「不動、先、風呂いいぞ」
結局こいつの家までのこのことついてきてしまった自分が嫌になる


Yellow 2


あの後、近くの駅につくと風丸は
「もう遅いから電車で帰ろう」
と言い出した。財布を出そうとバッグの中を探っている俺に、こいつはあたり前のように
「はい」
と言って切符を差し出す。
これ以上貸しを作ってたまるか。
底の深いバッグを手探りする俺に
「それ重そうだな、持とうか?」
と言う。
イライラする。意味がわからない。

車内は帰路につく大人達で少し混雑していた。
俺はドアに寄りかかる。日はとっくに沈み、外を見ても大したものは見えず、屋根ばかり。
ドアのガラスに風丸が映る。ガラス越しに目があった気がした。
「不動は、肌が白いな」





「不動は肌が白いな」
「!?」
頭の中を読まれたのかと、驚いた。体が、ピクンと反応する。
「焼けないのか?サッカーしてるのに」
そう言いながら風丸は、ベッドに腰かける俺の膝の上にパジャマとバスタオルを置く。もちろんどちらも俺のものではない。
「そうか、真帝国は屋内か。風呂は一番手前の扉だから」
風丸は、また部屋を出ていった。
渡された赤い原色のパジャマは、使い古されてこそいないが新品ではなさそうだ。俺はパジャマだけベッドの上に残し、自分のバックを持って部屋を出た。

風丸の家は、意外にもマンションだった。廊下の先にリビングがあり、テレビの音と話し声が聞こえる。玄関にあった写真立てを見る限りでは5人家族らしいが、俺は母親しか見ていない。ちなみに風丸は完全な母親似だった。
ここに着いてすぐに夕飯を出された。メニューはグラタンと、サラダとなんかのスープだったが、風丸の母親の質問攻めにあって、味はほとんど覚えていない。母親、というものとどう接していいかわからない俺は、質問にどう返答していいかすらわからなかった。

右向かいの扉を開ける。中に入ってドアを閉めるととても静かになった。さっさと脱衣を済まして、脱いだ服をとりあえず丸めてバックの横に置く。
洗面台の鏡に自分が映っている。

不動は肌が白いな

風丸の声が頭の中で繰り返される。今日はあいつにペースを乱されっぱなしだ。調子が出ない。そもそもここにいること自体おかしい。

「気持ちわりぃ…」

チームメイトと仲良くお泊り会かよ、気持ちわりぃな

自分の声が聞こえてくるようだ。
明日朝一番に出て行こう。このままじゃあいつと一緒に仲良く練習に向かうことになりそうだ。
このマンションからあいつと一緒に出て行くところなんか誰かに見られたら…別になにか起きるというわけではない、ただ、俺のプライドが許さない。



部屋に戻ると風丸が何か支度をしている。大きなバッグに服を詰めている。
「不動 パジャマ着てくれよ」
風呂に入る前と同じ服を着る俺を見て、風丸が言う。
「いい」
「赤いやか?似合うと思うんだが」
そーゆーことじゃねえだろ
「誰のなんだよ」
「俺のだけど。でも1度しか着てないし サイズ同じだろ俺達」
そう言って真っ赤なパジャマを俺にあてがう。
「いらねぇって」
不機嫌な俺を風丸は不思議そうに見る。無視して俺はベッドに飛び込んだ。
灰色のシーツはタオル地で、ひんやりとしていて気持ちいい。疲れているのだろうか、ベッドに体が沈んでいく感覚。上がった体温と相まって眠気を誘う。目をつぶれば眠ってしまいそうだ。そういえばベッドで横になるなんて久々。
「そうだ、明日から合宿やるらしいぞ」
「…はぁ?」
寝がえりをうって仰向けになる。風丸は俺を見て微笑んでいる。うわ しまった
「さっき連絡があって よかったなお前、うちにいて」
合宿
「っお前、俺がここにいること」
「え?響木監督にならいいだろ」
よくねえよ…
俺を代表候補に呼んでくれた監督には感謝してはいるが、正直信用ならない。影山に関する情報を得たくて俺に近付いてきたんじゃないのか。


愛媛で、影山と別れた。正確に言えば、気づくと俺は一人で、埠頭の倉庫内に隠されるように寝かされていた。脇に俺のバッグと、数万円が入った封筒が置かれていて、エイリア石も首からはずされていた。そのせいか、目が覚めた時には体が重くて全然動けなかった。暗い倉庫内は、ときどき眩しい光で照らされて、遠くにヘリコプターの飛ぶ音が聞こえた。


俺はベッド脇に置いてあった自分のバッグを引きよせて中から財布を出した。稲妻町までの片道たしか120円。財布の中には500円玉と1円玉が数枚。
「ん」
「ん?」
俺は拳を突き出す。風丸が手を添えたのを見て拳を開いた。風丸の手に500円玉が落ちる。

「電車賃と宿泊費」
「いや、もらえないよ」
「ふわ〜ぁ ねみー」
「不動、返すからな」
「おい勝手にさわんな」
「とにかく、返す」
「だぁめ もう受け取ったろうが」
「そうゆうのって…子供っぽいぞ」
今日一番許せないセリフ。

「っ!?あぁ?」
思わず体を起して風丸を睨んだ。ああ、でもこいつには効いていない
「あ、じゃあ不動が500円分働いて返す、ってゆうのはどうだ?」
「………」
「うーん…10時まで俺の言うことなんでもをきく」
風丸の視線を追いかけると、小さな掛け時計があって、夜8時を指している。安。時給250円かよ。
「……チッ、わかったそれでいい」

"なんでも言うことをきく"
たとえば影山や佐久間とかにこの条件を出されたら拒否する。が今俺の目の前にいるのは風丸一郎太だ。
それに俺は子供っぽくなんかない。どんな条件でも、仕事でもこなしてやる。

「じゃあまずは、これだな」
赤いパジャマを差し出す。
なんなんだ。そんなに俺にこれを着せたいのか
しぶしぶTシャツを脱ぐ俺をみて風丸は「よしよし」とでも言いたそうだ。
「じろじろ見んな」
「見てないさ やっぱり肌白いな」
今日3回目。

着替え終わった。確かにサイズはぴったりだった。だがそもそも俺は前開きでボタンのついたこーゆー服は嫌いだ。うつ伏せになったときに固いボタンが胸に当たるのが嫌だ。
「不動、次はここに座ってくれ」
ベッドに腰掛ける。風丸はどこかから出したドライヤーとブラシを右手に持っている。左手にはそのプラグ。部屋の隅にあるコンセントに差し込んでいる。
嫌な予感がする
「おとなしくしてろよ」
俺のすぐ横に風丸が座る。
「なにすんだっ」
ブオオオオオオ…
俺の声はドライヤーの音にかき消された。慌てて後ろに引こうとする俺の肩ごと、抱き寄せられる。

あぁああああ!くそっっっ!

風丸は俺の生乾きの髪を乾かし始めた。いや、乾かして、とかし始めた。
怒りを通り越して何か別の感情が俺の中に渦巻く。というか恥ずかしい。ただ単純に。
顔が熱くなるのがわかって、俺はずっと目をつぶって下を向いていた。ブラシに髪を引っ張られる。
「髪痛んでるぞ」
「…知るかよそんなことっ…」
「ん?すまん聞こえない」
「死ねっ…くそっ」
「ん?なんだ?」


「よし」
満足してくれたらしくドライヤーの電源が落とされた。俺の髪の中を風丸の指がするすると通っていく。
時計を見る。ものの5分しか経っていない。恐ろしく長い5分間だった。
「はは お前のそんな顔、初めて見た」
どんな顔をしているんだ
「真っ赤だぞ。ふふっ可愛いな」
ついに可愛いといわれてしまった。
「前からお前の髪、触りたかったんだ」
風丸は俺の髪の触感を確かめるかのように、ゆっくりと頭を撫でる。
「これ、染めてるのか?」
「…お前さぁ…なんなの?」
「ん?」
「さっきからふざけたことばっかしやがって」
「ふざけてなんかないさ」
「俺をおちょくって楽しいかよ」
「いや、違う そうゆーのじゃない」
「じゃあ何が目的なんだ」

「…目的か…考えておく」
風丸は部屋を出て行った。


部屋に一人で放置された。むしゃくしゃする。
風丸のことは、アホキャプテンにくっついているただのおまけぐらいにしか思ってなかった。ほかのメンバーにくらべたら大人っぽいし、無害だと思っていたのに
今はっきりわかった。あいつが苦手だ。
とくに興味を惹くものもなかったのでベッドの上でただ転がっていた。自分の髪から強いシャンプーの匂いがして気持ち悪い。
しばらくするとドライヤーの音が聞こえてきた。
あいつはどうやら風呂に入っていたらしい。他人の髪まで乾かすやつだ。自分のは念入りに手入れしてるに違いない。

気づくと時計は9時をまわっていて、いつのまにかドライヤーの音も止んでいる。

「不動ー開けてくれ」

ドアを開けると風丸が布団を持って立っていた。髪もおろしている。おろした髪はいつもよりきらきらしている気がする。どうでもいいけど
風丸が横を通った時、俺の髪と同じシャンプーの匂いがした。
「不動はベッドがいいか?」

「っっ!!!!!っおい…お前っ!」
「ん?あ、あぁ 2枚でセットだったんだよ、これ」
風丸は青い原色のパジャマを着ていた。完全に俺が着させられてるのとおんなじものだ。
俺が赤。こいつが青。
「ふざけんなよ…」
「あはは、いいじゃないか。お揃いなら練習の時もだし」
ユニフォームのことを言っているのだろうか。お揃いのユニフォームを着るのと、お揃いのパジャマを着るのとでは意味が全く違う。
「っ、なんなんだよ…」
「あ!目的のことなら考えておいたぞ」
「…ん、言ってみろよ」

「不動を見てるのが楽しい もっといろんなお前が見たい」

「………」

「今も俺、新しい不動を見てる "キョトンとする不動"」

「…気持ちわりぃ」

「言うと思った」




どっちがいいかと聞かれてベッドを選んだ。でもすぐ後悔した。
枕からも毛布からも風丸の匂いがして、風丸に包まれているような気さえして

不快

いつもより高鳴る鼓動は無視して、今はそう思いたかった。





2010/03/13

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