Crying - 404

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「――とりあえず、宿は確保できたねぇ」
 カイルから受け取ったランプを片手にファイが言った。
 階段から横に伸びた通路の右側には、その通路を正面に見て右側の壁に二つと正面と左奥の壁にそれぞれ一つずつ、木製の扉が備えつけられている。

「よくも頭突きしやがったな」
「いやーん、怒りんぼー」
 黒鋼に顔を引っ張られたモコナの頬が餅のように伸びるが、変幻自在なモコナは懲りる様子もなく嬉々とした声を上げていた。

「ナイスフォローだったよー。銃持った町の人達に囲まれた時ー」
「父さんと旅してる時にもあったので」と小狼がファイに答える。
 左側の扉の手前にある出窓に腰を下ろしたファイは、ランプを小脇に置き、窓越しに外を見下ろしていた。
「でも、なかなか深刻な事情だねぇ。実際、伝説の通りに金の髪の姫君が関係してるのかは分からないけどねー」

 外では日が暮れた今でも、町の人達がランプを片手に子供達を探しているようだった。
 ランプの灯りが点々と散らばり、儚い蛍のように夜を照らす。
「とにかく今日はもう遅いしー、寝たほうがいいみたいだねぇ」
 桜が倒れるのを予知していたかのようにファイが左側の扉を開く。
 瞳を閉じ倒れ込む桜を慌てて小狼が受け止めていた。

 用意されていた室内の両端には簡素なベッドがあり、扉の正面についた窓の右隣にある机には、点いていないランプがぽつんと置かれている。
「オレ達は隣の部屋でいいよねー? サクラちゃんと離れちゃうけど――」
 桜をベッドに寝かせる小狼の隣でファイが言った。
「はい」と小狼が健やかに眠る桜を見つめる。

「なんで、また一緒なんだよ」と黒鋼は辟易していた。
「えー、黒ぷーったら名前ちゃんと一緒がいいのー?」
「あぁ?」と観点のズレたファイの軽口に黒鋼が名前を凄む。
 お前のせいだとでも言いたげな黒鋼に名前はそっぽを向いた。

「部屋は余ってんだろうが」
「そんなに部屋使うわけにもいかないでしょー」と受け流したファイが桜の隣のベッドを叩く。「名前ちゃんはここ使ってー」
「それは構いませんが、一つ聞いてもいいですか?」
「んん?」

「あの時、なんと言いかけたのですか?」
「あの時?」
「使用人とかの話です」
「あれかー。そんなに気になるー?」
「とても」

 実際は半分半分だったが、こうでも言わないとはぐらかされる気がしていた。
 逆に言えば、半分の嘘を吐いてまで聞いてみたいほどには気になっている。
 黒鋼があくびまじりに部屋を後にする。

「オレの使用人の、黒ぷー」
「あ?」とわざわざ顧みた黒鋼に名前は感心した。
「の娘でーす」とファイがへらんと笑う。「って言おうかなーって」
「それは、とても若いお父様ですね」
 眉根をひそめた名前にファイが瞳を細める。
「期待したー?」
「何にですか?」
 興味が削がれた名前はベッドに腰掛けた。

「おやすみなさい」
 出ていく三人を見送って、ベッドに倒れ込む。
 モコナは桜の隣ですやすやと寝息を立てていた。
 煤けた天井が、のっぺりとした顔で自分を見下ろしている。

 ランプを片手に町中を捜索する閉鎖的な町人に、町中の情報を把握し奔走する権力者、皆に慕われ絶大の信頼を得た医師。
 誰が嘘をついているのだろう。それとも、他に第三者が潜んでいるのか、本当に亡霊の仕業なのか。
 幽霊の類を全く信じていないわけではないが、可能性的には低いだろう。
 どちらにせよ考えても仕方ない。
 城へ行って羽根を探しさえすれば――

 湖での黒鋼の言葉が脳裏を過り、身を起こした。
 別の世界に移るための発言で、彼自身とて同じではないか。
 窓の外は相変わらずしんしんと雪が降っている。
 誰かの為に動いているわけじゃない。
 言い訳じみた脳内回路を振り切るように部屋を後にした。


 ボソボソと耳を翳めた話し声から背を向けるよう階下へ下りる。
 階段の途中で先客がいることに気づき足を止めた。
 カイルだ。その背中はどこか重苦しい。

「名前さん、どうかしましたか?」
 階段を降りたところでカイルが振り返り、驚いたように問いかけていた。
「いえ」と首を振って、前へ出る。
 テーブルの前に立っているカイルの肩に粉雪が残っているのが目に入った。
 視線に気づいたのか、カイルが眉をひそめて笑った。
「少し玄関に出ていたんです。吹雪いてきましたから、子ども達が外に出てないか心配で……」
 扉を見つめ思いつめた表情の彼に、そっと肩の雪を払った。

「昼間はすみません、疑うようなことを――」
「構いません。寧ろ、泊めていただいて感謝しているぐらいです」
 口を突いて出た流暢な嘘に彼が安堵する。
「そう言っていただけると助かります」

「あまり無理をなさらないでくださいね」
「ありがとうございます。眠れないようでしたら何か温かい飲み物でも」
「いえ、大丈夫です。そろそろ戻ります」
 おやすみなさいと、人の良さそうな笑みを浮かべるカイルに会釈して自室へと戻った。
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