ハートシックと潜水病





「菜々子ちゃーん!新作持ってきちゃっ……なんだ足立さんか」

「ひどっ!僕と菜々子ちゃんで声のトーン変わりすぎ!」

「あ、一応差し入れありますよ」

「目上への態度!」


まったく最近の若い子は、などとぶつぶつと愚痴る足立さんに二時間ドラマのような小説と果物に飲み物、菜々子ちゃんの枕元に完二と合作したひらふわ縫いぐるみを置いて添え付けの棚に凭れた。付き添い用の椅子は足立さんが独占しているため椅子が足りないし、意識のない菜々子ちゃんのベッドに勝手に腰かけるのも気がとがめるために突っ立っているしかないのだ。数日病室に通って分かったのは、足立さんがやたらとこの病室に入り浸っていることだ。お陰で菜々子ちゃんのためのお土産に加えて足立さんのものまで用意しなきゃなくなってしまった。痛い出費である。

規則的に脈を知らせる電子音と、対照的に不定期にずるずるとコーヒーを啜る気の抜ける音が響くなか、自分用に買っておいたコーヒーのストローを出すのに苦戦しながら「そういえば、」と口を開く。


「お仕事してるとこ見かけませんがサボりですか?」

「あのねぇ、なんでそう君達は決めてかかるのかな?堂島さんがああなっちゃったんだから相棒の僕にとっちゃこれが仕事なの!一刻も早く堂島さんが復帰できるように書類だしてお見舞いして介抱して!」

「なら堂島さんの病室に行きましょうよ」

「やだよ、なにかと怒られるじゃない」


結局サボってるんじゃないかとは思ったけれど面倒になったので突っ込まなかった。ようやくストローを刺してコーヒーを啜ると、思っていたより苦くて顔をしかめる。
機械を挟んで菜々子ちゃんの顔を見れば、青ざめてはいるけれど緊張した感じはしない。この間よりきっと具合は良くなっている。それに少し救われた気分になって、枕元に並べられた編みぐるみだとかのメルヘングッズを整えた。
「また増やすの?それ」

「ぬいぐるみとかって多すぎて困ることない気がするじゃないですか」

「まあねぇ、無くてもいいけど。君達らしいしいいんじゃない」

「……つまりは、子供っぽいと」


繊細だなぁと何とも楽しそうに笑う足立さんに少し苛立たしくなり、飲み終わったカップを握り潰した。どこに残っていたか分からないコーヒーがストローから飛び出したために手に掛かり、べたべたして余計に気が荒れる。しょうもない積み重ねなんだけれども、ここ数日の環境の変化だとかでストレスが溜まっているのだ。あと何日、こうなんだろう。リーダーはいつ元気になるんだろう。菜々子ちゃんはいつ起きて、この人はいつまでこうして病院で時間を潰すんだろう。
こんな精神状態で病室になんて居るべきじゃない。潔く帰ろうとゴミをまとめれば、「あれ?帰るの?もう少し話し相手になってよー」だとか言って引き留められた。


「ね、明日はコーヒー僕が出すしさ」


妙に必死な様子に、そう言って出してくれたことないじゃないかと脱力して帰るのを取り止めた。私は、そんなに、がめつく見えるのか。いや違う、そんなに、菜々子ちゃんと二人きりが嫌なんだろうか。
椅子もないのにまた壁に寄りかかって、明るい話題を探してみる。結局見付からなくて、「予習ここでしようかなあ」と独り言のようなぼやきが口から出た。僕が教えたげるよ、という声には答えず指先で制服を拭った。



13.12.24


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