Crying - 113
「小狼君ー!」と悲痛の声を上げた正義が狼狽する。「大変だ! 小狼君が流された!」
「小狼、いるよー」
「え!?」
モコナの声に、正義が目を凝らした。
激流に飲み込まれたかに見えた小狼は凛然とその場に留まっていた。球体のように小狼を覆った焔が荒波すらも打ち消したのだろう。彼の周辺だけ白く靄がかっていた。
「すごい……」と意気消沈した正義がその場にへたり込む。「外国から来たって言ってたのに、もう、あんなに巧断を使いこなしてる」
悔しそうに握りしめた手が白む。
「僕も強くなりたい。あんな風に――強く!」
歯を食いしばる正義を見つめていた名前は、ハッと顧みた。
先の攻撃の余震で脆くなっていた部分が崩れたのだろう。城の屋根が瓦解し出していた。
落下してくる破片に正義が立ち上がる。
崩壊する振動で、すぐ側にいたプリメーラが悲鳴を上げた。
「だめだ! 一人で逃げてちゃ! 守らなきゃ!」
へたり込んだまま蹲り震えるプリメーラを庇うように正義が覆いかぶさる。
その正義を庇うように幼い巧断が立ち塞がっていた。
剥がれ落ちた瓦や木片が次々に降り注ぐ。
名前はモコナを抱きしめた。
「強くなるんだー!」
正義の感情が昂った瞬間、まばゆい光が目を突き刺した。
光で眩んだ視界に大きな影が落ちる。
大仏のように大きな手が崩れていく城の上部を抑えていた。
巨大化した正義の巧断に、腕の中にいたモコナが目を見開く。
「あった! 羽根! この巧断の中!」
巧断が一番、力を発揮するのは憑いた相手が危機に陥ったとき。
最初にモコナが感じたのは、多分、小狼が彼を庇った時だ。二度目は彼が城から落ちた時。三度目が今。崩れていく城から守るため。
羽根はずっと傍にあった。
巨大化した巧断が正義を手に収める。
プリメーラが、正義を放すよう華奢な腕で巨大な手を叩くが、呆気なく城から手が離れた。
息を吸い込むように口を開いた巧断の口に光があふれていく。
突如、放たれた光線が城の上部を穿ち、衝撃でプリメーラが吹き飛ばされた。
空中に投げ出され落下していく彼女を間一髪、エイに乗った笙悟が受け止める。モコナも一緒らしい。
名前は吹き飛ばされる寸前、蔦に腕を引っ張られ、二段下の屋根に放り出されたため難を逃れていた。
無作為に放射し出した巧断に、小狼達も巧断を使って場所を移したらしい。
「止まれー! 止まれってばー!」
巨大化した自身の巧断に向かって叫ぶ正義に、名前は眉をひそめた。
――制御できてないのか
どこで打ち付けたのか、痛む頭を押さえて立ち上がる。
と、巨大化した巧断の動きを制するように蔦がからみついた。巻きついた蔦を引き千切ろうと巧断が蔦を引っ張るが、思うように解けないらしい。
このまま止まれば――そう思った瞬間、体を手で薙ぎ飛ばされた。
腹部に走った衝撃に、息が詰まりそうになる。
「――っ!」
体勢を立て直す間もなく、城壁に叩きつけられた。
酷い鈍痛が体を重くする。直撃したら死んでいたかもしれない。
衝突した壁を覆い尽くすように幾重にも絡み合った蔦がクッションの役割を果たしていた。
「逃げてくださいっ!」
正義の悲鳴に近い声が耳を打つ。必死に止めようと巧断の腕にしがみつく正義の姿が大きくなる光に飲み込まれた。
――避けられない
間近に迫った目を抉るような眩しい光線に固く目を瞑った。
刹那――瞼に影が落ちる。
眼前を絡まり合う無数の蔦が遮っている。放たれた光線を受け止めてくれているのか、蔦が二重に三重に折り重なっては呆気なく引き千切れた。その度に痛烈な痛みが体を貫く。当たってもいないのに体中が焼けるように熱い。
意識が朦朧とする中、誰かに横から腕を引っ張られた。
途端に蔦が解け、障壁をなくした光線が城壁を打ち砕く。飛び散った破片が眼前を通り過ぎた。
飛散した破片が地面を転がる。
なおも引き寄せるその手の温度に、胸がざわついた。
「ファイ……」
答えのないファイの手に力が籠る。
それがなにを意味しているのか、今の名前にとっては知る由もないことで、わざわざ顔を上げてファイの顔を見ようとはしなかった。触れてはならないことのように思えたし、見たらきっと自分自身が困ることになるのを薄々、感じていたからかもしれない。
だから振り返りもせずに、正義が痛みを堪えて羽根を差し出すのを、小狼が火傷を顧みずに巧断の中から羽根を取り出すのを、じっと黙って見つめていた。
「雨だ」
笙悟の巧断によって降り注ぐ人工雨が、建物に引火した炎をかき消していく。
肌に触れる冷たい感触に、名前はふと不安に駆られた。
「寝てたりしませんよね?」
返答はないものの、否定するようにファイの肩が震えた。
――よかった起きてる
ほっと安堵の息をこぼすと、ファイが至極おかしそうに笑い出した。
「あははー、さすがに外じゃ寝ないよー」
何がおかしいのか、腹を抱えて笑い転げるファイに眉根を寄せる。
「起きてたのなら、さっさと離してください」
あっさりと解放したファイと向き合うと、ファイはいつも通りに緩く笑っていた。
「羽根、手に入れたみたいですね」
鎮火する火とともに、この世界での羽根探しは幕を閉じる。
「さくらの羽根……、さくらの記憶……、ひとつ取り戻した……」
必死につかみ取った羽根を、大事そうに握りしめる小狼を名前は静かに見つめていた。
「小狼、いるよー」
「え!?」
モコナの声に、正義が目を凝らした。
激流に飲み込まれたかに見えた小狼は凛然とその場に留まっていた。球体のように小狼を覆った焔が荒波すらも打ち消したのだろう。彼の周辺だけ白く靄がかっていた。
「すごい……」と意気消沈した正義がその場にへたり込む。「外国から来たって言ってたのに、もう、あんなに巧断を使いこなしてる」
悔しそうに握りしめた手が白む。
「僕も強くなりたい。あんな風に――強く!」
歯を食いしばる正義を見つめていた名前は、ハッと顧みた。
先の攻撃の余震で脆くなっていた部分が崩れたのだろう。城の屋根が瓦解し出していた。
落下してくる破片に正義が立ち上がる。
崩壊する振動で、すぐ側にいたプリメーラが悲鳴を上げた。
「だめだ! 一人で逃げてちゃ! 守らなきゃ!」
へたり込んだまま蹲り震えるプリメーラを庇うように正義が覆いかぶさる。
その正義を庇うように幼い巧断が立ち塞がっていた。
剥がれ落ちた瓦や木片が次々に降り注ぐ。
名前はモコナを抱きしめた。
「強くなるんだー!」
正義の感情が昂った瞬間、まばゆい光が目を突き刺した。
光で眩んだ視界に大きな影が落ちる。
大仏のように大きな手が崩れていく城の上部を抑えていた。
巨大化した正義の巧断に、腕の中にいたモコナが目を見開く。
「あった! 羽根! この巧断の中!」
巧断が一番、力を発揮するのは憑いた相手が危機に陥ったとき。
最初にモコナが感じたのは、多分、小狼が彼を庇った時だ。二度目は彼が城から落ちた時。三度目が今。崩れていく城から守るため。
羽根はずっと傍にあった。
巨大化した巧断が正義を手に収める。
プリメーラが、正義を放すよう華奢な腕で巨大な手を叩くが、呆気なく城から手が離れた。
息を吸い込むように口を開いた巧断の口に光があふれていく。
突如、放たれた光線が城の上部を穿ち、衝撃でプリメーラが吹き飛ばされた。
空中に投げ出され落下していく彼女を間一髪、エイに乗った笙悟が受け止める。モコナも一緒らしい。
名前は吹き飛ばされる寸前、蔦に腕を引っ張られ、二段下の屋根に放り出されたため難を逃れていた。
無作為に放射し出した巧断に、小狼達も巧断を使って場所を移したらしい。
「止まれー! 止まれってばー!」
巨大化した自身の巧断に向かって叫ぶ正義に、名前は眉をひそめた。
――制御できてないのか
どこで打ち付けたのか、痛む頭を押さえて立ち上がる。
と、巨大化した巧断の動きを制するように蔦がからみついた。巻きついた蔦を引き千切ろうと巧断が蔦を引っ張るが、思うように解けないらしい。
このまま止まれば――そう思った瞬間、体を手で薙ぎ飛ばされた。
腹部に走った衝撃に、息が詰まりそうになる。
「――っ!」
体勢を立て直す間もなく、城壁に叩きつけられた。
酷い鈍痛が体を重くする。直撃したら死んでいたかもしれない。
衝突した壁を覆い尽くすように幾重にも絡み合った蔦がクッションの役割を果たしていた。
「逃げてくださいっ!」
正義の悲鳴に近い声が耳を打つ。必死に止めようと巧断の腕にしがみつく正義の姿が大きくなる光に飲み込まれた。
――避けられない
間近に迫った目を抉るような眩しい光線に固く目を瞑った。
刹那――瞼に影が落ちる。
眼前を絡まり合う無数の蔦が遮っている。放たれた光線を受け止めてくれているのか、蔦が二重に三重に折り重なっては呆気なく引き千切れた。その度に痛烈な痛みが体を貫く。当たってもいないのに体中が焼けるように熱い。
意識が朦朧とする中、誰かに横から腕を引っ張られた。
途端に蔦が解け、障壁をなくした光線が城壁を打ち砕く。飛び散った破片が眼前を通り過ぎた。
飛散した破片が地面を転がる。
なおも引き寄せるその手の温度に、胸がざわついた。
「ファイ……」
答えのないファイの手に力が籠る。
それがなにを意味しているのか、今の名前にとっては知る由もないことで、わざわざ顔を上げてファイの顔を見ようとはしなかった。触れてはならないことのように思えたし、見たらきっと自分自身が困ることになるのを薄々、感じていたからかもしれない。
だから振り返りもせずに、正義が痛みを堪えて羽根を差し出すのを、小狼が火傷を顧みずに巧断の中から羽根を取り出すのを、じっと黙って見つめていた。
「雨だ」
笙悟の巧断によって降り注ぐ人工雨が、建物に引火した炎をかき消していく。
肌に触れる冷たい感触に、名前はふと不安に駆られた。
「寝てたりしませんよね?」
返答はないものの、否定するようにファイの肩が震えた。
――よかった起きてる
ほっと安堵の息をこぼすと、ファイが至極おかしそうに笑い出した。
「あははー、さすがに外じゃ寝ないよー」
何がおかしいのか、腹を抱えて笑い転げるファイに眉根を寄せる。
「起きてたのなら、さっさと離してください」
あっさりと解放したファイと向き合うと、ファイはいつも通りに緩く笑っていた。
「羽根、手に入れたみたいですね」
鎮火する火とともに、この世界での羽根探しは幕を閉じる。
「さくらの羽根……、さくらの記憶……、ひとつ取り戻した……」
必死につかみ取った羽根を、大事そうに握りしめる小狼を名前は静かに見つめていた。