ふたりのはなし








「美鶴ー!!」

エントリープラグの中から既に見えていた姿は目前に迫り、何となくスポーツの中継を彷彿とさせる中腰姿勢でバスタオルを構えてこちらに駆け寄る。
今すぐにでも抱きついてきて大型犬の如く拭われる未来が見えて辟易しながらそれを避けた。髪からもスーツからも滴るLCLは不快だが職員の視線が多いこの場所で大型犬のように扱われるのはそれ以上に不愉快だ。それにシンクロテスト用の区画はすぐ側にシャワー室があるし、室温もそこまで低く設定されていない。叔母をいなした足で隅のドアへと向かえば、追う足音は聞こえなくなった。

「ああ、もう、身体冷やさないでよー!」

生あたたかい視線と叔母を窘める声を背に受けつつ、振り向かないようにしながらドアを閉めた。



使徒という物理法則を無視したようなバカのようにデカい怪物が攻めてくるもので、人類もそれ相応のもので対抗すべくバカのようにデカいロボットを駆使してそれを退ける。言葉にすると単純だがそこには様々な規定やらルールやらがあり、様々な条件を鑑みた結果俺のような中学生にしかロボットを操縦出来ないという。そこにまた様々な配慮の元俺が選ばれ、断る前に唯一の肉親である叔母を抱き込まれてしまいほとんど脅しのようにロボットに乗せられている。使徒のお陰で人類の半分は殺されているし、親が居ない同級生などざらにいるし、ロボット―――エヴァに乗って復讐をしたいだとか兄弟を守りたいだとかで前向きな候補者は多いというのに、よりによって俺なんかが選ばれてしまったために叔母はそれを管理するための機密に触れまくっている。理系とは程遠い人間がだ。

「シンクロ率安定してるから、今日明日は休んでもいいってよ美鶴。予測だと次の使徒が来るのは一ヶ月後くらいのはずだし」
「叔母さんはどうせ仕事だろ。家にひとりでいてもやる事ない」
「デレかこのやろー。勉強とか友達と遊ぶとかあるでしょー」
「今更勉強して何になるんだよ」
「学生らしい意見だね!なんか安心した!将来のためだよ!」
「明日死ぬかもしれないのに?」
「そんなの誰でも一緒でしょうよ?」

引っ越したばかりの自宅は落ち着かない。自宅としての機能よりも軟禁としての性能が良さそうな立地の上、監視くらいは付いているだろうと踏んでいるから尚更だ。
人類規模で守るようにとのご指示だ、そこまでするだけの価値が俺にはある。今のところは。
けれども彼女は違う。親の居ない俺の保護を請け負っていただけで、こんな国家機密の塊のような場所で働くような人間ではないし二十四時間監視されるような必要は無いはずだった。
彼女が居なければ、俺が戦わなければいけない意味なんてそんなにないから。両親と妹のところにいくのに、ほんの少し戸惑ってしまうというだけで彼女はここに拘束されている。俺が死にでもしたら簡単に殺されそうなところに、きっと何も知らないで。
なら今日は一緒に整備見ようか、なんていつものように笑いながら食器を洗う姿にまた苛立ちを募らせながら、パイロットを讃え続けるテレビの電源を切った。






