Crying - 501

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「さーて、今度はどんな国かなー」
 モコナの口から吐き出されたファイが辺りを見回すと、黄色い声が四つ重なった。
「ようこそ! 桜都国へー」

 白襟のついた丈の短い紺のワンピースに白いエプロンを身に着け、ナースキャップを被った若い女性四人が片手を上げて歓迎する。腕には“歓迎する課”と記された腕章がはめられていた。
 両側に二人ずつ立つ女性の手の先には、煉瓦造りの洋風な建物が並び、道の真ん中をちんちん電車が走っている。着物を着た街の人は各々にゆったりとした午後を満喫し、レトロな趣ある街並みが広がっていた。

「わー、可愛い女の子いっぱいだー」
 歓迎する課の一人から首に手を回されたファイがご機嫌に顔を緩ませる。
 名前は黒鋼を隠れ蓑に、ファイを白い目で見つめていた。

「まとわりつくな!」
 降ってきた無愛想な声に見上げてみると、黒鋼は別の方を見ていた。
 黒鋼の胸に体を預けていたかわいらしい女性と目が合い、悪戯に黒鋼の背中に身を寄せる。
「てめぇまでなんのつもりだ」
 仕える姫への忠誠か、朴念仁なだけか、腕を外套に収めたままの黒鋼が怒気を孕んだ声で言った。

「黒鋼が他の女の子を抱きしめたから……」
「してねぇよ!」
 不満気にこぼした名前の小芝居に黒鋼がげんなりする。
「やんならあいつにやれ」
 顎で示した黒鋼に名前は聞こえないふりをした。

 小狼と桜は他の女性二人に後ろから抱きしめられて照れている。
 小狼を抱きしめていた女性は小狼の頭上に乗ったモコナに頬ずりしていた。
「あらあら、みなさん変わった御衣装ですね。異世界からいらしたんですか?」
 空気が一変し、小狼が逸早く反応する。
「異世界から人が来ることがあるんですか? この国では」

「もちろん。この国を楽しむために皆様色んな国からいらっしゃいますわ。――まだ住民登録されてないんですか?」
「はい」と、わけがわからぬまま頷いた小狼に、
「それはいけないわ! 早速市役所へお連れしなければ!」
 小狼に抱きついていた女性がおおげさに困った顔で遠くを見つめる。

「ささ、参りましょ! 参りましょ!」
 それに続く二人の女の子に「はーい」とファイとモコナだけが楽しそうに返事をしていた。
「離れろ!」
 未だにくっついている女性を邪険にする黒鋼に、名前は至極愉快そうに笑った。


 桜都國中央市役所。
 広々とした空間に高い天井。開放的な建物内では多種多様な人達が各々奔走していた。
 入口側の壁に沿うように長いソファーが設置され、反対側の入って奥の壁にはずらりと受付が並んでいる。一目でわかるようにか、受付の上の半円状に出っ張った部分には課名が明記されていた。

 手続きの為ファイと小狼と名前がすぐやる課の受付へと向かう。
 残された桜はソファの上でうとうとと船を漕ぎ、黒鋼はその隣にどかっと腰掛けていた。

「桜都国へようこそ!」
 受付のかわいい女の子が少し機械的に歓迎する。
「こちらにお名前をどうぞ」
 差し出した紙とペンを受け取ったファイに、受付係は一定の声音で続けた。
「今まで使われていたのと違っても大丈夫ですよ」
「偽名でいいってことかなー?」
「はい」

「んじゃ、オレがみんなの分もかいとくねー」とさらさらとペンを走らせるファイに小狼が狼狽える。「こんなんでもいいのかなー」
 ひらりと掲げて見せたファイに小狼の目が点になった。
「ファイさん、それは……」

「はい承りました。では職業はどうなさいますか?」
 あっさり承認した受付係がマニュアル通りな対応で次の手続きへと移っていく。
「この国は旅人も働かなくちゃだめなのー?」
「構いませんが、働かないとお金がなくて何も出来ませんよ?」
「そりゃ、そうだねー」

「とりあえず住む所をお決めになりますか? いい物件をご紹介しますよ」
「あの、この国の通貨は?」と小狼が受付を覗き込む。
「園です」
「持ってないよねぇ」
 顔を見合わせる二人に名前は、ぼんやりしていく意識を必死につなぎとめていた。
 目を擦る桜を心配げに寄り添うモコナの姿がぼやけて見える。

「何かお持ちの物があったら換金できますよ」
「黒わんわーん! 袋持って来てー!」
 ファイの呼び声に黒鋼が髪を逆立てて立ち上がっていた。
「人を犬みてぇに呼ぶなー!」
 ファイの元に来た黒鋼の手にはしっかりと袋が握られていた。



 敷地の広い二階建ての一軒家を借り、初帰宅を果たした頃には既に日が暮れ窓の外はすっかり闇が覆っていた。
「ジェイド国と高麗国の服、買ってくれてよかったねー。小狼君の言う通りとっといてよかったよ」
「他国の衣装が貴重な国もあるので」

 ファイと小狼の会話を余所に、ふらふらとソファーに辿りついた桜が眠たげに目を擦る。右に左に頭を揺らす桜に、モコナが準備万端と言いたげにソファーの端でクッションを叩いていた。
 ソファーの後ろに立つ黒鋼はようやく休めると言うのに、しかめっ面なままだ。
「くつろいでていいのかよ。見張られてるかもしれねぇんだろ、誰かに」

「んー、でも、ずーっと緊張してるのは無理だしねぇ。リラックス出来る時にしとかないとー」
 床に置いたコートの上に寝そべったファイは気の抜けた表情でだらけていた。

「おまえはだらけっぱなしじゃねぇか!」
 噛みつかんばかりの黒鋼の前で、桜がモコナの用意したクッションに頭を倒す。規則正しい寝息を立てる桜にファイが身を起こした。
「さて、寝る所も確保したし後は……モコナ」
 ソファーの肘掛けに乗っているモコナのもとにファイが近寄る。
「本当に少しだけど、サクラの羽根の力感じる。羽根、この国にある」

 瞬間――窓を突き破る衝撃音が鳴り響いた。
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