Crying - 401

≪Prav [34/72] Next≫
 屋根や枯れ木に降り積もった雪に乾いた冷気が鼻先を掠め、真っ白な吐息がゆるやかに広がった。
「腹減ったな」
 ぼそりと呟いた黒鋼にファイが指差す。
「あそこに入ろっかー、羽根のこともあるし」

 明々と灯る広い建物に先頭切って黒鋼が歩き出した。
 ザクザクと深く降り積もった雪が沈み、足跡が残る。
 小狼が桜の歩調に合わせて歩き出し、ファイが転ばないようにと手を取っていた。
 名前はおぼつかない足取りの桜の華奢な背中を見つめ後を追った。

 黒鋼が開いた扉からざわざわとした無数の声が飛び交う。奥行きのある広い室内に敷き詰められた雑踏は、喜怒哀楽様々な顔をし、判然としない声に満ちていた。
 狭い空間に溢れ返る騒々しさが耳障りで名前が思わず後退る。
 黒鋼に視線で急かされ、渋々足を踏み入れた。

 丁度中央に空席があり、せかせかと腰を下ろす。
 円テーブルに五人。出口を背にする形で小狼が座り、時計回りに名前、ファイ、黒鋼、桜が座った。モコナはテーブルの上に大人しく座っている。
 ファイが中年女性のウエイトレスに慣れた様子で人数分注文し、店員は周囲の不審げな視線と同様に警戒した様子で料理を運んできていた。
 無遠慮な無数の瞳をものともせずに、黒鋼が目前のステーキを豪快に頬張る。

「あははー、なんか注目されてるねー」
 ファイがあっけらかんと笑い、小狼が自身の姿を鑑みて焦っていた。
「やっぱりこの格好がいけないんでしょうか」
「んー、全然違うもんねぇ、ここの国の人達と」

 それもあるだろうけど、と名前は両手で頬杖をついて正面の黒鋼を見つめていた。
 ナイフとフォークを使い慣れていないのを考慮したとしても雑すぎる。食器を打ち鳴らしても切れなかったらしいステーキに丸ごと噛り付く黒鋼に、内心嘆息した。

「特に黒たんがー。モコナはいい子で動かないでいるもんねー」
「あー? 文句あっか」
「あります。目立ちすぎです」
 不満げに口にした名前に、黒鋼が吐き捨てた。
「てめぇの恰好だって俺と変わんねぇだろうが」

「あの、大丈夫なんでしょうか、この食事」
「んん?」
 小狼の小声の不安に、ファイがにこやかに聞き返す。
「この国のお金、ないんですけど」
「大丈夫だよー」
 ファイは絶えず笑みを浮かべていた。

 正面では、水を飲む黒鋼の一瞬の隙をついてモコナがステーキを吸い込む。
 黒鋼の怒りを余所に、モコナが何事もなかったかのように定位置で静止していた。
「ねっ、サクラちゃん」
「え!?」
 いきなり話を振られた桜は、呆然とファイを見つめていた。


 テーブルにカードや硬貨、紙幣を並べて賑わっていた席にファイが桜を促す。
 参加を希望するファイに三席ある内の一席から男が退き、桜が席に着いていた。小狼とファイは桜の背後に立って見守っている。
 ルールの説明もないまま、テーブルの中央に裏向きで置かれたカードの山から桜がカードを引いていく。

 小狼の話では、桜は“神の愛娘”で強運の持ち主なのだと言っていた。その話自体は春香が話してくれたことらしいが、サイコロを二つ振って出た目が大きい方が勝ちと言うゲームで、何度振っても最高数の十二を出していたらしい。つまり全戦全勝だ。
 その話を聞いていたから、ファイは今、彼女にギャンブルをさせているのだろう。
 幾度となく響く苦悶の声に観衆が彼らのテーブルを囲っていた。

「嬢ちゃんのカードは?」
「えっと、こうなりました」
 おそらく桜が今手にしている五枚のカードはすべて王冠のマークが描かれている。
 最高カードの束で勝利を収めたのはついさっきと同じ光景だった。

「何度やっても負けないなんて! どうなってるんだ一体!?」
「イカサマじゃないのか!?」
 あまりの負け越しに二人の男がいきり立つ。
「はいはいごめんねぇー」とファイは大量のお金を袋に詰め込んでいた。「イカサマしてるヒマなかったでしょー」

「文句あるならあの黒い人が聞くけどー」
 振り返ったファイの視線の先には、モコナとのステーキの奪い合いで、これまた負け越している黒鋼がいた。

「忍者が食をとられるなんて弛んでますよ」
 何食わぬ顔で水を飲む名前に、怒りに震える黒鋼がドスの利いた声で男達を睥睨した。
「あぁ?」
 威嚇する黒鋼に蛇に睨まれた蛙のように男の顔が引き攣る。
「い、いや!」
「う、疑って悪かった!」
 素直に負けを認めると、慌てて席についていた。

「はい、サクラちゃんお疲れさまー。これで軍資金ばっちりだよー」とファイが桜の手を取りこちらに戻ってくる。「この国の服も買えるし、食い逃げしないでオッケー」
 椅子を引いて桜を促していた。
「しかし、凄いな嬢ちゃん」
 水を持ってきた小太りの男性店員が桜の前にグラスを置く。

「ルールとか分かってなかったんですけど、あれで良かったんでしょうか?」
「あははは、面白い冗談だな!」
 豪快に笑った店員に桜は困惑気に笑っていた。
「冗談じゃないんだけど……」

 名前が水のおかわりを受け取り、店員が旅仲間を見回す。
「変わった衣装だな、旅の人だろう?」
「はい、探しものがあって旅を続けています」と小狼が店員から水を受け取っていた。
「行く先は決まってるのかい?」
「いえ、まだ」

「だったら、悪いことは言わん」と店員の表情が陰り、口調が厳しくなる。「北へ行くのはやめたほうがいい」
「なんでかなぁ?」
 肘をついたファイが意味深な笑みを浮かべていた。

「北の町には恐ろしい伝説があるんだよ」
「どんな伝説なんですか?」と小狼が中身を問う。
 店員は神妙な顔で伝説を語り出した。
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