コンコン

Yellow 3

数日前から、イナズマジャパンの合宿が雷門中で行われている。校舎を建て直す時についでに建てられたらしい合宿所は、新しくキレイだがさすがに安っぽい。まずなにより壁が薄いのが問題だ。あとセンスもねえ。
練習は必殺技練習が中心だった真帝国のときと比べると少しキツイ。走り込みだとか、筋トレだとか、日本代表だってのに古くせえ特訓ばっかりだ。

コンコン

ベッドで横になって雑誌を読んでいた。といってももう何度も読んだもんだから暇つぶしにもならない。つい昨日までは部屋で練習をしていたがボールが使い物にならなくなってしまった。空気が抜けちまって、ぜんぜん跳ねない。

コンコンコン

今日練習終りに1つ拝借しようとしたんだけど、今日に限って倉庫に鍵がかけられてた。いつもはそんなんかけてねえのに。

コンコン
「不動?…いないのか?」
「ちっ」
「やっぱりいるんじゃないか、寝てたのか?」
入ってきやがった。非常識なやつめ。日本代表のやつらは平気で人のプライバシーにずけずけと入ってきやがる。日本代表、というか雷門のやつらだ。
今俺の目の前にいるやつもそうだ。風丸いちろーた。許可なく俺の部屋に入ってきてベッドで寝そべる俺を見降ろしている。手にボールをもっている。

「…なんだよ」
「練習つきあってくれないか?」
ニコッと風丸が愛想のいい笑顔を俺に向けた。いくら笑ったって答えはお前も知ってんだろ。
「やだ」
「はは…まあ、そう言われると思ってたけど…」
雑誌を取り上げられる。読んでなんていないんだけど。こいつと顔を合わせなくて、一枚隔てていたのに。
「おい」
「頼むよ、不動。どうせ暇だろ?」
「他の奴に頼め」
「いや…お前がいいんだ」
今度は少し照れたような笑顔を俺に向ける。気持ち悪い!なんなんだ!
「俺はお前が嫌だ」
風丸は俺の発言に目を丸くしている。子供っぽいことを言っているのはわかってる。でも本音なんだからしかたない。もう関わりたくないんだ。こいつは苦手。
「じゃあ…これでどうだ?」
何やらポケットを探って、俺に無理やりそれを握らせた。

500円玉だった。

「頼むよ、な?」
めんどくせえ奴に目つけられた。
まあ、そんなん今さら か
いくらでも拒否する方法はあんだけど、なんだかめんどくさかった。


サッカーはしたいし。そう、サッカーがしたいんだ、俺は。

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不動が練習に付き合ってくれるとは、正直思ってなかった。ただ話すきっかけが欲しかった。
合宿が始まって以来、不動とまともに話せていなかった。不動は俺を避けている。それが俺は純粋に寂しかった。一晩といえど一緒に過ごしたというのに、不動はそれをなかったことにしようとしている。そんなことはさせない。

「ハァ…ハァ、くそ」
やっぱり不動は強い。自分も強くなって、わかった。
雷門のメンバーとも、エイリアの奴らとも違うサッカーをする。
「終わりにしますかあ?風丸くん?」
遊ばれている という表現が正しい。
「いや…まだ、1時間あるだろ?」
「俺はべつにいいケド。疲れてねーし」
俺はへとへとなんだが…でも自分の力になっているのを感じる。俺に足りないのは経験だ。サッカーを始めて、一年も経っていない。不動はそれを持っている。たくさん盗んでやる。
「不動はいつからサッカーやってるんだ?」
「…さあな」
「やっぱり小さい頃から」
「のどかわいた」
「…ん?」
「のーどーかーわーいーたー」

話してくれないのか。

「…わかったよ」

不動は自分のことをあまり話したがらない。いや、あまり、ではなく全く、話さない。
出身はどこだとか、兄弟はいるのかとか、血液型すらも教えてくれなかった。そういう話をすると、不動は目を合わせてもくれない。

(俺、嫌われてるのかな)

不動を尾行したあの日から、毎日考えることがある。考えようとして考えているのではないのだけれど、気づくと考えている。
俺が、不動に抱く感情について。
答えはまだ出ていない。不動といると出せそうだ。出していい答えなのかどうか、わからないけれど。気になるのだ、答えを、出したい。


練習場所の河原のグランドは、照明はないがすぐ横の桟橋の照明の明かりで夜でもなんとか練習ができる程度に明るい。自販機でスポーツドリンクを一つだけ買って戻ると、不動がぽつんと、ほんのり明るいグランドの真ん中で立っていた。空を見ているようだ。
表情は見えないけれど、寂そうだった。何の根拠もないのにそう思った。

(ああ、早く)



(そばに行ってあげないと)

俺がかけよると、不動はゆっくり振り向いた。いつもと同じ表情。振り向いてしまえば振り向く前の表情はわからない。当たり前のことなんだが。今はそれがすごく悔しい。

「何か見えるのか?」
「べつに、なんにも」
不動は俺の手からドリンクを奪い取った。
空にはぽつぽつと星が輝いていた。
「ん」
「ん?」
俺にドリンクを押しつけて、地面に転がっていたボールを器用にドリブルしてゴールへ走っていく。缶は蓋こそ開いていたが中身はほとんど減っていなかった。
(ああ、また見逃した)
そう思いながら缶に口づけた。飲み慣れたドリンクのはずだが、いつもと違う気がした。何が違うかは、わからないけれど。


きっかり2時間経つと不動の携帯が鳴った。
「帰る」
「…今日はありがとう」
ありがとうという言葉に、不動の表情が一瞬変化した。なにやら決まりの悪そうな顔をしている。『ありがとう』、と言われ慣れていないのかもしれないと思った。
「明日もたのむな」
「ふうん、明日も500円払うの?」
「うっ」
不動はふっと笑った。ドンと心臓が跳ねた。




次の日も不動を誘った。500円請求されたから「後払いで」というと不動は「はあ?」と不満そうな声をあげた。それでも練習には付き合ってくれた。
それから毎日不動と練習を続けた。2時間経つと不動の携帯のアラームが鳴った。
不動との時間を刻む度に、俺はふと、不安に駆られるようになった。
俺が、不動に抱く感情についての答えが、もう出てしまいそうだったから。
そんなものとっくに出ているのかもしれないけれど。
俺はその答えに危機感を覚えている。






1週間ほどたったある日、不動が怪我をした。ドリブル中、グランドに転がっていた小さなゴムボールを踏んで、頭から盛大に地面にダイブした。
「不動!!」
駆け寄って触れようと手をのばすと、ベチッと思い切りはたかれた。
「ちっ…くしょ…!」
「大丈夫か?」
不動が顔をあげると、右の頬がすりむいて血が出ていた。両方の膝と、右ひじからも出血している。とくに右膝の傷は酷い。
頬の傷にそっと触れると、体をビクンと震わせた。
「つっ…!」
「す、すまん」
不動は俺を一通り睨んだあと何事もなかったかのように立ちあがって、黙って水道のほうへ歩いて行く。

「ごめんな」
「あ?なにがだよ」
シューズも靴下も脱いで、不動は黙々と傷についた泥を洗い流している。
「お前を…守ってやれなくて」
不動は俺の言葉に反応して手を止め、俺を見た。
「ゴムボールから守ってやれなくて、か?」
バカじゃねえの、と笑った。俺も一緒になって笑ってみる。
「そうだよな」

薄暗いと、不動の肌は余計に白く見える。水と混ざった血液が白い足を下って指先からポタポタと垂れている。
俺は単純にくやしいと思った。不動が怪我をしたことが、くやしい。すぐそばに俺がいたのに。
「帰る」
洗うだけ洗って、足も腕も頬もびしゃびしゃに濡らしたまま、不動が言った。持っていたタオルで足を拭いてやった。
「あっ、おい!」
白いタオルは不動の血で汚れた。それを見た俺の中には、おかしな感情が渦巻き始めた。
ぱっとタオルを奪われた。不動はそれで顔を拭いている。
「帰る」
「…そうだな」

「あーあ、2時間たっちった」
「今何時?」
「11時45分」
「え」
不動が転んだ時点ですでに3時間以上経過していたことになる。

「タイマーかけんのわすれた」

「ケガまでしちまったことだし、追加料金だなー」
不動が俺に笑いかけた。


何かが、俺の中で弾けた。


「じゃあおぶってってやるよ」
「はあ?」
「遠慮するなって」
不動は「バカ触んな!」とか言って走って逃げてった。

「不動!」


振り向く。
俺は何かに急かされている気がして、聞いた。



「俺のこと好きか?嫌いか?」

「…はあ?」

静かな河原に、俺達の音だけが響く。
自分と、不動の存在しか感じない。
鼓動が速くなって、くらくらしそうなくらい体が熱い。

「お前……なんか今日変だぜ!」


答えてくれないのか。


それが一番いい答えなのかもしれない。俺達にとって。いや、俺にとって、か。

不動にかけよる。俺が追いつくまで待っていてくれた。
「ねむいからかな」
そんなんじゃないって、わかっている。


俺がお前のこと、好きだからだよ。


不動が好き。

そっと、隣で歩く不動を見て、感情の増幅を確認した。
俺はこの感情に気づいても、よかったのだろうか。
暗い路地を2人で歩く。

「ふつー」

悶々と考えてしまっていた俺にふと、不動がつぶやくように言った。
「え?」
「お前のこと、好きか嫌いか」
「…普通?」
「ふつー」
「そうか…」

はじまっていくこの恋は、俺達をどこへつれていくだろう。

「よかった。前は、『大嫌い』だったもんな」
「……あ」
「あがったな」

日付が変わったのを感じた。




2010/06/13

まだまだ続きます
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