シンクロ率が高ければ高いほどエヴァの操作は正確さを増し、機体に掛かる負荷も精密に伝わる。胸部を圧迫されれば苦しくなるし、腕を損傷すればパイロットの腕も怪我をする。どうしても理解は追いつかないが、そういう仕組みなのだ。
人類が生きるため、なんて規模のよく分からない理由で美鶴は戦場に出て、勝つたび、どこかを怪我して帰ってくる。文句も言わずに……まあ、嫌味は結構言うけれども搭乗を拒否するような言葉は吐かずに、淡々と使徒と向き合っている。どんなに痛かろうと、作戦の成功確率が低かろうと。
今回の怪我は、全治一ヶ月。次の使徒が来るまでの猶予はあまりなく、他のパイロットと入れ違いになる予定ではあるけれども状況によっては美鶴が出ることになるだろう。それだけ切迫した状況だと分かっていて、やはりこれは、保護者としてはひたすら怖いことだ。人類云々なんて話じゃなく私の知る美鶴が怪我をするのがただただ怖い。
最新の医療は、見慣れないものが多くていっそ安心出来なくなるけれども確かに効果はある。全治一ヶ月が全治三週間くらいには縮むし、苦しんでいた表情は穏やかになって治療に専念するため眠っている。包帯でぐるぐる巻きの腕からにょろりと延びる点滴の位置を整え、LCLではなく汗で湿った髪を避けてやる。機器に馴染みがなくとも匂いばかりは慣れた消毒液の匂いなんだなぁ、なんて慰めにもならないことを思ってから、お仕事のため病室を出る。一部屋跨いだだけですぐに鉄のような生臭さが鼻につく。救護室だからではなく、損傷した機体やらから垂れたLCLのものだ。

さて、付き添うからと言い張って抜け出た仕事に戻らねば。
気合いを入れるために頬を張れば、思いのほか近くから笑い声が上がって驚いてそちらに目を向ける。
側のベンチで、禁煙のポスターをものともしない加持さんがだいぶ前屈みで煙草を吸いつつ笑っていらっしゃる。

「携帯も持たずに出たから俺が伝言預かったんだが……君はひとりでも楽しそうで何よりだ」
「それ、よく言われます」
「彼に?」

くいと顎で病室を指す仕草ですら様になっていて、苦笑して同意を示す。仕事先でも家でも一緒に過ごしているのだから、そりゃあ人見知りであったとしてもほぼ家と同じ言葉遣いも出ちゃうわけで。私の未熟すぎる保護者ぶりももちろん職場に筒抜けである。

「戦闘ログの解析は他の班が進めるから、君は今から非番扱いだそうだ。落ち着いたようなら参加してもいいらしいけど」
「落ち着いてないですねー」
「はは、だね。本部から出なければ半休だ」

美鶴と、エヴァと、他のパイロットと、ついでにほんの少しの私の血で汚れた服を握りしめようとして、震える膝が丸見えになりそうなものでやめた。
何度も見てきたことだ。人が死ぬのも、使徒が振りかぶる様子も、美鶴の怪我も。それなのにどうしても慣れないまま体が小刻みに震えるのをとめられない。パイロット達は、あんなに堂々としているのに。
くるり、と煙草を潰して、監視の役目を終えるらしい彼が立ち上がりさてと、と首を掻く。雑誌でしか拝めない首痛めポーズにちょっとときめいたものの、ついでのように零れた彼の言葉は温度がぬるかった。

「痛ましいね、子どもがこんなに頑張ってて怪我するなんて。大人が勝手に怪我して守って死ぬんなら罪悪感なんてこれっぽっちも湧かないんだがね」
「あの子は子どもらしくないしちゃんと責任感で動いてますしねぇ。結構大人ですよ。そんなふうに言ったら怒っちゃいます」
「すっかり親バカじゃないか?一緒に住んで一年くらいって聞いたんだが」
「バカで結構ですぅー、自覚ありますぅー」

からりと笑った加持さんが今度こそ背を向けて歩き出す。
その背が見えなくなって、病室から物音がしないことと監視カメラの角度を確認してからぽそりと呟く。

「私は美鶴のためなら死にますよ。罪悪感もなく」

大人が、人類を守れとか言う大人や何も出来ない叔母を守るのが嫌になったのなら。枷さえなくなって美鶴が自由になれるのなら。そんな日が近ければと、人類の存続よりよほど切実に祈っている。真面目で大人な美鶴はそんなこと言ってくれそうにないけれども。
休むにしろ着替えなければいけないし、やることがないなら美鶴の隣で過ごしてやろうと予定とも言えない計画を立てた。なんせ、親バカなもので。



16.12.22
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