Crying - 205

≪Prav [22/72] Next≫
「おまえ、今さらっと黒いこと言ったな」
「ファイ、イカスー!」
「すごい騒ぎになりそう」
 賞賛するモコナに名前は目を眇めた。
 当人は、全く意に介していない。

「だめだ!」と春香が諌める。「秘術で領主は蓮姫の町中を見張ってる! 息子に何かしたら――!」
「昨日とか今日の小狼君みたいに、秘術で攻撃されちゃうかー」
 血が出るほどの傷を負った小狼は桜から手当てを受けていた。

「一年前、急に強くなったって言ってたね、その領主。サクラちゃんの羽根に関係ないかなぁ」
 ファイの思いつきに、小狼の目つきが変わる。
 即刻、城へ乗り込みそうな小狼を制すように黒鋼が苦言を呈した。

「辻褄が合わねぇだろうが。記憶の羽根とやらが飛び散ったのはつい最近の話だろ」
「次元が違うんだから、時間の流れも違うのかも」
 可能性は望みに繋がる。今度は迷わず立ち上がっていた。

「確かめて来ます。その領主の元に羽根があるのか」
「待って!」と桜が沈痛な面持ちで引き止める。「小狼君怪我してるのに」
「平気です」
「でも……」

「大丈夫です。羽根がもしあったら取り戻して来ます」
 穏やかだけれど、留まる気はないらしい。
 臍を固めた小狼は、憂惧する桜を安心させるように柔和に微笑んでいた。
「小狼君……」
 桜の消え入りそう声が木霊する。

「ちょっと待ってー」
 戸口に向かいかけた小狼をファイが呼び止めた。
 小狼が半身で顧みる。
 無意識か、半分はもう既に城へ乗り込むことへ気が行っているようだった。

「ん、安心して。止めるワケじゃないからー。でもね、あの領主の秘術、結構すごいものみたいだからねぇ。ただ行っただけじゃ無理でしょう。せめて城の入り口にかかってる術だけでも破らないと」
「おまえ、なんとか出来るのかよ」
 訝しむ黒鋼にファイがあふれんばかりの笑顔を浮かべる。

「無理」
 即答だった。
「って、いかにも策あり気な顔で言うなー!」

「そうだ! 侑子に聞いてみよう!」
 言うな否やモコナが全員の視線の中心へと飛び移る。
「見ててー!」
 モコナの額に埋まった紅玉から円錐形の眩い光が放たれた。
 底辺である円の部分が鏡のように滑らかに煌めくと、鴉の濡れ羽色の長い髪が映し出される。

 顧みた妖艶な女性に息を呑んだ。
 次元の魔女――
 名前が彼女を目にしたのはこれで二度目だ。
 底の知れない赤い瞳が細められ、形のよい赤い唇が綺麗な弧を描く。

「あら、モコナ。どうしたの?」
 魅惑的な声が鼓膜を震わせた。
 モコナを介して映し出された映像は声まで伝達しているらしい。

「しゃべったー!」
 驚愕する少年少女とは裏腹に、ファイは暢気に構えていた。
「ほんとにモコナは便利だねー」
「便利にも程があるだろ!」

 黒鋼の意見は尤もだ。
 こういとも簡単に通信できては、次元が違うかどうかなどさしたる問題がないように思えてきてしまう。まるで、そこらのテレビ中継のようだった。レスポンスの早さで言えばそれを凌ぐことだろう。
 簡略化された経緯はあっという間に終わり、事情を呑み込めた次元の魔女は淡々と口にした。

「なるほど。その秘術とやらを破って城に入りたいと」
「そうなんですー」
「でも、あたしに頼まなくてもファイは魔法、使えるでしょう?」
「あなたに魔力の元、渡しちゃいましたしー」
「あたしが対価として貰ったイレズミは、“魔力を抑えるための魔法の元”。あなたの魔力そのものではないわ」
「まあ、でも、あれがないと魔法は使わないって決めてるんで」

 ファイは笑顔のままだったけれど、有無を言わさぬ頑なさがあった。
 使えないわけではない。が、使う気は毛頭ない。理由を触れさせないように敷かれた境界線が目前に浮上してくる。彼がここまで露骨に示しているのは意外とも言えた。よほど“魔法を使える”事実が彼にとっては痛手だったのだろう。

「いいわ。城の秘術が破れるモノを送りましょう。ただし、対価をもらうわよ」
「おれに何か渡せるものがあれば――」
 潔い小狼に、ファイは側に置いていた杖を持ち上げた。
「これでどうですかー? 魔法具ですけど使わないし」
「いいでしょう。モコナに渡して」

 契約が成立し、モコナが自身の体より長い杖を口の中に収めていく。
 モコナの体は、駅のような役割を果たしているのだろう。
 枝分かれした数多の路線は意識一つで切り替えられ、乗せられた――飲み込まれた――ものは目的地――別の次元――へと運ばれる。
 ただし、乗車したものが生物の場合はその限りでないと言うところか。
 はたまた、行き先を選べないのは、乗車したものに終着点が見えていないからかもしれない。
≪Prav [22/72] Next≫

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -