『不安』というものは夜行性らしい。
「ん…」
俺がゆっくり頬を撫でると、不動はうっとおしそうに顔をしかめて寝返りをうつ。
「…朝?」
「違う。まだ3時」
「起こすなばか」
そう言って不動は体を丸く縮めた。
「ごめん」
頭を枕に沈めてみるが落ち着かない。窓から差し込む外灯の光が天井に作り出した図形をただ見ていた。目をつぶらないと眠れないぞ、と聞こえた気がした。確かキャラバンで俺が円堂にかけたセリフだ。あのときはまだ、不動と出会ってすらいなかった。
隣で眠る不動の後頭部にキスをしてみた。反応がないのでそっと腕を回して抱きしめる。体をさらに寄せて、包み込むようにした。
やっぱりこれが落ち着く。
「10分だけだぜ」
「起きてたのか」
「起こされたんだよ」
「ごめん」
不動の体温が心地いい。手を見つけたので指を絡ませてみる。
「…風丸」
「ん?」
「お前さ、俺といれて幸せ、とかって前言ってたよな」
「あぁ、言った」
「今もか」
ドクンと心臓が鳴った。
「…どういう意味…」
「あーやっぱいい。気にすんな」
「不動…っ!」
「………」
身体を起こして、ベッド横のスタンドライトをつけた。まぶしかったのだろう不動は「んっ」と小さく声をあげると、頭まで毛布をかぶってしまった。
「不動」
「…辛そうじゃん」
「………」
「最近ちゃんと寝てねぇだろ…俺が隣じゃ眠れねぇか」
「違う!」
違う違う違う
そうじゃない。そうじゃなくて
「…不動、起きて」
不動はゆっくりと起き上がった。
「俺…」
自分の気持ちを確認してみる。
確かに辛い。
不安なんだ。
毎日毎日
不安でしょうがない。
胡座をかいて壁にもたれる不動は、俺より不安で、辛そうだった。
あぁ俺は
「…お前を失うのが怖い」
思ってたより俺の声は小さかった。
「目が覚めて、お前がいなくなってたらって思うと」
「怖くて眠れない」
「………」
「………」
不動の目が大きく開かれていくのを、俺は真剣に見つめた。
「……そんだけ?」
「?あぁ」
「ぁあー…んだよ、ったく…」
それまでの空気を壊して、不動はうなだれた。
「え、ななんだとはなんだ!俺は」
「あーハイハイ…ったく、随分幸せな悩みだねぇ」
「え」
確かに。
考え込む俺を見て不動はクスクスと笑った。その笑顔を見て、俺の不安など、杞憂以外の何物でもなかったと確信する。
「悩みなんて、こんなもんなんだよなぁ」
不動は小さくつぶやいた。
そうだな、と同意しようとしたが、その前に俺にはやることがある。
「ごめん」
「ん…?なに」
「お前を、不安にさせた」
不動は軽く唇をかんで、目を反らした。まだ、謝られるのに慣れていないのだ。
「不安になんてなってねぇよバカ」
「うん、そうだな」
自然と笑みがこぼれる。
少し照れた不動の表情を見て思い出した。
「そういえば最近、お前に好きって言ってない」
付き合い出した頃は毎日言っていたのに、不動が「俺も」と返してくれないのを不安に感じ始めて。
「あ?言わなくていーっつの」
「好きだよ」
不動は顔を赤くしながら何故か呆れ顔だ。
「お前さぁ…時々さらっと恥ずかしいことゆーよな」
やっぱり今日も「俺も」は無しか。だがもう不安になど感じない。その真っ赤になった頬が、不動の返事なのだから。
「…じゃあ、もっと恥ずかしいこと言おうか」
「は」
「愛してる」
「俺も」
不動はポツリとつぶやくとスタンドの明かりを消した。
「………え」
俺はとてつもない幸福感に襲われて、その日は特に眠れなかった。
2011/01/20
またいつもの甘オチ。すみません笑