Crying - 104
「さて この国のだいたいの説明は終わったな」
「あれでかよ」と黒鋼が一人ごちる。
「で、どうや。この世界にサクラちゃんの羽根はありそうか」
腰を曲げた空汰にモコナが目を閉じた。
「ある。まだずっと遠いけどこの国にある」
「探すか、羽根を」
「はい!」と小狼が深く頷いた。
「兄ちゃんらも同じ意見か?」
「とりあえず――」
ゆるんだ笑顔でファイが同意し、黒鋼は仏頂面でモコナを見下ろした。
「移動したいって言や、するのかよ。その白いのは」
「しない。モコナ、羽根が見つかるまでここにいる」
むくれた黒鋼に、名前は、
「意外です」と立ち上がり上目遣いに見上げた。「武力で訴えないのですか」
心外だったのか、黒鋼が複雑そうな表情を浮かべていた。
「移動しねぇつってんなら、何したって無駄だろ」
「それはそうですが……」
簡単に不満を口にするのに、変なところ素直な黒鋼を推し量ろうとしていた名前は突然、頭を押さえつけられた。
「なんなんですか」
軽く口の端を持ち上げてドアの方へ向かう黒鋼の不可解さに、名前は眉間にしわを寄せた。
「よっしゃ、んじゃ、この世界におるうちはわいが面倒みたる! 侑子さんには借りがあるさかいな」
腰を伸ばした空汰が嵐の手を握ると、嵐の頬がほんのり赤らんでいた。
「ここは下宿や、部屋はある。次の世界へ行くまで下宿屋(ここ)に住んだらええ」
ホワイトボードを押しながら部屋を出ていく空汰に、小狼が礼を述べる。
「もう夜の十二時過ぎとる。そろそろ寝んとな。部屋案内するで」と思い出したように空汰が部屋全体に視線を向ける。「おっと、ファイと黒鋼は同室な」
全く真逆の反応の二人を無視して、空汰はホワイトボードを外へ出していた。
「なんでこんな得体がしれねぇやつと!」
「得体は知れてるよー。名乗ったでしょー」
「モコナも名乗ったー」
「てめぇはさらに得体がしれねぇ」
「嬢ちゃんは別室な」と部屋の外からくぐもった声が届いた。
黒鋼と目が合い、
「代わりますか?」と淡々と口にする。
黒鋼は若干揺らいだのか物言いたげに眉をひそめると、全世界を呪うような深いため息をこぼし部屋を後にしていた。
恩を買うのが阻まれたのかと部屋を出る。
戸口の端に立っていたファイがなんとも言えない顔で苦笑していた。
まっすぐに伸びた廊下は二人並んで通れればいい方だろう。壁に張り付くような形でホワイトボードが置かれ、右手に扉がひとつ。一室分間を取った場所に階段があり、その奥にひとつ扉が設けられていた。
装飾品類は見られず、花のひとつもない廊下は閑散としている。
ファイと黒鋼は左隣の部屋へ通されていた。
「嬢ちゃんは、一番奥の部屋でええか?」
「はい、ありがとうございます」
深々とお辞儀して端へと進む。
室内は埃っぽくないけれど、最近使われた形跡はなかった。
正面の窓からはネオンの明かりが射し込んでいる。
四畳半の畳部屋。板間まで入れると一人では広いように感じた。
窓の右端に腰を下ろし、外界に視線を投じる。
先のとがったうず高い建造物を中心に、背の高いビルやアパート、老舗や巨大な量販店が所狭しと敷き詰められていた。
奇怪な格好をした人物を全面に描いた派手な看板や、色鮮やかな装飾品。惜しげなく散りばめられたライトが辺りを満たし、目が眩みそうになる。
くぐもって聞こえる遠くからの街の喧騒は途絶えることなく続いていた。
特定の世界へ行く対価は、個人が支払えるものではない。
次元の魔女は、同じ願いをもつ複数の人間がそれぞれに対価を差し出すのなら、一つの願いに人数分の対価で可能なのだと口にした。
彼らは願いのために、異世界をめぐるために対価を支払っている。
どの世界にいつたどり着くのかわからないまま。
同じだ。
なのに、どうして――、私は自分の払った対価を覚えていないんだろう。
なんだか頭がすっきりしない。
雨でも降れば変わるんだろうか。
重くなった体がずるずると壁を滑り横に倒れ込む。
名前はゆっくりと瞼を閉じた。
「――つうわけで、部屋ん中でじっとしとってもしゃあない。サクラちゃんの記憶の羽根を早よ探すためにも、この辺散策してみいや」
各々二人に借りたこの世界の衣服に着替え、下宿屋の前に集まっていた。
間延びしたファイの返事に小狼の真っ直ぐな返答が続く。黒鋼は終始無言だった。
「おっと! わいはそろそろ出かける時間や。歩いてみたら昨日言うとった巧断が何かも分かるはずやで」
「はい」と頷いた小狼が、下宿屋の二階にある左端の窓を見つめる。
「サクラさんは私が側にいますから」
後ろ髪引かれながらも嵐へ視線を戻した小狼を、名前は無感情に見つめていた。
嵐が信用に足るかどうかというよりは、側にいないと小狼自身が不安で気が気じゃないというところか。
「その白いのも連れていくのかよ」
怪訝な眼差しを向ける黒鋼にモコナが飛びかかる。
「白いのじゃないー。モコナー!」
「来んなっ!」
噛みつかんばかりに怒鳴る黒鋼を余所に、空汰が小狼に向かって言った。
「モコナ連れてかな羽根が近くにあっても分からんからな。大丈夫、だーれもモコナをとがめたりはせん。つうかこの世界ではありがちな光景やさかい。
うし! んじゃこれ! お昼御飯代入ってるさかい、三人で仲良う食べや。ま、朝食べたわいのハニーのメシほどうまいもんはないけどなー」
小狼へと手渡された蛙型の財布に、隣にいた黒鋼が拗ねたように口を尖らせる。
「あれでかよ」と黒鋼が一人ごちる。
「で、どうや。この世界にサクラちゃんの羽根はありそうか」
腰を曲げた空汰にモコナが目を閉じた。
「ある。まだずっと遠いけどこの国にある」
「探すか、羽根を」
「はい!」と小狼が深く頷いた。
「兄ちゃんらも同じ意見か?」
「とりあえず――」
ゆるんだ笑顔でファイが同意し、黒鋼は仏頂面でモコナを見下ろした。
「移動したいって言や、するのかよ。その白いのは」
「しない。モコナ、羽根が見つかるまでここにいる」
むくれた黒鋼に、名前は、
「意外です」と立ち上がり上目遣いに見上げた。「武力で訴えないのですか」
心外だったのか、黒鋼が複雑そうな表情を浮かべていた。
「移動しねぇつってんなら、何したって無駄だろ」
「それはそうですが……」
簡単に不満を口にするのに、変なところ素直な黒鋼を推し量ろうとしていた名前は突然、頭を押さえつけられた。
「なんなんですか」
軽く口の端を持ち上げてドアの方へ向かう黒鋼の不可解さに、名前は眉間にしわを寄せた。
「よっしゃ、んじゃ、この世界におるうちはわいが面倒みたる! 侑子さんには借りがあるさかいな」
腰を伸ばした空汰が嵐の手を握ると、嵐の頬がほんのり赤らんでいた。
「ここは下宿や、部屋はある。次の世界へ行くまで下宿屋(ここ)に住んだらええ」
ホワイトボードを押しながら部屋を出ていく空汰に、小狼が礼を述べる。
「もう夜の十二時過ぎとる。そろそろ寝んとな。部屋案内するで」と思い出したように空汰が部屋全体に視線を向ける。「おっと、ファイと黒鋼は同室な」
全く真逆の反応の二人を無視して、空汰はホワイトボードを外へ出していた。
「なんでこんな得体がしれねぇやつと!」
「得体は知れてるよー。名乗ったでしょー」
