Crying - 115

≪Prav [17/72] Next≫
「戦うことだけが強さじゃない。誰かのために一生懸命になれることも立派な強さです」
「有り難うございます!」
 感極まってあふれ出た涙を拭った正義に、
「よう」
「笙悟さん!」
 予想外の再会に正義が目を丸くする。

 モコナと急奪戦を繰り広げていた黒鋼が店内を顧み、名前もつられて振り返った。
 陽気なゴーグルの集団が店を占拠しているように見える。活気が上がった店内の至るところで注文が相次いでいた。
「あ」と名前の声に黒鋼が反応する。
 黒鋼の箸からはお好み焼きが消えていた。その傍らで、モコナが満足そうになにかを頬張っている。

「うちのチームの情報網も捨てたもんじゃねぇな。あ、ここちょっと詰めてくれな」と笙悟が正義の隣に腰を下ろしながら、注文を投げかけた。「あ、俺も豚モダン。んで虎コーラ」
「はーい。豚モダン一枚よろしく、王様!」
 笑いながら雪兎が桃矢につなぐ。
「だからヤメロって」
 大勢の熱視線を受ける彼はずっと王様だろうなと名前は、感慨深げに見つめていた。

「ケガとか大丈夫か?」と笙悟が小狼に問いかける。
「はい」と立ち上がった小狼は頭を下げていた。「戦いの途中ですみませんでした」
「いや、あの状態じゃ仕方ねぇだろ。それにあのバトルは完全に俺の負けだ」

 隣で悲鳴を上げたモコナに、名前が首を回らす。
 黒鋼がモコナの両耳をつかみ鉄板に近づけていた。目をめきょっと見開いたモコナが手を慌ただしく上下させる。今にも焼かれてしまいそうなモコナに名前は思わず手を伸ばした。

 黒鋼の手がピタッと止まる。
 モコナは相変わらず悲鳴を上げたままだ。
 名前は一人頷くと、手を引っ込めた。
 ――後遺症かな


 全員が食事を終えたのを期に、店を後にする。
「いつまで阪神共和国にいるんだ?」
 店前で笙悟が言った。
「もう次の世界――いえ、国に行かなければならないんです」
「そっか。バトルだけじゃなく、あちこち案内してやったりしたかったんだけどな。プリメーラも残念がるな」

 名残惜しげに差し出された笙悟の手を小狼が握り返す。手放した手を今度は小狼が正義に差し出していた。
「またこの国に来たら会いに来ます。必ず」
「元気でー!」

 二人との再会を誓って、下宿屋へと歩を進める。
 通路の一角にある書店で黒鋼が、マガニャンなる雑誌を手にしていると、後ろから歓声が上がった。
 同時に顧みた小狼の顔がほころぶ。
 小さくなったお好み焼き屋の前に立つ正義の頭の上には、ぶかぶかのゴーグルが載っていた。


 下宿屋に着いて早々、名前達は一様に元の服へと着替えた。
 もうこの世界に羽根はない。全員の願いをかなえるためには、どうしたって留まってはいられないのだ。
 とは言え、感傷に浸るほどの思い入れがあるわけでもなかった。
 それぞれの旅の決意がかいつまんで見れた程度だろう。

 配された部屋の片隅に眠っていた箱は、相変わらず身勝手な時を刻んでいる。
 次元の魔女は、いずれその時が来れば持ち主が誰なのかわかると言っていた。
 黒鋼は多分、本当に知らないだろう。
 それにもし、本当に彼の持ち物なら容易く奪い取れるはずなのだ。

 ――するわけもないか。
 無愛想で粗野に見える癖にどこか優しい奇妙な人間。
 戦う意思のないものから奪い取るのは彼の意思に反するのかもしれない。
 箱を片手に立ち上がる。

 ファイもきっと知らないだろう。
 少なくとも剥がれない仮面の上では、それが真実だった。


 身支度を整えた名前が下宿屋を出た時には、既にみんな集まっていた。
 目覚めたばかりの桜はぼんやりと立ち尽くしている。
「もう行くんか」
 空汰が寂しさを滲ませて言った。

「はい」と小狼が頷く。
「まだまだわいとハニーの愛のコラボ料理を堪能させてへんのにー」
 空汰はことのほか大げさに悔しがって見せていた。
 茶化してはいても、寂しいのだろう。
 嵐に財布を返す小狼を見て、名残惜しそうに笑っていた。

「大丈夫ー?」
「まだ、ちょっと眠いだけだから……」
 ファイの問いに答えながらも、眠たげに瞼を擦る桜に小狼の表情が陰る。
「下を向くな。やらなきゃならねぇことがあるんなら、前だけ見てろ」
 ぶっきらぼうに口にした黒鋼に、小狼は顔をもたげた。

 不意にモコナの背中に翼が現れ、足元に魔法陣が広がる。呼応するように吹きつけた風が、五人を囲うように渦巻きだした。
 風に吹かれて名前の髪が翻る。
 怖かったわけじゃない。逃げようとしたわけじゃない。
 ただ、後退さった体はファイの体とぶつかった。

「大丈夫だよー」とファイがへらりと笑う。「移動するだけだからー」
「――」
 口にした消え入りそうなほど小さな声に、小狼の声が重なった。

「ほんとうに有り難うございました」
「なんの! 気にするこたぁない」
「次の世界でもサクラさんの羽根が見つかりますように」
 笑顔で見送る空汰と嵐に、遅ればせながら名前は頭を下げた。
 モコナが大きく口を開くと同時に、風に溶け込むように体が吸い込まれる。

 ――ありがとう。
 誰に届くこともなく消えていく言葉に、名前は薄く笑った。


 視界が移ろい、何もない空間が辺りに広がる。どこからか灯りが洩れているのか、自身の姿も見て取れ、真っ暗ではないことに安堵した。
 ここはどこなのだろう。ただひたすらに流されていく体を無気力に見送る。

「気づきたくないものは見えないし」
 慌てて口に手を当てる。
 動いているはずもない。そもそも自分の声ではなかった。
 それでも、なぜだか自分の中から発せられたように聞こえた。

「聞きたくないものはわからない」
 幼い声が胸を熱くする。
「今の君たちにとってはそれが一番いいのかもしれない」
 発光した胸から飛び出した巧断に、
「“たち”って誰?」
 聞いてみたけれど、来た道を辿るように消えていく彼から返答が返ってくることはなかった。

 “わからなかった”わけでないのなら――
≪Prav [17/72] Next≫

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -