Crying - 102
「これ、記憶のカケラだねぇ、その子の」
鳥の羽根とは変わった三角形に近い形をした白い羽根だった。
桜色の線でハートに似た奇妙な模様が描かれ、蛍火のように淡く発光している。
「君にひっかかってたんだよ、ひとつだけ」
「あの時、飛び散った羽根だ。これがさくらの記憶のカケラ――」
ファイの手から浮かび上がった羽根が、彼女の胸元に溶け込むように消えていく。顔色がほのかに赤みを帯びていた。
「体が……、暖かくなった」と小狼がほっと胸を撫で下ろす。
「今の羽根がなかったらちょっと危なかったねー」
「おれの服に偶然ひっかかったから……」
「――この世に偶然なんてない」
「って、あの魔女さんがいってたでしょー。だからね、この羽根も君がきっと無意識に捕まえたんだよ。その子を助けるために」
無意識でつかめるものなんて、いったいどれほどあると言うのだろうか。
少なくとも自分の手はなにもつかめていない。つかもうとすらしていなかったのかもしれないけれど。
「なんてねー。よくわかんないんだけどねー」
くにゃんと首をかしげてごまかすようにゆるく笑んだファイが、わざとらしく考え込むように上を見上げた。
ちょろちょろ動き回っていたモコナが、ファイの腕を器用に登って行く。
「けど、これからはどうやって探そうかねー、羽根。もう服にはくっついてないみたいだしねぇ」
「モコナ分かる!」
うきうきとした様子の丸く小さな手が挙がる。
「今の羽根、すごく強い波動を出してる。だから近くなったら分かる。波動をキャッチしたら、モコナこんな感じに――なる」
めきょ、と糸目を見開いたモコナに右手から短い悲鳴が上がった。
右手を壁に突き、左手を胸に当てている黒鋼に横から声をかけてみると、勢いよく振り返られ、拍子に手の甲で顔を叩かれた。
「なん、だ?」
イントネーションのおかしな彼を訝しげに見つめる。
叩いた事実が把握できてないわけでもないようで、でも謝罪の概念はないようだった。
「教えてもらえるかな、あの羽根が近くにあった時」
「まかしとけ!」
どん、と胸を叩くモコナに、
「ありがとう」と小狼の顔に笑顔が浮かんだ。
「お前らが羽根を探そうが探すまいが勝手だがな。俺にゃあ関係ねぇぞ」と、黒鋼の冷めた態度が水を差す。「俺は自分がいた世界に帰る。それだけが目的だ。お前たちの事情に首をつっこむつもりも、手伝うつもりも全くねぇ」
「はい。これはおれの問題だから、迷惑かけないように気をつけます」
透き通った琥珀の眸がまっすぐに黒鋼を見返した。
そんなこと思っても見なかったらしい黒鋼は、目を見開いたまま固まっていた。
頼って欲しかったと言うのはまずないだろうが、小狼が頼ると踏んでいたのだろうか。そっちの方がどちらかと言えばありえない気がした。
「真面目なんだねぇ、小狼くんー」
盛大に笑った後でしのび笑いを残しながらからかうファイに、黒鋼がふてくされたように舌打ちする。
「そっちはどうなんだ」
「んん?」
「そのガキ手伝ってやるってか?」
「んー、そうだねぇ。とりあえずオレは元いた世界に戻らないことが、一番大事なことだからなぁ。ま、命に関わらない程度のことならやるよー。他にやることもないし」
表情を変えぬまま言い放ったファイに、名前は暇を持て余したように手の中で箱をくるくる回していた。
――私にも関係ないな
「よう! 目ぇ覚めたか!」
不意に勢いよく開かれた扉に全員が神経をとがらせる。
張り詰めた空気を無視して、茶菓子を片手に入ってきた年若い長身の男が、白い歯を覗かせ快活に笑った。
「んな警戒せんでええって、侑子さんとこから来たんやろ」