「モコナも名乗ったー」
「てめぇはさらに得体がしれねぇ」
「嬢ちゃんは別室な」と部屋の外からくぐもった声が届いた。
黒鋼と目が合い、
「代わりますか?」と淡々と口にする。
黒鋼は若干揺らいだのか物言いたげに眉をひそめると、全世界を呪うような深いため息をこぼし部屋を後にしていた。
恩を買うのが阻まれたのかと部屋を出る。
戸口の端に立っていたファイがなんとも言えない顔で苦笑していた。
まっすぐに伸びた廊下は二人並んで通れればいい方だろう。壁に張り付くような形でホワイトボードが置かれ、右手に扉がひとつ。一室分間を取った場所に階段があり、その奥にひとつ扉が設けられていた。
装飾品類は見られず、花のひとつもない廊下は閑散としている。
ファイと黒鋼は左隣の部屋へ通されていた。
「嬢ちゃんは、一番奥の部屋でええか?」
「はい、ありがとうございます」
深々とお辞儀して端へと進む。
室内は埃っぽくないけれど、最近使われた形跡はなかった。
正面の窓からはネオンの明かりが射し込んでいる。
四畳半の畳部屋。板間まで入れると一人では広いように感じた。
窓の右端に腰を下ろし、外界に視線を投じる。
先のとがったうず高い建造物を中心に、背の高いビルやアパート、老舗や巨大な量販店が所狭しと敷き詰められていた。
奇怪な格好をした人物を全面に描いた派手な看板や、色鮮やかな装飾品。惜しげなく散りばめられたライトが辺りを満たし、目が眩みそうになる。
くぐもって聞こえる遠くからの街の喧騒は途絶えることなく続いていた。
特定の世界へ行く対価は、個人が支払えるものではない。
次元の魔女は、同じ願いをもつ複数の人間がそれぞれに対価を差し出すのなら、一つの願いに人数分の対価で可能なのだと口にした。
彼らは願いのために、異世界をめぐるために対価を支払っている。
どの世界にいつたどり着くのかわからないまま。
同じだ。
なのに、どうして――、私は自分の払った対価を覚えていないんだろう。
なんだか頭がすっきりしない。
雨でも降れば変わるんだろうか。
重くなった体がずるずると壁を滑り横に倒れ込む。
名前はゆっくりと瞼を閉じた。
「――つうわけで、部屋ん中でじっとしとってもしゃあない。サクラちゃんの記憶の羽根を早よ探すためにも、この辺散策してみいや」
各々二人に借りたこの世界の衣服に着替え、下宿屋の前に集まっていた。
間延びしたファイの返事に小狼の真っ直ぐな返答が続く。黒鋼は終始無言だった。
「おっと! わいはそろそろ出かける時間や。歩いてみたら昨日言うとった巧断が何かも分かるはずやで」
「はい」と頷いた小狼が、下宿屋の二階にある左端の窓を見つめる。
「サクラさんは私が側にいますから」
後ろ髪引かれながらも嵐へ視線を戻した小狼を、名前は無感情に見つめていた。
嵐が信用に足るかどうかというよりは、側にいないと小狼自身が不安で気が気じゃないというところか。
「その白いのも連れていくのかよ」
怪訝な眼差しを向ける黒鋼にモコナが飛びかかる。
「白いのじゃないー。モコナー!」
「来んなっ!」
噛みつかんばかりに怒鳴る黒鋼を余所に、空汰が小狼に向かって言った。
「モコナ連れてかな羽根が近くにあっても分からんからな。大丈夫、だーれもモコナをとがめたりはせん。つうかこの世界ではありがちな光景やさかい。
うし! んじゃこれ! お昼御飯代入ってるさかい、三人で仲良う食べや。ま、朝食べたわいのハニーのメシほどうまいもんはないけどなー」
小狼へと手渡された蛙型の財布に、隣にいた黒鋼が拗ねたように口を尖らせる。