メイン/短編 | ナノ
※死ねたとか血とか



前に進むための足はなくしてしまった。貴方を掴む手もなくしてしまった。貴方を救う声もなくしてしまった。貴方の勇姿を映す瞳もなくしてしまった。貴方のための耳も、口も、鼻も爪も、何もかもなくしてしまった。


私にはあるのは心臓だけです。


女が囁くようにその言葉を口にするのを、ぼんやり聞いていた。
心臓だけ、だなんて。

女は私を見て笑った。




瞬間、私はハッと息をつめて目を覚ました。
夢はいつもここで終わるのだ。
大きく息を吐き出すと、代わりに冷たい空気が肺を満たして、体が凍えそうになる。

ふと、自分は何故こんなにベッドの隅の方に寝ているのかを疑問に思った。少しドキドキしながら横を見るとアジア支部のフォーが私の隣にいた。
この子も眠れるんだ、と思いながら少しはだけた布団をかけ直して私はそっと部屋を出た。

体の節々の痛みを痛感しながらあてもなにのに支部をブラブラと歩いた。不思議なことに誰とも会わなかった。

「傷だらけだなぁ、私。」

途中、壁に鏡があった。それに写る私は膝下から晒された足や半袖から出た腕、殆どの場所に包帯や湿布、何かしらの処置がされていた。額にもガーゼが貼られており、酷く痛み、邪魔だ。

「私、なんで怪我なんかしたんだろ……。」

こんなに大きな怪我をするのは久しぶりかもしれない。いつもは笑って心配されるくらいの怪我しかしないのに、また心配かけちゃうかなぁ。
プンプンと怒るリナリーが想像できてしまい一人で口元に笑みを浮かべてしまった。

「…にしても、みんなどこにいるんだよ。」

もう随分と歩いたはずなんだけどなぁ、とぶつくさ不満を漏らしながら歩いた。アジア支部には数回、しかも小さな頃にしか来たことがない。そんな場所だから変わってる場所が沢山あるし、人も変わっている。やりづらい場所だ。

「本当に人に会えない……。」

また愕然と呟く。そろそろいい加減に叫ぶぞ、人呼んでやるぞ、と元いた部屋がわからなくなった辺りで私は叫ぶ準備のため、大きく息を吸った。

「叫んじゃだめですよ!」

「がっ!?」

後ろから声をかけられ、私の叫びは不完全燃焼に終わった。

「げっほ、げほ」

「あぁ、すみません…。」

アレン、と彼の名前を呼びながら後ろを振り向くと彼は困ったように謝った。

「よかったです、貴方を探してたんで。」

「私を?」

「フォーといなくて焦りましたよ。それに怪我してるんだから大人しくしてないと!」

「…ごめんなさい。」

お前はおかんか何かか、と言ってやりたくなったが面倒そうなのでやめた。

「じゃあ、部屋まで一緒に戻りましょうか。」

「うん。あ、ついでになんでこんなに怪我してるか教えてくれないかなー?」

よく覚えてないんだ、と言うとアレンは頭を強く打ってましたしね、と言った。

「まじ?」

「まじ。」

そりゃあこんなとこにガーゼも貼るわな、と納得しながら私たちは歩いて行く。

「すっごい無茶してたんですよ。ここまで運ぶのが重労働でした。」

「悪かったよー。ごめんね。」

「まあ、僕もうまくサポートできなかったし…助けられてよかった。」

「アレンには返せない恩ができちゃったなー。」

あはは、と笑うとアレンはお礼はみたらし団子でかまわない、と言ったので私は呆れをこめ、苦笑してしまった。

「お腹すいたなー。」

「同感です。でも厨房に人はいないでしょうから。」

「どして?」

アレンは色の見えない瞳で私を見た。
その瞬間、何故か私の脳裏に真っ赤な情景がよぎった。一瞬のことで全く理解できなかったけど…。

「見つけた!!」

「フォー!」

私は彼女に大きく叫ばれ、名前を呼んだ。

「こんなとこで何してるんだ、怪我は!?」

「大丈夫、大丈夫。」

「よし、じゃあ…行くぞ。」

「行くって、何。」

何って、とフォーは一瞬言うのを躊躇った。

「葬式、だろ。」

私は小さな彼女に手を引かれながら後ろを見た。彼が色のない瞳で真っすぐ私を見た。
彼の唇が笑顔でありがとうを形作るのを見た。



***


あの時、脳裏によぎった映像は偽物ではなく確かなもの。
傷だらけの私を彼はここまで背負ってきてくれたのだ。私以上に傷だらけな彼が。

大丈夫。
しっかり。
もうすぐだから。

励ましの言葉と共に彼におぶられ、揺られていたのを覚えている。
彼の温かな体温に身を任せ、自身と彼のむせ返るほどの血の臭いが私にどこか不思議な安堵感を与えていた。

私は確かに見たのだ。
アジア支部についたと同時に倒れゆく彼を。それを支える支部の数名を。


私が死ねば、とあの時確かに思ったのだ。私が死ねば、彼を心配する支部の人たちは涙を流さないんだろう。私が死ねば、彼を慕う彼らにはただの情報として伝わる。
私は、選択を間違えてしまった。
処置室に運ばれながらずっと思っていた。死んでおくべきだったと、後悔していた。



***



「なんで、ありがとうだなんて…。」

ずるい人だ。私はこれから責め立てられて生きていなかきゃならないっていうのに。ありがとうだなんて言うから、死ぬ勇気が一瞬にしていつも絶たれてしまう。

あの日、血まみれで、私を励ますその背中から見た景色。後ろをみれば血痕しかない景色。



彼の柔らかな励ましが私の中で巡り、名前を呼ばれるから、私は未だ夢から覚める決心ができないでいる。

いつか見た夢のあの女がまた私を笑った。



0414
暗澹様に提出。「不幸せ」がサイト様のテーマでした。不幸せ、というか暗い。
ありがとうございました。
偽物アレンすみません。


戻る