「ゆうこさん?」と小狼が不思議そうな顔をする。
男はファイの方へ向かうしとやかな女から、流れるような動作で湯飲みの乗ったお盆を受け取っていた。
「あの魔女の姉ちゃんのことや。次元の魔女とか、極東の魔女とか、色々呼ばれとるな」
女が押し入れから取り出した布団を受け取った小狼が礼を言い、桜を寝かせる。
「わいは、有栖川空汰」と男が、
「嵐です」と女が微笑んだ。
「ちなみにわいの愛する奥さん、ハニーやから、そこんとこ心に刻みまくっといてくれ」
浮かれきった姿で自慢する空汰を気に止めるでもなく、預けていたお盆を手に取ると嵐は湯飲みを配っていた。
「はー、こんなハニーと結婚できてわいは幸せやー」と惚けた顔で幸せに浸っていた空汰が体を捻らせ、立ち尽くしていた黒鋼の肩に手を置く。「つーわけで、ハニーに手ぇ出したらぶっ殺すでっ」
「なんで俺だけにいうんだよ!」
「ノリや、ノリ。ノリは命や!」
浮かれた様子で小躍りしていた空汰が、またもとびっきりのいい笑顔で振り返る。
「でも本気やぞ!」
「出さねぇっつの!」と、かっと顔を赤くした黒鋼が怒鳴っていた。
「さて、とりあえずあの魔女の姉ちゃんにこれ預かって来たんやな」
空汰が手のひらの上に乗せたモコナを指差して室内を見渡す。
「モコナ=モドキ!」
「長いな。モコナでええか」
「おう! ええ!」
「事情はそこの兄ちゃんらに聞いた。主にそっちの金髪のほうやけどな。黒いほうは愛想ないな、ほんま」
「うっせー」
「とりあえず、兄ちゃんらプチラッキーやったな」
「えーっと、どのへんがー?」
ファイの問いに、空汰はことさら嬉しそうに窓へと足を進め、
「モコナは次に行く世界を選ばれへんねやろ? それが一番最初の世界がココやなんて、幸せ以外の何もんでもないでー」と窓を開けて顧みると、したり顔で口を開いた。「ここは阪神共和国やからな」
鳥の羽根とは変わった三角形に近い形をした白い羽根だった。
桜色の線でハートに似た奇妙な模様が描かれ、蛍火のように淡く発光している。
「君にひっかかってたんだよ、ひとつだけ」
「あの時、飛び散った羽根だ。これがさくらの記憶のカケラ――」
ファイの手から浮かび上がった羽根が、彼女の胸元に溶け込むように消えていく。顔色がほのかに赤みを帯びていた。
「体が……、暖かくなった」と小狼がほっと胸を撫で下ろす。
「今の羽根がなかったらちょっと危なかったねー」
「おれの服に偶然ひっかかったから……」
「――この世に偶然なんてない」
「って、あの魔女さんがいってたでしょー。だからね、この羽根も君がきっと無意識に捕まえたんだよ。その子を助けるために」
無意識でつかめるものなんて、いったいどれほどあると言うのだろうか。
少なくとも自分の手はなにもつかめていない。つかもうとすらしていなかったのかもしれないけれど。
「なんてねー。よくわかんないんだけどねー」
くにゃんと首をかしげてごまかすようにゆるく笑んだファイが、わざとらしく考え込むように上を見上げた。
ちょろちょろ動き回っていたモコナが、ファイの腕を器用に登って行く。
「けど、これからはどうやって探そうかねー、羽根。もう服にはくっついてないみたいだしねぇ」
「モコナ分かる!」
うきうきとした様子の丸く小さな手が挙がる。
「今の羽根、すごく強い波動を出してる。だから近くなったら分かる。波動をキャッチしたら、モコナこんな感じに――なる」
めきょ、と糸目を見開いたモコナに右手から短い悲鳴が上がった。
右手を壁に突き、左手を胸に当てている黒鋼に横から声をかけてみると、勢いよく振り返られ、拍子に手の甲で顔を叩かれた。
「なん、だ?」
