Crying - 112

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「何やってんだ? プリメーラ」
 仲間を引き連れ塀の上に立つゴーグルの青年が、城に向かって声を張り上げる。
「笙悟君!」
 どうやらさっき叫んでいた女の子と知り合いらしい。
 城の天辺に立つ、スタイル抜群の髪の長い女の子が困惑気に答えていた。

「おまえ仕事だろ。アイドルだろ。コンサートどうしたんだよ」
「だってー! 笙悟君全然遊んでくんないんだもんー! それにまだ時間大丈夫だもん! 会場そこの阪神ドームだし!」
 ファイの手を借りて立ち上がり、不満げに頬を膨らませたプリメーラに笙悟が呆れたように城の天辺を指差した。

「それにしたって何、文化財壊してんだよ。知らないぞー。怒られるぞー」
「笙悟君のほうこそいっつもアチコチ壊してるじゃない! 何よーぅ!」
「なにぃっ!」
 揉めだした二人に、下からすすり泣く声が聞こえてくる。

 名前達を連行した男達が城の手前に密集していた。無数の頭が蠢いている。
 どうやらプリメーラのファンらしい。
 プリメーラが、笙悟が自分と遊んでくれないことを寂しいと感じているらしく、ファンの連中はそれに同調して泣いているらしいのだが、てんで意味が分からない。
 二人は二人で未だに口論を続けていた。

「ナワバリ内で騒ぎになってるっつうから来てみれば! 俺は学校と実家の手伝いで忙しいんだよ! 近所に住んでるんだから知ってるだろ! 今も配達中だったんだぞ!」

「でもさびしいんだもーん! だから、笙悟君が気に入ったって子をチームごとうちのファンクラブに入れたら、その子に会うついでに遊んでくれるかなーって!」
 城の天辺に移動したエイ型の巧断から、モコナを抱いた名前と正義がプリメーラの側に飛び降りる。

「っていうか違うし。あほか」
「わ――ん!」
 泣き出したプリメーラに名前はようやく状況が呑み込めた。
 側にいる正義は人違いで拉致されてしまったらしい。おまけの名前は言わずもがなだった。


「小狼ー! 小狼ー!」
 腕の中でモコナが必死に飛び跳ねる。
「モコナ! その目!」
「ある! 羽根がすぐそばにあるー!」

「どこに!? 誰が持ってる!?」
「分かんないー! でも、さっきすごく強い波動感じたのー!」
 落下する最中、現れた巧断は極わずかだ。
 その中で一番強いのは笙悟だろう。でも――

 小狼たちの元へ移動した笙悟に小狼が前へ進み出る。
 二人の会話がかすかに聞こえてきた。
「おまえ、強いだろ。腕っぷしが強いとかじゃなく、ここが」と笙悟が自身の胸を指差す。「だからお前とやり合ってみたかったんだよ。巧断で」

 巧断が憑いている者を守るのなら、一番力を発揮するのは宿主を守るとき。戦わなければ、羽根のありかはわからない。
 小狼の隣には炎の毛並を立ち上らせた狼らしき巧断が現れていた。

「その申し出、受けます」
「おまえら、手出すなよ」
 ゴーグルをかけ、背後に控えていた仲間に向かって笙悟が言い放つと、
「FOWOOO!」と 歓声が沸き立った。

 両者が対峙し、二匹の巧断が身構える。
 笙悟が声を張り上げた。
「READY! GO!」
 合図と同時に噴き出した水と炎が轟音を立てて衝突する。

 消火と蒸発、互いに飲み込もうとうねり合い、衝突による熱風や蒸気で視界が曇る中、落下してきた瓦礫を小狼は瞬時に蹴り砕いた。
「モコナ! 羽根の波動は!?」と小狼が口早に問いかける。
「感じるけど、まだ誰か分からない!」
 モコナは苦悶の表情を浮かべていた。


 ――まだ、足りない。
 相手に余裕がある限り、羽根は強くならない。
 拮抗している二人の力に、名前は身を乗り出した。

 笙悟の巧断を一瞥した小狼が、まっすぐ笙悟を見据え拳を突き出す。
 きっと彼は諦めたりしないのだろう。たった一人でも、羽根を探し出そうと決意していたように。消えてしまいそうなほど儚げな少女が、目を覚ましてくれると信じて。
 勢いを増した炎が笙悟めがけて突進する。迸る紅蓮の炎は小狼の願いに呼応するように強さを増していた。

 笙悟とて、対等の相手だからこそ負ける気はないのだろう。引けを取らぬほどの水撃が小狼の炎を押し返す。
 揺るがない想いは小狼の方が強いのかもしれない。
 押し返す水撃を飲み込んだ紅蓮の炎は、爆発音とともに笙悟の体を吹き飛ばした。

「笙悟君!」
 隣からプリメーラの声が響く。
 エイ型の巧断に包み込まれ、水のクッションによって衝撃を緩和した笙悟が近くの塀に降り立った。

「すげー。ここまで吹っ飛んだの初めてだぜ、俺」
「笙悟君ー!」
「だーいじょうぶだから、叫ぶなって! のどイカレんぞ。コンサート前に」
「し、心配してないもーん!」
 笙悟に茶化され、真っ赤になってプリメーラが否定する。

「まじで強いな、シャオラン。巧断は心で操るもの。何でそんなに強いんだろうな」
「やらなきゃならないことがあるんです」
 静かな炎を宿した揺るぎない瞳が、巧断の炎を燃え上がらせる。
「なるほど……、みんな逃げろよ!」
 不敵に笑った笙悟に、仲間が四散する。
 それを見とめて、笙悟は口を開いた。


「SET! ――GO!」
 高波の如く迫り上がった水が堰を切ったように溢れ出し、激流が小狼を飲み込んでいく。
 すざましいほどの放流に地鳴りが轟き、振動する城に名前達は屋根にしがみついた。
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