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夢は見たくない。
朝目覚めて、自分に失望するからだ。

夢のメカニズムについてはまだ詳しくわかってはいないらしいが「それがあなたの望みです」なんて言われた日には「え、じゃあ夢であの子を殺した私の本心は…」とか「私夢で飛び降り自殺してた…」とか、そんなこんなでとんでもないことになりそうな気がする。
いや、確実になる。私なら。



ふと、自分の手が視界に入った。
透かすように上に挙げて眺めるけどひらべったく、対して可愛いげのない手だ。
マニキュアも塗ったりしないし、爪もちゃんと切られてるし。
リナリーとかって爪綺麗だよなぁ、なんて不毛なことを考えてベッドに沈むと他人と比べる自分になんだか無償に腹がたった。


「……寒い。」


部屋にいるというのに白い息が出そうだ。
時計についている気温のメーターを見るとそんなに寒くはなかった。

一人でいるから寒いのかな。

ベッドにうずくまると枕からはいつも使っているシャンプーの匂いがして眠いわけじゃないのに眠りたくなった。

そういえば、昔はよくお母さんと寝てたかなあ。

目を綴じ、幼い頃を思いだそうと必死に頭を回すけど母の顔は疎か、名前さえ出てこなかった。

「あの、」

コンコンと控え目なノックがなって、私はすぐにベッドを飛び降りて扉を開けた。

「今日は寒いから。」

扉を開けるとアレンが微笑んで立っていた。
手に持ったお盆には湯気がほかほか出てるスープが二つ乗っている。

「ありがとう!」

「いいえ。」

アレンはそっと足を踏み入れると私はあまり使わない机にそれを置き、椅子に腰掛けた。
私もすぐそばの椅子に座ってみたけど、普段使わないそれは自分にはなんだか不釣り合いな気がして笑いたくなった。

「アレンも今日は寒かった?」

「ええ。みんなは暖かいって言うんですけどね。」

アレンは静かにスープを飲むと小さく息を吐いた。
その姿に妙に心を惹かれたけど、どこにかと問われると具体的な場面を伝えることはできない。

「…今日は寒いね。」

「はい。だから、そんな薄着でいちゃだめですよ。」

心配してジャケットを貸してもらったら彼の温もりがそこにあって、幸せな気持ちになった。

「アレン、私…。私ね、お母さんのこと思い出せないの。」

アレンに母はいなかったと聞く。
いたとしても、自分は知らないのだと。
そんな彼にこんな話をしていいものかと顔色を伺ったが、彼はやはり微笑んでいた。
私はその表情に意味なくどぎまぎしてから話を続けた。

「お母さんと一緒に寝たりしてたのは覚えてるんだけど……。どんな人だったかなぁって。」

手に持ったスープを一口飲むと、胸を熱いものが通っていくのを感じた。

「……お母さん、どんな人だったかなぁ。名前も、思い出せないの。」

「そうですか。…寂しい?」

「寂しくないよ。アレンがいるもん。」

アレンは照れたように笑って私の頭を撫でてくれた。
彼はよく私を子供扱いするようにするが、私は彼に甘やかされる自分が好きだった。

「ごめんね、せっかく来てくれたのにこんな話…。」

「大丈夫ですよ、きっと思い出せます。それに僕ら家族じゃないですか。」

「うん!ありがとう。」

私が笑うとアレンはほっとしたように笑った。

「あ、そういえば…明日、リナリーとペアで任務らしいですよ。また詳細貰いに行ってくださいね。」

「任務かぁ。あ…そうだ。リナリーって誰だっけ?新人?」

アレンの目が開かれる。
驚愕の二文字がしっくりくるような、そんな驚き方。


「リナリー、聞いた名前……。あ、思い出した!私さっきまでリナリーのこと思ってたのに!」

アレンくんはなんだか泣き出したいような、逃げ出したいような表情で私の名前を呼び、静かに涙を流した。

彼の硝子玉のような瞳から流れるそれがあまりに透明だから私は彼が消える様を想像してしまいそうになって、そんな自分に寒気がした。




(終わり)
0311

自分の記憶が薄れていっているのを感じることができないヒロインと周りを書きたかったです。薄れている理由はおまかせです。

ミーム様に提出。世界観ぐちゃぐちゃで申し訳ない。ありがとうございました。

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