Crying - 516

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 鬼児の手の上に立つ黒い巻き髪の女が魅惑的な唇でいたずらめいた笑みを浮かべる。
「見つかっちゃった」
 胸元にクローバーの刺青がある彼女に全員が目を瞠っていた。

「“白詰草”の織葉さんだー」
 酒場で新種の鬼児に関する情報を与えていた歌姫の名をファイが口にした。

「こんな方法で引っ張り出されるとは思ってなかったわ」
「すみません」
 織葉の皮肉を笑顔で軽く流した星史郎に、織葉が腰に手を当てファイ達を見下ろす。
「でも仕方ないかな。なかなか有望そうな鬼児狩りさん達が情報収集にやって来た時、貴方のことを言ってちょっと目を逸らさせて貰ったし」

「ってコトはーお店で教えて貰った情報はー」
「嘘ってことかよ」
 ファイの言葉を黒鋼が紡ぐ。

「全部が、じゃないわ。“鬼児を従えていた美しい男の子”と会ったのは本当。ただ、その男の子は鬼児ではなかったけれどね」
 嘘に本当を混ぜるとやけにもっともらしくなる。それを巧みに利用していたわけだ。
 ファイは嘘の上手い織葉の堂々とした姿を複雑な心境で見つめていた。

「遊戯(ゲーム)が面白くなるなら“誤った情報をワザと与えること”もまたイベントの内よ」
「そういったイレギュラーな対応が出来るのも、貴方が“生きた人間(プレイヤーキャラクター)”だからですね」
「プレイヤー?」
 星史郎の言葉に小狼が反応する。

「この妖精遊園地で体験できる仮想現実には“生きている者”が別の姿になって演じているプレイヤーキャラクターと、遊戯上、最初から設定されている演じ手がいないノンプレイヤーキャラクターがいるの」
「鬼児に生きている者の気配がなかったのは……」
「ノンプレイヤーキャラクターは情報(データ)で“生きていない者”だから気配はないわね」

「でも、貴方には気配があります」
「私は鬼児の役割を演じているけれど桜花国にもちゃんと存在しているプレイヤーキャラクターだから。いつもは“白詰草”で歌っていて、参加者の誰かが鬼児を段階ごとに倒して然るべき手順を踏めばやっと“イの一”の鬼児として現れる予定だったの。そして最終敵(ワタシ)を倒せば終了(エンディング)」

 現実世界で生きているものが自分達のように桜都国に入り込み、配された役を演じていたらしい。臨機応変な対応ができるのは、その都度思考できる人間だけだ。だから、市役所は枠組みから外れた返答はできなかったのだろう。

「でも、どんなに管理していても予定は未定ってことよね、千歳」とウインクした織葉が星史郎に向き直る。「で、干渉者さんは私に何の用かしら?」

「仮想現実である桜都国と現実世界では姿形を変えることも可能なんですよね」
「そうよ」
「貴方の本当の姿は今と同じですか?」
「いいえ」
「貴方は“永遠の命を与えられる”と聞きました」
「ええ」

「回りくどい質問の仕方はやめましょう。貴方の本当の名前は、“昴流”ですか?」
「違うわ」
「……吸血鬼の双児について何か知っていますか?」
「知らないわ。私もこの妖精遊園地のシステムを作ったひとりなの。“永遠の命を与える”というのは最強の鬼児である私を倒した者には桜都国内での無敵状態。つまり、何があっても死亡しない特権を制作者サイドから与えるという意味。吸血鬼の伝説とは無関係よ」
「今回も違いましたか」

「ご期待に添えなくてごめんなさい。でも、この状況はちょっと困ったわね」
「遊戯(ゲーム)の世界が現実化しているのはこれのせいです。制御は出来ませんがこの世界から消えれば影響も消えますよ。それに、あの二人がいないなら長居は無用だ」
 星史郎の貼りつけたような笑みが消え、瞳が暗く淀む。


「待って下さい!」
 星史郎の周りに漂う黒ずんだ空気を裂くように小狼の声が響いた。
 引き留めた小狼に星史郎が顧みる。
「その羽根……! おれは、その羽根を探して旅をしているんです」
「小狼のものじゃないよね」
「大切な人の、とても大切なものです」
「でも、返してあげられないな。ごめんね――僕と、戦うのかな」

「おれに戦い方を教えてくれたのは貴方です。今のおれでは貴方には勝てません。一度桜都国で戦って良く分かりました。けれど、必ずその羽根を取り戻すと決めたんです」
 刀に自戒のように巻きつけられていた紐がほどかれ、鞘から刀身が引き抜かれる。

「まだ未熟なおれにはこの剣はきっと扱いきれない。けれど、抜かないままでは万に一つも勝ち目はない。だから、僅かな可能性でもあるならそれに賭けます」
 刀身を軸に渦を巻く炎が燃え上がり、小狼の瞳を赤く染める。
 息する間もなく小狼が飛びかかる。星史郎の身体を裂くように横に伸びた炎がたぎり、半瞬、立ち上った炎が二人を包んだ。

「倒した!?」と龍王が食い入るように見つめる。
「いや……、避けられたねぇ」
 ファイは苦い顔で見つめていた。

 まだ戦える段階じゃない。
 小狼の成長は著しく、桜のために発する底知れない力は鬼気迫るものがある。けれど、経験の差で星史郎はそれを優に超えている。
 余裕たっぷりな星史郎の足元に魔方陣が敷かれ、身体が消えていく。
 別れを告げる消えかけの彼へと飛び込んだ小狼は、奥歯を噛み締め、きつく握りしめた空虚な左手を睨んでいた。


「――モコナ?」
 光を放ち浮上したモコナにファイが頭をもたげる。翼を広げ、次元移動の状態になったモコナにファイは顔をしかめた。
「星史郎さんの魔法具の力に引きずられてる。どちらも次元の魔女からのもの。力の源は同じだからか」

 彼女がいないまま、離れたまま次元異動すればどうなるかわからない。けれど、桜をこのまま預けておくわけにはいかなかった。
 この旅は桜がいなければ始まらない。桜がいなければファイの望みもかなわない。
「ありがとー、桜ちゃん預かっててくれて」
 腕に抱えた桜は静かに眠っていた。
 ゆるやかに風が身体を包み出し、腕の中のほんの少しの違和感をかき消していく。

「お前! どこほっつき歩いてやがった!」
 黒鋼が文句をつける声が後ろから飛んでくる。

 黒い髪がさらさらと風になびいていた。
 黒鋼の方を見て笑っていた彼女と目が合う。
 赤く濡れた瞳に言葉を失った。

 遠くで、誓いを立てるように小狼と龍王が拳を向き合わせている。
「諦めない。強くなる」
 小狼の声が風の音に混じった。

 ――行かないで。
 あの時理解できなかった言葉が、今の彼女の声で再生される。
 そんなはずはないのに、期待している自分に嫌気がした。
 自分勝手な願いを取りながら、彼女が離れていかないことを願ってる。

 彼女が引き留めたいのは、引き留めたかったのはオレじゃないのに。
 わかっている。わかっているはずなのに、考えることを止められない。

 あの時の“ファイ”がもしオレだったなら――……
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