普段海外リーグで活躍している不動は、シーズンオフの時期にだけ日本に戻る。
実家に帰ったり少年チームの指導をして回ったり、ふらふらすることが多いが、基本的には一人暮らしのオレの部屋に居ついている。


そして今、不動は風邪を引いていた。


『風丸クン、ただいま〜』
いつもと同じ、飄々とした第一声だった。
不動は着くなり鞄を放り投げてベッドに飛び込んだ。鞄や脱ぎ捨てた上着を片してベッドをのぞくと、もうすでに夢の中へ泳ぎだしているようだった。
『なんという早業……』
オレとしては久しぶりの再会で、濃密な甘い夜を期待していたのだけど、それは次の機会へ持ち越されるようだった。


不動が到着した翌日、なんだか寝苦しくて朝早く目が覚めてしまった。
―――暑い。
季節柄そのようなことはないはずだが、実際オレはかなりの寝汗をかいていたようだ。
ふと横を見ると、オレなんか比ではないくらいの汗を浮かべた不動が、息を荒くしてそこにいた。
『おい、不動!? 大丈夫か』
紅潮した頬に、不快な音を立てる呼吸音。五感に触れるさまざまなものが不安を駆り立てた。
『き、救急車っ……』
急いでベッドから降りようとしたオレの寝間着のすそを、弱々しい何かが引き留めた。
『そんなのいいから……、お前の車出してこい』
真っ直ぐこちらを見つめる切れ長の瞳に、少し不安がどこかへ消えていった気がした。


シーズン終盤の他チームとの接戦から解放され、心身ともに疲れが一気に出たのだろうと医者は言った。
肺炎を併発していたようだが、初期段階で治療を受けたので自宅療養で済むそうだ。
「不動、何か食べたいものあるか」
「べつに」
「じゃあやってほしいこととか」
「べつにねーって。つーか風丸クンそろそろ練習始まるだろ。早く行けよ」
あまりに鬱陶しそうに言い放たれたので、不安がまたぶり返した気がした。
不動は何でも一人でやってしまう。
子ども時代やら真帝国時代やら日本代表に登り詰めるまでも、単身海外へ移住した後も色々苦労もあったはずだが何事もないようにサッカー選手として活躍している。
付き合っているはずのオレにさえ、一言の不平不満を漏らすこともない。
オレにとってはそれが不満だった。
所属チームの練習を休んででも弱っている不動のそばにいる自分をいやしく感じる。
もやもやとした不安が心の奥底に降り積もっていく。
「……辛いか? 不動」
我ながら誘導するのは卑怯だとは思うが、それでも不動から弱音を聞きたかった。
不動はベッドのふちに腰掛けているオレをちらりと見てから、ぽつりと言った。
「いや、大したことねぇよこんなん」
まだ浅い呼吸をして、熱をもった体から吐き出すべき言葉ではない。
「それよりお前、練習……」
「辛いって言え」
自分でも驚くくらい強い言い方だった。おそらく不動も驚いているだろうが、顔をまともに見られない。
堰を切ったように責めるような言葉があふれ出た。
「なんで言わないんだ? オレが頼りないから? 言う必要がないからか?」
自らの言葉が一つ一つ棘になって胸を突き刺し、とても痛い。
「お前にとってはオレは必要ない存在なのか」
「風丸ッ!!」
不動がオレを遮るように大声を出した。と同時に、ごほごほと咳き込む。
慌てて背中をさすりながら、オレは平静を取り戻していった。
「変なこと言い出して悪かった……今の忘れてくれ」
まだ呼吸がままならない状況で、不動は何か言いたげにオレの右腕を掴んだ。
落ち着くまで少し間があった。掴まれた場所から不動の熱がじわじわ伝わってくる。
「不動?」
すでに話せる状態のはずの不動は、うつむいて押し黙ったままだ。
オレの腕を掴んだ手にそっと触れてみると、一瞬反応したが依然顔は下に向けられている。
「……オ、オレは……」
ぼそぼそと不動が話し出した。
「辛いとか苦しいとかどうだっていーんだよ。お前がそばにいれば他は何もいらねー」
言い終わるやいなやパッと手を放し、不動は布団の中に潜り込んだ。その勢いでまた咳き込んでいる。
―――今、何て?
オレは風邪とは違う理由で真っ赤になっているだろう不動を、布団ごしに抱きしめた。
「もう一回言って」
気持ちが高揚しすぎて声がかすかに震える。だがこの腕の中にいる人が愛しくてたまらなく、声に出さなければ爆発してしまいそうだ。
「うるせーよ。暑苦しいからどっか行け。オレはもう寝る」
辛辣な言葉は最大限の照れ隠しである。
単純でも現金でも、何でもいい。どうやらさっきまでのもやもやした不安は、一生走り続けても届かないほど遠くへと飛んで行ってしまったようだ。
「不動が寝てる間もずっとそばにいるからな」
そこで、ぶすっとした表情で不動が布団から顔を出した。
「わかった。今まさに辛ぇ。風丸クンがどっか行ってくれねーと辛ぇ」
「じゃあオレにうつせばいいよ」
オレはがっしりと不動の頭を掴み、食むかのようにその口元に口づけた。
不動の口内に分泌される唾液を次から次へと余すところなく飲み込む。そうすることで不動が自分のものになっていくような錯覚が起きるのだ。
「やめ……マジで、やば、い……」
「あ」
確かに肺炎を起こしかけた病人にすることではなかった。
名残惜しく唇を離し、ぽーっとしている不動を再びベッドに横にさせた。
「気遣えなくてごめんな」
申し訳なさそうにしているオレに対して、挑戦的ににやりと笑って不動が言う。
「治ったら見てろよ。いくらでも相手してやる」
「……!」


―――つまり、オレがいればそれだけで幸せで、弱音なんて吐きようもないってこと。
オレも、不動がいれば他に何もいらない。
寝入った不動を見つめながら、つないだ手が汗ばんでくるのを感じた。

END
--------------------------------------------------------------------------
塚井がまた書いてくれました〜!
一年に一回くらいのペースで書いてくれてますね笑ありがたいことです;;

別に私が何か言ったわけではないんですが偶然にも風邪をひく不動の話で私がこの前キリ番で書いたものとかぶっててかなりびっくりしました笑

いつもありがとう!次はこの前話してた風不のパロ楽しみにしてるぜ!

2012/09/02  塚井あさはけ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -