おかえりなさい→







「寝るな」

とてもシンプルな注意とともに頭を叩かれ、気持ちよく沈んでいた意識が浮き上がる。ついでに跳ねた肩と腕に押されてペンやら消しゴムやらを落下させてしまい、顔に熱が集まるのを感じつつもそもそと拾う。くすくすとやわく上がる笑い声を制するようにクラサメ先生の声が授業に引き戻し、だいぶ進んだ内容に更に申し訳なくなった。昨日出撃したトレイやクイーンは普通に授業を受けているというのに。
このままでは今日は出撃を取り止めて追試になりかねないと、半分恐怖しながら黒板をシャドウを見る時の如く睨めつけた。





午前零時、日付が変わる瞬間。適正能力のない人間には感知できない影時間というものがある。
時計にも機械にも感知されない、けれども私たちのようなそれを知覚出来る人間が物を壊せば影時間が終わっても壊れたままだ。停止した人を傷つければ言わずもがな。

そんな時間にしか現れない謎の建造物やら、影時間にしか現れないゲームのモンスターのようなシャドウ。それらの討伐と探索を任されているのが私たち適正能力を持つ生徒でできた課外活動部だ。夜間にしか活動できないこともあり、部員と顧問の教師は同じ寮に入っている。最初は学校でも寮でも同じ空間で過ごすのはどうかと思ったものだが部員は和気あいあいとしているし、他にも結構利点は多かったりするものである。例えば、到底お近づきになれそうもなかった好きな人と一緒に住めたりだとか、その人の違う一面を見れたりだとか。

「寝てたな」
「寝てたね」
「寝てましたね」

ナイン、エース、クイーンの仲良し組に囲まれ、スプーンを咥えたまま撃沈する。今日の晩御飯は一階の共有スペースにて、てんやもんの天丼だ。自炊をしてもいいと言われているけれども、結構な人数が暮らしている寮で調理を始めようものならあれよあれよという間に人数が増えて大変なことになるのだ。仲がいいのはいいことだけれど、うん、遠慮が吹っ飛んでいるのはたまに不便である。

「まあ、エースもジャックも寝てましたから気にすることはありませんよ」
「そうなの?」
「いやだってよ、昨日あんま寝れてねえし」
「それは課外活動部全員に言えることです。クラサメ先生だって事務処理で私達よりも仕事は多かったはずですがいつも通りでしたよ」
「ぐぅ」
「ぐうの音が出てる……」
「エース楽しそうだね……」

出撃があろうとなかろうと寝ているうえ、トップを競う成績のエースにはちくりとも利かない言葉なのだろう。普段と変わらずナインをからかう様子には余裕が見え隠れしている。クイーンも寝ないし成績は安定しているし勉強と仮眠の時間も取っている。むしろどうやって時間配分しているのかと聞きたくなる様子だがこちらも余裕だ。器用な人間に適性が多いのかと思えばそうでもないのだから不思議なものである。
ピピピ、と全員の持つ携帯が一斉に鳴り、本日の課外活動もとい討伐についての連絡事項が表示される。昨日の今日で出撃かと思うと気が重いが、シャドウが活性化する満月が近いのだから仕方ない。不器用な私の睡眠時間は削られるしかないのだ。
全員が画面をチェックし終えてなんとなく無言になった頃合で、一斉連絡を終えたばかりだろうクラサメ先生が階段からこちらに身を乗り出して声を掛けるのが見えた。なんとなく伸びていた背筋を更に意識して伸ばす。

「お前達、連絡は見ただろう。今日の零時学校に集合、戦闘態勢を整えておくように」
「はい」
「連日になるが気を緩めるな。特に」

ちらり、と向けられた視線はしっかと私とぶつかった。追い打ちのように名前まで呼ばれ、これ以上伸びないと思われた背をぴっちり固めて半ば声を裏返してしまいつつ「へぁい」と返事をする。いや言葉くらいまともに返したかった。ものすごく顔が熱い。

「戦闘に参加していなくても寝ないように。なにが起こるか分からん場所に行くんだからな」
「はいぃ……」
「では、ミッション時に」

忙しくエントランスを出る背中を見送り、伸ばしすぎてガッチガチになった体をふにゃかせる。天丼の横に顔を付いたらものすごいタレのいい匂いが襲ってくるけれどもそれどころではない。

「せ、先生に名指しで注意された……」
「気にすることありませんわよ。万一のことを思ってのことでしょうし」
「嬉しすぎてしんどい」
「嬉しいのかよ」

食べることに専念し終わったナインが心底嫌そうに突っ込みをくれる。安定感が凄まじい。
もう夕食が入らないほど胸がいっぱいになったので残りの天丼をナインに押しやるが、「食わねえと夜まで持たねえぞ」と親切にも返ってくるしそれどころかエースがハンバーグ弁当のスパゲッティを寄越してくれた。入らない、けれども食べないと探索に支障をきたすかもしれない。
私が苦しみながら完食する頃にはみんな食べ終わっていて、ガッツポーズをした瞬間は拍手が起こった。当然、通りすがりのトレイに訝しげな視線を頂いた。





寮の自室で仮眠したり、エントランスで雑談をしたりと各々時間を潰し、零時が近づく。身一つで学校に集合する頃にはも影時間だ。
瞬くあいだに街灯が消え、月が巨大化し、生き物が直立する棺になる。ホラー映画の過剰な演出のように噴水は赤く粘つく液体に代わり地面を伸びる。毎日見ている光景だけれどもこの瞬間は慣れなくて隣のクイーンにくっついた。
影時間に動けるのは適性がある人間と、シャドウだけだ。味方か敵だけ。とても分かりやすい。
学校があるはずの場所にそびえる塔に入り、こんな状況でなければ一生持たなかっただろうしっかりした殺傷力のある武器を握る。部員全員が揃い今日の編成が伝えられた。今日は私も前線に配置されている。
比較的安全なエントランスで仕度を整え、点呼をとり上への怪談の前に集合する。顧問であるクラサメ先生が扉の前に立っている。

「気をつけて行ってこい」

通り過ぎさま、頭をぽんと叩かれた。慌てて後ろを振り向いて実はジャックやナインのイタズラだったとかそんなオチなんじゃないか確認したかったけれども、最後尾だったために地形がぐにゃぐにゃ動くのが見えるばかりで何も分からなかった。というかジャックは目の前にいるしナインも今日は待機らしく後ろの方で胡座をかいていたし、近くにいたのはクラサメ先生だけだったのだけれども。

「く、クラサメ先生があああ頭ポンポンを」
「はいはい戦場戦場」
「ジャック、それがとちらないように見といて」
「サイス、頭、頭ぁああ」
「あーもう頭狩るよ!」

毎夜ホラーとしか思えない影時間を体験し、人も簡単に殺せるような武器を扱っているけれども、結構悩みだとかは普通なものだ。好きな先生が近くで生活していて嬉しいだとか、クラスメイトと日夜一緒にいてたまに気まずいとか、そんなもの。


17.02.09
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