イントネーションのおかしな彼を訝しげに見つめる。
叩いた事実が把握できてないわけでもないようで、でも謝罪の概念はないようだった。
「教えてもらえるかな、あの羽根が近くにあった時」
「まかしとけ!」
どん、と胸を叩くモコナに、
「ありがとう」と小狼の顔に笑顔が浮かんだ。
「お前らが羽根を探そうが探すまいが勝手だがな。俺にゃあ関係ねぇぞ」と、黒鋼の冷めた態度が水を差す。「俺は自分がいた世界に帰る。それだけが目的だ。お前たちの事情に首をつっこむつもりも、手伝うつもりも全くねぇ」
「はい。これはおれの問題だから、迷惑かけないように気をつけます」
透き通った琥珀の眸がまっすぐに黒鋼を見返した。
そんなこと思っても見なかったらしい黒鋼は、目を見開いたまま固まっていた。
頼って欲しかったと言うのはまずないだろうが、小狼が頼ると踏んでいたのだろうか。そっちの方がどちらかと言えばありえない気がした。
「真面目なんだねぇ、小狼くんー」
盛大に笑った後でしのび笑いを残しながらからかうファイに、黒鋼がふてくされたように舌打ちする。
「そっちはどうなんだ」
「んん?」
「そのガキ手伝ってやるってか?」
「んー、そうだねぇ。とりあえずオレは元いた世界に戻らないことが、一番大事なことだからなぁ。ま、命に関わらない程度のことならやるよー。他にやることもないし」
表情を変えぬまま言い放ったファイに、名前は暇を持て余したように手の中で箱をくるくる回していた。
――私にも関係ないな
「よう! 目ぇ覚めたか!」
不意に勢いよく開かれた扉に全員が神経をとがらせる。
張り詰めた空気を無視して、茶菓子を片手に入ってきた年若い長身の男が、白い歯を覗かせ快活に笑った。
「んな警戒せんでええって、侑子さんとこから来たんやろ」
「ゆうこさん?」と小狼が不思議そうな顔をする。
男はファイの方へ向かうしとやかな女から、流れるような動作で湯飲みの乗ったお盆を受け取っていた。
「あの魔女の姉ちゃんのことや。次元の魔女とか、極東の魔女とか、色々呼ばれとるな」
女が押し入れから取り出した布団を受け取った小狼が礼を言い、桜を寝かせる。
「わいは、有栖川空汰」と男が、
「嵐です」と女が微笑んだ。
「ちなみにわいの愛する奥さん、ハニーやから、そこんとこ心に刻みまくっといてくれ」
浮かれきった姿で自慢する空汰を気に止めるでもなく、預けていたお盆を手に取ると嵐は湯飲みを配っていた。
「はー、こんなハニーと結婚できてわいは幸せやー」と惚けた顔で幸せに浸っていた空汰が体を捻らせ、立ち尽くしていた黒鋼の肩に手を置く。「つーわけで、ハニーに手ぇ出したらぶっ殺すでっ」
「なんで俺だけにいうんだよ!」
「ノリや、ノリ。ノリは命や!」
浮かれた様子で小躍りしていた空汰が、またもとびっきりのいい笑顔で振り返る。
「でも本気やぞ!」
「出さねぇっつの!」と、かっと顔を赤くした黒鋼が怒鳴っていた。
「さて、とりあえずあの魔女の姉ちゃんにこれ預かって来たんやな」
空汰が手のひらの上に乗せたモコナを指差して室内を見渡す。
「モコナ=モドキ!」
「長いな。モコナでええか」
「おう! ええ!」
「事情はそこの兄ちゃんらに聞いた。主にそっちの金髪のほうやけどな。黒いほうは愛想ないな、ほんま」
「うっせー」
「とりあえず、兄ちゃんらプチラッキーやったな」
「えーっと、どのへんがー?」
ファイの問いに、空汰はことさら嬉しそうに窓へと足を進め、
「モコナは次に行く世界を選ばれへんねやろ? それが一番最初の世界がココやなんて、幸せ以外の何もんでもないでー」と窓を開けて顧みると、したり顔で口を開いた。「ここは阪神共和国やからな」