね」と名前もまた同意した。
「俺がヘンならおまえらもヘンだろ!」

 黒鋼が突っ込むのを、しばし呆然と見つめていた春香はハッとし声高に言った。「おまえ達、ひょっとして!」
「来い!」と言うや否や、目の前にいた桜の手を取り走り出す。
 眠たげに眼を擦る桜は、よくわからないまま引っ張られてしまっていた。

「あ! 待って下さい!」
 慌てた小狼が、手にしていた商品を戻して桜達を追う。
「なんか忙しいねぇ」
 ファイが悠長にそれを追いかけ、
「めんどくせー!」
 黒鋼が怠惰そうにその後に続いた。

 名前は両手一杯に持った商品を戻して、立ち止まる。
 ――まだ残ってた
 隅っこに転がっていた商品に手を伸ばそうとして、背後から襟首を掴まれた。
「てめぇも行くんだろうが!」
「あ、黒サマ」
「黒鋼だっ!」
 耳元で怒鳴った黒鋼に名前は片目を瞑った。


 あっという間に春香に追いついた黒鋼と共に、平屋建ての建物の奥に通され、座るよう促される。
 部屋の奥の中央に春香が、向き合うように小狼と桜が並んで座っていた。小狼の頭の上にはモコナが乗っている。
 三人の右斜め後ろにファイがしゃがみ込み、左斜め後ろに黒鋼と名前が座っていた。

「おい、いい加減降りろ!」
 背中にへばりついていた名前を黒鋼が乱雑に引き剥がす。
 あっけなく床に転がった名前は、寝そべったまま三人の会話に耳を傾けた。

「あ、あの、ここは……」
「私の家だ」
「どうして急に……」
 戸惑う小狼を余所に、大人二人は好き勝手やっていた。
 ファイは飾られた鏡を物珍しそうに眺め、黒鋼は所持していたマガニャンを熟読している。

「おまえ達、言うことはないか?」
「え? え?」
「ないか!?」
「いや、あのおれ達はこの国には来たばかりで、君とも会ったばかりだし……」
 唐突に問われてたじろぐ小狼の声が耳に入ってくる。
 にじり寄り顔をぐっと近づける春香に、小狼は冷や汗をかきながら後ずさっていた。

「ほんとにないのか!?」
「ない、んだ……け……ど」
 真剣な顔で問い質す春香に、押され気味に小狼が答える。
「がんばれ! 小狼!」
 モコナの声援が背後から飛んでいた。

「何を期待しているのかわからないけれど、本当に何も知らないと思う」
 寝そべったまま名前は視線だけ春香に向けた。
 黒い瞳がぶつかり合い、静かに火花を散らす。
 名前は見つめている黒い瞳に他の誰かを見ていた。

 なにやら独り合点がいったらしい、春香の口から大きなため息がこぼれた。
「良く考えたら、こんな子供が暗行御史なわけないな」
「あめんおさ?」と桜が目を擦る手を止める。
「暗行御史はこの国の政府が放った隠密だ。それぞれの地域を治めている領主達が私利私欲に溺れていないか、圧政を強いてないか、監視する役目を負って諸国を旅している」

「ひゃっほーい! 水戸黄門だー!」とモコナが奇声を上げて飛び跳ねた。
「みと?」と小狼が首を傾げる。
「侑子は初代の黄門様が一番好きなんだって!」

「さっきから思ってたんだけど、なんだ、それは? なんでまんじゅうがしゃべってるんだ?」
 不可解げにモコナを見つめる春香に、ご機嫌なモコナが飛びついた。
「モコナはモコナー!」
 いきなり飛んできたモコナに春香は、驚きのあまり飛び退いていた。

 場を和ますようにファイが繕う。
「まぁ、マスコットだと思ってー。もしくは、アイドル?」
「モコナ、アイドルー」
 くるくると回るモコナに名前はだらだらと身を起こした。
「愛くるしいのは事実ですね」

「オレ達をその暗行御史だと思ったのかな。えっと……」
「春香」
「春香ちゃんね。オレはファイ。で、こっちが小狼君。こっちがサクラちゃん。で、そっちが名前ちゃんと、黒ぷー」
「黒鋼だっ!」
≪Prav [19/72] Next≫

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -