『好きだ』


パリンッ





テレビには安っぽい恋愛ドラマが流れていた。女子マネ達が談笑しながらそれを見ていて、男共はめずらしく静かに、というか妙に真剣にトランプで遊んでいる。
テレビからそのセリフが聞こえた瞬間、心臓が止まった。名前も知らない俳優が、名前も知らない女優に、夜の公園で告白をするシーンだった。
ヤバイ、と思った時には手に持っていたはずのグラスは、床で粉々になっていた。

「不動!大丈夫か!?」

「動くなよ、手は?切ってないか?」

マネージャーが、掃除用具でも取りに行ったのだろう。部屋を飛び出していって、他のメンバーも立ち上がって何か言っている。
真っ先に俺に駆け寄ってきたのは、風丸だった。






all the same






2人でグラスを片付けた。他の奴らは再びトランプに夢中になっていて、俺達のことなど気に留めていない。
「めずらしいな、不動がコップ割るなんて」

「…昨日のこと思い出した」
俺のセリフに風丸は床を拭く手を止めた。

「……返事はいつでもいいから」
風丸は優しい口調で言う。
「明日でもいいし、1ヶ月後でも…1年後でも」


「俺は待ってる」

そう言って風丸は微笑んだのだけれど、俺はまともに風丸の顔を見ることもできなかった。
グラスにはスポーツドリンクが入っていたせいで、拭いても床は少しべたべたしていた。


割れたグラスは新聞紙でくるんで捨てた。風丸は廊下を真っ直ぐ、俺は右へ曲がって階段を登る。
「じゃ」
「あ」
慌てて踵を返して、俺を見上げながら風丸は言った。
「おやすみ!」
いつも通りの、優しい笑顔だった。
「…おー」











それから、あっさりと6日がすぎた。

コンコン

ドアをノックする音に、ドクンと心臓が跳ねる。

「俺だ」
「…ハァ」
ドア越しに聞こえた声は、俺が求めたものじゃない。
「なんだよ」
扉を勝手に開けて佐久間が入ってきた。
「お前、なんかあったろ」
佐久間は俺の表情を探りながら言う。
「…なんもねぇよ」
「嘘つくな…鬼道も心配してるんだ」
「ハッ、鬼道チャンのパシりかよ」
「まぁそうだ。でも嘘ついたら次は本当に鬼道が来るぞ」
「ハッそれは勘弁」
俺が少し笑ってみせると、佐久間も安心したのか、少し笑った。
「…決勝も近いってのにお前がそんなじゃ、俺達も集中できねーんだよ」
佐久間は俺の隣に座ってしばらく考えた後、言った。
「これは鬼道じゃなくて俺の考えなんだが…」


「風丸と…なにかあったのか?」




「…っ!わっ!ふ、ふど」
佐久間は俺を見て慌てだした。俺の目から涙が出るなんて、思ってもみなかったし、信じられないみたいだ。俺だって、泣きたくて泣いているわけではない。『風丸』という単語を聞いた途端、カチッと、スイッチが押されて、涙が溢れてきてしまった。
「わ、悪い…いや、その」
「っで…出てけ…っ」
「あ…き鬼道には、言わない…ごまかしとくから」
「ん」
最後にもう一度謝ってから、佐久間は部屋を出ていった。



俺は、風丸のことが好きなはずだった。
毎日毎日風丸と話して、俺はそれだけで十分だった。日に日に風丸に対する気持ちが特別なものになっていくのが、俺は嬉しかった。自分も、誰かを特別に想うことが出来るんだ、と。


「…不動」

俺が求めていた声がして、顔を上げると風丸が立っていた。涙のせいで視界がぼやけて、表情はよくわからない。

「すまん!」
「…な、んで」
「佐久間が教えてくれた」

風丸は指で俺の涙を拭う。こんな風に風丸に触れられるのは初めてだった。

「俺、お前のこと…苦しめたみたいだな」

違う。
と言ったところで、俺が泣いている事実も、俺が風丸をふったという事実も、何も変わらない。


「俺…いつの間にかお前のこと気になって、好きになって
ずっと隠してようって思った
けど
でも

でもやっぱり伝えたかった。
優勝したら、会えなくなるかも知れないって…思って」


うん。

声は、つまって出なかった。

「勝手だった…お前の気持ち、考えてなかった」
風丸の声は震えている。
「お前を苦しめる過去にはなりたくないから」
震える声を、整えるかのように風丸は深呼吸した。



「だからもう、俺のこと忘れてもいいぞ」

悲しいセリフを、風丸は驚くほど明るく言った。
好きな人に、『忘れて』と。




「っ…聞け」


「嘘ついた。俺」
呼吸が上手くいかなくて、途切れ途切れで自分でもイライラする。
それでも、俺は後悔していた。あの日お前に言ったこと。

謝りたかった。







「お前が嫌いだなんて、嘘ついた…っ!」

あの日、
お前をふったのは、自分が傷つきたくなかったから。
いつかお前に嫌われて、捨てられるのが怖かったから。




「え」

「嘘…?」

「…本当に?」

何度も何度も頷いた。

「そ、それって…俺…の」
嬉しそうな風丸を見て、聞いてみた。
「わかってんのか 俺達、男同士なんだぞ」


男同士で、中学生で
そんなの
なんなんだよ
どうすんの


「わかってるよ」

「それでも」



それでも
























『お前が好きだーー!』

パリンッ

「あ!不動さんまたですか!?」
「………」
「いいよ、俺達で片づけるから」

割れたグラスを、風丸は嬉しそうに拾っている。
テレビには安っぽい恋愛ドラマが流れていて、見覚えのある俳優が、見覚えのある女優に
、またしても夜の公園で告白するシーンだった。
「めずらしいな、不動がコップ割るなんて」
「…昨日のこと思い出してた」
俺のセリフに風丸は手を止めた。




「俺達も、幸せになろうな」
テレビの中で抱きあう2人を見て、風丸が言った。


END
2011/02/08
風不の日!ぎりっぎりセーフ笑
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